13話 勇者の話
「くそっ!」
鬱蒼とした森の中で、勇者アリオスは舌打ちした。
『迷いの森』の攻略を始めて、一週間が経過した。
しかし、未だにボスを倒すことができない。
正確に言うと、ボスのところにたどり着くことができない。
名前の通り、『迷いの森』は冒険者を惑わす迷路のような場所だ。
気軽に足を踏み入れたが最後、外に出ることは叶わず、そのまま朽ち果てていくとさえ言われている。
そのようなところ、普段ならば無視するのだけど……
アリオス一行には、それができない理由があった。
魔王と戦うために必要な伝説の防具、『真実の盾』をここのボスが所有しているのだ。
故に、『迷いの森』の攻略を開始したのだけど……
「なんだっていうんだ、この森は! どこを探しても正解の道に繋がらない……本当に、ここに伝説の防具があるのか?」
「それは間違いない。信用が置ける者からの情報だ」
「くそっ、このような森に、一週間も滞在するハメになるなんて……」
「はぁ……だるいわ。あたし、お風呂に入りたい」
「リーン。わがままを言ってはいけませんよ。私達は、世界を救う崇高な旅の途中なのですから」
「わかってるけどさあ……でも、もう一週間よ? さすがに、うんざりしてこない?」
「それは……」
リーンの苛立ちは、ミナも理解していた。
ミナ自身、『迷いの森』の理不尽な攻略難易度に辟易としているからだ。
マップを作成しつつ進んでいるが、これが役に立たない。
時間が経過するごとに道が変わり、目的地が遠ざかる。
そんなことを繰り返すばかりで、まともに進むことができないでいた。
「……こんな時に、アイツがいればな」
「アイツ? アッガス、それは誰のことだい?」
「アリオスもわかってるだろう? レインのことだ」
「っ」
アリオスが忌々しげに唇を噛んだ。
「レインの能力ならば、この森を隅々まで探索できる。上空からならば、新しい道を見つけることができるかもしれない。役立たずではあったが……そういう使い道だけは、用意されていたからな」
「バカを言うな! あんな無能の力を借りないといけないというのか? そんなふざけたこと、ボクは認められないぞっ」
「そうよ。あたしも反対。あんなゴミ虫、さっさと放り出したくてたまらなかったもん。あそこで追放したことは、間違ってないわよ」
「そうですね……あのまま寄生されても困りますし……私も、リーンの意見に賛成ですわ」
「確かにな。レインを追放したことに関しては、俺も異論はない。が、タイミングが悪かったと思わないか?」
「ぐっ」
アリオスが言葉に詰まる。
内心では、アッガスの言葉を認めているのだ。
いかにアリオスたちが強力な力を持っていようと、この『迷いの森』では意味がない。
正しい道を選び、奥にたどり着くことができなければ、何も意味がないのだから。
そして、それができるのは……レインだけであった。
レインは、確かに力がない。
敵と戦う時は足手まといになっていた。
しかし、ビーストテイマーの能力を利用したサポートは、とても優秀だったのだ。
例えば、動物に荷物を運ばせること。
熊などをテイムすることで、人の手で持つよりも、数十倍の量の荷物を運ぶことができる。
これは、冒険者にとって、これ以上ないくらいに重宝するスキルだった。
たくさんの荷物を持つことができれば、その分、遠くに遠征ができる。
水、食料を切らすことなく、存分に戦うことができる。
レインは、補給線を一人で支えていたのだ。
アリオス一行は、そのことに気づくことなく、彼を放逐した。
今になって、レインの重要性を認識するが……
アリオスはそのことを認めない。
いや、認めたくない。
役立たずと追放した男が、実は、パーティーにとって大事な役割を果たしていたなんてこと、誰が認められるだろうか?
アリオスの悪い癖が出た。
勇者と呼ばれ、人々からたくさんの尊敬を受けてきただけに、他者に対する配慮が欠けてしまうことがある。
今回のレインの件は、まさにそれだ。
「あのゴミ虫が役に立つなんて、おかしくない? 絶対におかしいって」
リーンも、アリオスと同じようなものだった。
千を超える魔法を使いこなす彼女は、幼い頃から天才ともてはやされて……そして、自惚れた。
天才である自分が、凡人……いや、それ以下の人間を気遣うなんてありえない。
本気でそんなことを考えている。
「私達の努力が欠けているのかもしれません。あのような人がいないと攻略できないなど……そのようなことは、考えられません」
ミナも二人と同類だった。
勇者の仲間になるための教育を受けて、世界を救うことこそが自分の使命と考えるようになった。
まともに戦うことができないレインは、ミナにとって、崇高な使命を妨げる邪魔者でしかない。
「二人の言いたいことはわかる。アリオスの言いたいこともわかる。しかし……他に道はないのではないか?」
アッガスの言葉が重く、三人の胸に突き刺さる。
一週間、攻略を挑んだ。
しかし、ボスを倒すどころか、まともに前に進むことすらできない。
このままでは、ここで魔王討伐の旅が停滞してしまう。
そして、それはある意味で、レインがいないから失敗した、という認識を刻み込まれることになるのだ。
それだけは、断じて許容できない。
アリオスは苛立たしそうに、近くの木に拳を打ち付けた。
「一度だけ、ヤツを使わないか? パーティーに戻すわけじゃない。ここのガイドとして雇うだけだ。その辺りが妥協点と思わないか?」
アッガスの言葉に、三人が黙った。
「でもさー、今更、戻ってくると思う?」
「そうですね……あれだけのことを言いましたからね」
「それについては問題ないだろう」
「……だな」
アッガスの言葉に、アリオスが同意する。
「アイツは、バカがつくほどのお人好しだからな。あの時は悪かった、本心じゃなかったんだ……とかなんとか、適当なことを言えばすぐに戻ってくるだろう。で、『迷いの森』を攻略したら、また捨てればいい」
「わー、きっちくぅ♪」
「なら、リーンはそのまま一緒にいたいと?」
「まっさかー。あんなゴミ虫と一緒にいたいわけないじゃん。一度だけでも戻ってこられると思うと、うんざりするのに」
「仕方ありません。彼がいないと、難しいのですから……一度きりなのです。我慢しましょう」
「じゃあ、決まりだな」
「ああ。一度、レインを引き戻す。そうと決まれば、ここに用はない。撤収準備をしよう」
そう言ったアリオスは、レインに対する申し訳なさとか懺悔の気持ちとか、そういったものは皆無だった。
彼を利用する。
そのことしか考えていない。
こうして、アリオス一行はホライズンに戻ることになるが……
彼ら、彼女らは気づいていなかった。
底抜けのお人好しであるレインにすら見限られていることに。
レインは、すでにカナデという真の仲間を得ていることに。
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