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124話 また今度

「ふむふむ、なるほど……はい! ひとまず、特訓はここまでにしておきましょうか」


 特訓を始めて、しばらくの日数が経過して……

 その日、いつものように庭に集合した俺達を前に、スズさんがそんなことを言う。


「にゃん? お母さん、もういいの?」

「っていうことは、あたし達、免許皆伝ってところかしら?」

「いえいえ、まだまだですよー」


 タニアの言葉に、釘を刺すような感じでスズさんが、妙に怖い笑顔を浮かべる。

 その笑顔が意味するところは、油断するな浮かれるな、というところだろうか。


 スズさんの笑顔の圧力を受けて、タニアが顔をひきつらせた。


「みなさん、戦い方をちゃんと覚えることができましたよ。これまでよりも、何倍もうまく戦うことができると思います」

「ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして。カナデちゃんがお世話になっていますからね、これくらいは。ただ……」


 スズさんが真面目な顔になる。


「みなさんは強くなったと思います。でも、だからといって自身の力を過信しないでくださいね? 世の中には、想像を絶するような力を持った人もいますからね。例えば……魔王とか」

「……」


 スズさんの言葉に、自然と気持ちが引き締まる。


「まあ、お固い言葉はこれくらいにしておきましょうか。みなさん、よくがんばりましたね。おつかれさまです」

「にゃあ……やっと終わったあ」

「あちこち筋肉痛で、動きたくないわ……」


 カナデがぐぐっと背伸びをして、タニアは肩をぐるぐると回した。


「ソラは疲れました。一週間くらい寝たい気分です」

「我らは引きこもり種族だからな」

「引きこもり言わないでください」


 ソラとルナは相変わらずだ。


「……んっ」

「ニーナ、どうしたんや?」

「わたし……強くなった、かな?」

「んー……せやな。強くなったと思うで」

「これで……レインの役に、立てる……」

「そんなこと考えてたんか。んー、かわいいやっちゃなあ」

「わぷっ」


 ニーナは、ティナに頭を撫でられていた。


 厳しい特訓が終わり、みんな、穏やかな顔をしていた。

 これで、スズさんの特訓が終わりだと思うと、気が緩む気持ちもよくわかる。

 ただ、そんな顔をしていると……


「あら、あらあら? みなさん、まだ元気そうですね。せっかくなので、追加の特訓をしておきますか」

「にゃんで!?」

「オマケです♪」

「そんなオマケいらないよ!?」

「母の愛は受け取っておくものですよ、カナデちゃん」

「にゃあああああっ!?」


 予想通りの展開になり、思わずため息をこぼした。

 特訓が完全に終了するのは、もう少しだけ先になりそうだ。




――――――――――




 スズさんのオマケの特訓は夕方まで続いて……

 とことんしごかれた。

 全員、立つのがままならないくらいに疲労していた。


 とはいえ、オマケの特訓も終わり、今度こそ完全終了。

 俺達は、スズさんのスパルタ教室を卒業することができた。

 達成感というよりは、安堵感の方が強い。

 ようやく、あの辛い日々が終わるのだから。

 ……まあ、そんなことを口にしたら、さらなるオマケが課せられないとも限らないので、心の中に秘めておくが。


 そして、夜。

 その日のごはんは、スズさんが作ってくれた。

 ルナもティナも特訓で伸びていたため、スズさんが申し出てくれたのだ。


 スズさんの作る料理は素朴なものだけど、どれもおいしかった。

 食べていると胸が温かくなるような、不思議な味だ。

 これが『家庭の味』というやつだろうか?

 みんな、笑顔で完食していた。


 それから、交代で風呂に入って……

 冷たいジュースを飲みながら談笑をして……

 遅い時間になったところで、みんな、部屋に戻る。


「……」


 俺は部屋に戻らず、庭に出ていた。

 星が輝く夜空を見上げる。


「どうしたんですか?」


 振り返ると、スズさんの姿が。


「眠れないんですか?」

「まあ、そんなところです」


 スズさんが隣に立つ。

 同じように、夜空を見上げた。


「綺麗な星空ですね」

「ええ。なんていうか、吸い込まれそうな感じです」

「ふふっ、おもしろい表現ですね」


 コロコロと笑うスズさん。

 こうして見ると、カナデの母親とはとても思えないよなあ……

 せいぜい姉がいいところ。

 普通に見るなら妹だ。


「どうしましたか? 私の顔に何か?」

「あ、いえ……そういえば、スズさんはこれからどうするんですか?」


 特訓が終わり、スズさんの役目は終わった。

 カナデを連れ戻すという目的も消えた。

 だとしたら、これからどうするのだろう?


