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132話 アクスとセル

 翌日。

 準備を終えた俺達は、リバーエンドを出発した。

 目指す場所は、ジスの村。

 一週間ほどの行程になるだろうから、そこそこ長い旅になる。


 しっかりと準備をしたから、補給などの心配はしていない。

 ただ、一週間分の食料や水を運ぶとなると、けっこうな量になった。

 なので、俺が熊を使役して、荷物を運んでもらうことにした。


「おー、すっげえな。ビーストテイマー、便利じゃねえか」


 荷物を運ぶ熊を見て、アクスがどことなく楽しそうに言う。

 その隣を歩くセルは、アクスに冷たい視線を送っていた。


「子供みたいにはしゃがないでちょうだい。恥ずかしいわ」

「でも、すげえと思わないか? ほら、この熊、きちんと荷物を運んでいるし……ビーストテイマーって、こんなことができるんだなあ。外れ職としか聞いてなかったから、意外な感じが強いぜ」

「ふふーん。そうなんだよ、レインはすごいんだよ」


 なぜか、カナデが会話に参加してきた。


「なにしろ、レインは私達のご主人様なんだからね! 特別なんだよっ」

「なんで、カナデが誇らしげにするんだ……?」

「ははっ、愛されてるんだな」

「にゃっ!? あ、愛なんて……その、えと……あぅ」


 カナデが赤くなって、しどろもどろになる。

 ただの軽口なのに、どうしてそこまで反応してしまうのか?


「ははーん」


 慌てるカナデを見て、アクスが悪巧みするような顔になる。


「そうかそうか、そういうことなんだな? よし、カナデちゃん。そういうことなら、俺も協力するぜ」

「ふぇ!? いやいやいや、それは、いいからっ!」

「そう言うなって。俺は、女の子の味方だ。カナデちゃんと親しい仲になれないのは残念だけど……まあ、その分、力にならせてもらうぜ」

「い、今は現状維持でよくて……」

「甘い! そんなこっちゃ、いつ、誰かに取られるかわかんねえぞ? 俺に任せておけ! なあなあ、レイン。お前さん、カナデちゃんのことをどう思ぐえぇっ!?」


 セルが弓でアクスを殴りつけた。


「な、なにするんだよ……?」

「そういうデリケートな問題を、あなたが解決できるわけないでしょう? かき乱して、今まで以上に混乱させるだけなんだから、口出ししないように」

「そ、そうか……俺がカナデちゃんのことを気にしてるから、ヤキモチを妬いているんだな? でも、安心してくれ。俺は、セル一筋で、ちょっと火遊びをするだけだからぐほぅっ!?」

「意味がわからないし、そもそも、堂々と浮気宣言をしてどうするのかしら?」

「にゃー……レイン、レイン」


 こっそりと耳打ちされる。


「この二人、本当にAランクの冒険者? 本当は芸人じゃないの?」

「気持ちはよくわかるよ」


 日頃の姿だけを見ていたら、とてもAランクの冒険者には見えない。

 たぶん、オンとオフでスイッチを切り替えているのだろう。

 年中、ピリピリしていられないからな。


 ……たぶん、だけどね。


「おっ」


 すぐに立ち直り、アクスが先頭を歩いていたのだけど……

 何かに気がついた様子で、足を止めた。


「どうしたんだ?」

「ストップ。魔物だ」

「え?」


 ここは街道で、魔物なんて滅多に現れない。

 隠れる場所といっても、木陰や小さな茂みくらい。

 魔物がいるようには見えないけど……


 でも、アクスは今までに見たことがない真剣な顔をしていて、すでに剣を抜いていた。

 間違いないのだろう。

 みんなに足を止めるように伝えた。


「場所は?」

「んー……はっきりとはわからねえが、200メートルくらい先だな。その辺から、嫌な気配がプンプンしやがる」

「にゃー……あっ!」


 カナデが耳をぴょこぴょこさせて……ほどなくして、尻尾をピーンと立てた。


「レイン、レイン。アクスの言う通り、魔物の気配がするよ! ほら、見える? あそこの木の上」

「えっと……なるほど、あれか」


 遠くに木々が並んでいる。

 新緑の葉に隠れるようにして、鳥型の魔物が見えた。


 あれは……確か、フレアバードだったか?