「里に帰りますよ」

「帰ってしまうんですか……」

「あら、残念そうですね。私のこと、引き止めたいんですか?」

「んー……まあ、そうですね」

「あらまあ。意外と素直に」

「これだけ一緒にいたら、いなくなると違和感がありますよ。それに、一緒にいればカナデも喜ぶと思いますから」

「そうですかね? カナデちゃんも年頃の女の子ですから、親が近くにいると落ち着かないのでは?」

「あー……まあ、そういうところはあるかもしれませんね。でも、カナデはとても素直な子じゃないですか。なんだかんだ言いながらも、スズさんと一緒にいるのはうれしいと思いますよ」


 『もう仕方ないにゃ、お母さんは』……なんてことを言いながら、スズさんの隣で笑顔を浮かべるカナデの姿が思い浮かぶ。


 似たようなことを想像したらしく、スズさんも笑顔になった。


「ふふっ。そう言ってもらえると、母親冥利につきますね」

「それでも、帰るんですか? もうちょっと滞在しても……部屋は余っていますし」

「ありがとうございます。レインさんの気持ちはうれしいですよ? でも、いつまでも甘えるわけにはいきませんし……私がいないと、里にも迷惑をかけてしまうので」

「……そうですか」


 里一番の実力者となると、色々と仕事もあるのだろう。

 無理に引き止めることはできないな。


「レインさん」

「はい?」


 ふと、スズさんが真面目な顔になる。


「気をつけてくださいね」

「えっと……それは、どういう?」

「すいません。はっきりとしたことは言えないんですが……どうも、嫌な予感がして」

「嫌な予感……ですか?」

「猫霊族は、気配などに敏感ですよね? それと同じで、私くらいになると、嫌な予感を感じることもできるんです。けっこう当たるんですよ? まあ、嫌な予感なんて当たってほしくないんですけどね……」


 スズさんが苦笑した。


「その嫌な予感っていうのは、もうちょっと具体的なことはわからないんですか?」

「すいません。なんともいえなくて……ただ、少し前から、胸騒ぎのようなものがして……例えるなら、天敵を目の前にしたような感覚でしょうか」

「天敵……」


 最強種の猫霊族……しかも、その中でも優れた力を持っているスズさんに、ここまで言わせるなんて。

 たんなる予感として片付けない方がいいだろう。


「できることなら、私も一緒にいたいんですけど……」

「ずっと俺達についているわけにはいかないんでしょう? 仕方ないですよ。スズさんには、他にやることがあるんですから」

「そう言ってもらえると助かります……レインさん」


 スズさんが俺の手を握る。

 その状態で、じっと目を見つめられた。


「カナデちゃんのこと、お願いしますね?」

「……はい。任せてください」


 カナデは大事な仲間だ。

 何があったとしても、守ってみせる。

 そういう意思を込めて、しっかりと頷いてみせた。


 そんな俺の態度に安心したらしく、スズさんが笑みを浮かべる。


「そう言ってもらえると、安心できます。あとは、カナデちゃんの想いが成就すれば、完璧なんですけどね」

「成就?」

「いえいえ、なんでもないですよ」


 なんのことだろう?

 スズさんは、俺の知らないカナデの何かに気がついているみたいだけど……

 うーん、心当たりがないぞ?


「さて……私はそろそろ寝ることにします」

「おやすみなさい」

「レインさんも、夜更かしはいけませんよ?」

「わかっていますよ。もうちょっとしたら、俺も寝ます」

「はい。良い答えです。ではでは、おやすみなさい」


 スズさんが笑顔を見せて、家の中に戻った。

 その背中を見送り……改めて、夜空を見上げる。


「……嫌な予感、か」


 夜空はこんなにも綺麗だというのに、不穏な気配が近づいているみたいで、どこか寒気がした。

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