 火を吐く鳥型の魔物で、奇襲を得意としている。


 カナデなら、これくらいの距離があっても見つけられただろうけど……

 アクスは普通の人間なのに、よく見つけられたなあ。


「蹴散らしてくるか」


 みんなをここで待機させて、先を行き、フレアバードを殲滅する。

 そうしようとしたところで、アクスに手で制止させられた。


「うん?」

「まあまあ、ここはセルに任せておけ。セル、大丈夫だよな?」

「ええ。これくらいの距離なら問題ないわ」


 すでにセルは弓を構えていた。

 弦を大きく引き絞り……そして、放つ!


 風を切り裂いて矢が飛ぶ。

 まるで、そうなることがあらかじめ決まっていたように、矢は200メートル先のフレアバードの頭部を貫いた。


 まぐれでも偶然でもない。

 そのことを証明するように、セルは次々と矢を放つ。

 どの矢も外れることはなく、吸い込まれるようにフレアバードの頭部に突き刺さる。

 全て一撃だ。


「終わったわ」

「ほえー」


 一部始終を見ていたカナデは、ぽかんとしていた。

 俺も似たような感じだ。


 200メートル先の魔物の気配を、カナデよりも先に感じ取り……

 そして、弓で射抜く。

 とてもじゃないけれど、俺達にそんな芸当はできない。

 これが、Aランクの実力か。


「よしっ、掃除は終わりだ! 先に進もうぜ」


 アクスの合図で、みんなは再び前に進む。


「すごいな」

「ん?」

「200メートル先の魔物を感知。それと、超遠距離の狙撃。普通の冒険者にできることじゃない」

「そうか? 俺達にとっちゃ、あれくらいできて当たり前なんだけどな。でないと、生き残れないさ」


 そんなことを言いながらも、アクスはニヤニヤしていた。

 褒められてうれしかったのだろう。

 わかりやすいヤツだ。

 でもまあ、そういうのは嫌いじゃない。


「正直言うと、最初はちょっと不安だったんだけど……今は、すごく頼りになる、って思っているよ」

「おうっ、任せておけ! って……最初は不安だったのかよ!」

「悪い。何しろ、初対面がアレだったからなあ……」

「アクス、あなたのせいよ」

「俺のせいなのか!?」

「あなた以外に、誰に責任があるというの?」

「はい、俺のせいですね、すみません……」


 氷のように冷たい眼差しでセルに睨みつけられて、アクスが縮こまった。

 この二人の関係性は、相変わらずよくわからないなあ。

 仲が良いのか悪いのか、どっちなのやら。

 良いコンビであることは間違いないと思うけどな。


「なあ、聞いてもいいか?」


 歩みを再開して、少ししたところでアクスが、そう口を開いた。


「うん?」

「なんで、レイン達は今回の依頼を請けたんだ?」

「なんで、って言われてもな……それは、どういう意図の質問なんだ?」

「純粋な興味だよ。あと、好奇心」


 アクスが、こちらを見定めるような視線を送ってきた。


「今回の依頼、報酬はいいが、その分、リスクも高いだろ? 何しろ、相手は村一つを壊滅させた正体不明の悪魔だ。どんな相手かわからないが……まあ、ロクでもないヤツであることは間違いないな。怪我なんて生易しいものじゃなくて、死ぬかもしれない。それなのに、どうしてだ?」

「大した理由はないさ。ただ、放っておけなかった」

「ふむ?」

「事が事だろう? 放置しておけるようなものじゃないし、俺達にできることがあるなら、何かしたいと思った。それだけだ」


 アクスは、しばしの間沈黙して……


「ははっ」


 気持ちよさそうに笑った。


「いいぜ、そういうの。嫌いじゃねえ。っていうか、俺の好みだ」

「そういうアクスはどうなんだ?」

「俺も同じだよ。村一つを壊滅させるような悪魔……そんな存在、放っておけるわけがない。間違っていることをしてるヤツがいるなら、それを正さないといけない。ま、一言で言うなら……俺は、正義の味方、ってヤツだな」


 すごくわかりやすく、至ってシンプルな理由だった。

 ある意味で、子供らしい。

 理想に生きているとも言える。


 それは、青臭いと言われるかもしれないが……

 でも、俺は好きだった。

 アクスと一緒なら良い仕事ができそうだし……それだけじゃなくて、良い友人になれるような気がした。


 ……しかし、その願いが叶うことがないことを、この時の俺は知らなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 思い出を振り返る中でこの話しを見ました。 これが後に夫婦になるアクスとセルのあったばかりの頃か。 最強種の皆もパワーはあれど人を見る目はまだ養ってなかった頃かな〜。 こういうメリハリ付く人間…
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