120話 果ての地で
アリオス一行はリバーエンドを後にして、さらに南下した。
そこから西へ進路を取る。
南大陸は東がなだらかな平原になっていて、西に険しい山が連なっている。
アリオス一行は山に足を踏み入れて、そのまま奥を目指す。
「あー、めっちゃうっとうしいんですけど」
未開の地なので、獣道しかない。
草木が生い茂り、行く手を塞がれているみたいだ。
藪を払いながら進むけれど、一向に速度は上がらない。
そのことに苛立ちを覚えたように、リーンは愚痴をこぼした。
「蔦が絡みついてくるし、虫はたくさんいるし……はぁ、お風呂入りたい」
「リーン、わがままはいけませんよ。私達は、崇高な使命を持ち、その旅の途中なのですから」
ミナが諌めるものの、リーンは、はいはいと適当な返事を返すだけで、心を入れ替えた様子はない。
とはいえ、これはこれでいつもの光景なので、アリオス達は気にした様子はない。
唯一、リーンの様子を気にしているのは、先頭を行く冒険者だ。
「どうしたんだい?」
冒険者がチラチラとリーンを見ていることに気がついたアリオスは、声をかけた。
冒険者は、ごまかすように愛想笑いを浮かべる。
「いえいえ、なんでもないですよ。こう言うのもなんですけど、勇者様達も俗っぽいところがあるんだなあ、って」
「勇者とはいえ、僕達も人間だからね。こんな山奥に赴かないといけないとなると、うんざりしてしまうさ」
「確かに」
「頼りにしているよ」
「ええ、任せてください」
勇者パーティーに頼りにされるなんて、一生に一度あるかないかのチャンスだ。
冒険者の男は、張り切るように先頭を進む。
正確に言うと、彼は二番目だ。
一番手は、彼が使役する魔物、ブラッディベアーだ。
名前の通り、大型の熊の魔物だ。
Cランクに匹敵する魔物で、山の主として君臨していた。
そんなブラッディベアーを、冒険者の男はテイムした。
彼は南大陸で名を知られているビーストテイマーなのだ。
その能力は優れており、動物だけではなくて魔物もテイムできる。
たまたま、休暇で田舎の村を訪れていたのだけど……
そこをアリオス達に声をかけられて、一緒に行動することになった、というわけだ。
「しかし、驚きだな」
「何がですか?」
アリオスの言葉に、冒険者が不思議そうにした。
「ビーストテイマーが、魔物も使役できる、ということがだよ。こういうのもなんだけど、ビーストテイマーなんて誰もなりたがらない最弱職だろう? それなのに、君はこうしてCランクの魔物を使役していて、それなりの力を得ている。なかなか見られる光景じゃないと思ってね」
「そう言ってもらえると、うれしいですね。今の力を手に入れるために、色々と苦労したので」
「ふむ」
アリオスは冒険者を品定めするように、足から顔までを見た。
この男なら役に立つかもしれない。
動物だけではなくて、魔物も使役できるというのは便利だ。
世間一般の常識と照らし合わせると、ビーストテイマーとしては破格の力を持っている。
彼が仲間に加われば、旅が楽になることは間違いないだろう。
そこまで考えたところで、アリオスの脳裏にちらりとレインの顔がよぎる。
「……ところで、ちょっとした疑問があるのだけど」
「はい、なんですか?」
「君は、最強種を使役できるのかな?」
「え? 最強種ですか?」
アリオスの質問に、冒険者は戸惑いを見せた。
「いいえ、まさか。最強種なんて、使役できませんよ。あんなもの、使役できる人間なんて、いるわけがないじゃないですか」
「……そうか」
その言葉を聞いて、アリオスの中で何かが急激に冷めた。
レインにできたことができないのならば、この男はいらない。
当初の予定通り、今回の目的を達成したら、そこで切り捨てることにしよう。
アリオスがそのようなことを考えているとも知らず、冒険者はごきげんな様子で先頭を進む。
後続のアリオス達のために、木々の枝などを切らなければいけないが、簡単な作業だ。
先頭を行くブラッディベアーは体が大きく、歩くだけで、それなりの道を作ってくれる。
他の魔物はブラッディベアーを恐れて近寄ってこない。
簡単な仕事だ。
これなら、何も問題なく依頼を達成することができるだろう。
……この時は、そう思っていた。
――――――――――
一時間ほどかけて、アリオス達は山頂にたどり着いた。
山頂は開けた場所で、見晴らしがいい。
ちょっとした広場があり、休憩をすることができそうだ。
その中央に、ぽつんと小さな祠が見えた。
平な石の上に木で組まれた祠が設置されている。
それ以外に何もなく、寂しい光景だった。
「勇者様、つきましたよ」
「ごくろうさま……アッガス。それとリーンとミナは周囲の警戒を頼む」
「ああ」
アッガスは頷いて、今来た道を少し引き返した。
リーンとミナは左右に散る。
「ふむ」
アリオスは祠を見た。
触れただけで壊れてしまいそうなほど、ボロボロに見えた。
「……ちょっと、その魔物をこっちによこしてくれないか?」
「え? どうしてですか?」
「いいから、早く」
「わ、わかりました。ほら、行け」
アリオスに強い口調で言われて、戸惑いながらも、冒険者は指示に従った。
ブラッディベアーに、アリオスの隣に移動するように命令する。
しかし……
「ギャンッ!?」
祠の側にいるアリオスに近付こうとしたところ、ブラッディベアーは見えない壁に阻まれるように弾かれた。
一瞬、空気が震えて、紫電が走った。
「な、なんだ……!?」
「なるほど、こういう仕組みか」
予想外の事態に冒険者はうろたえるけれど、アリオスはわかっていたというように冷静だった。
祠の周囲には、魔物を寄せ付けない結界が張られていた。
だからこそ、こんな山奥に建てられていても、壊されることはなかったのだろう。
こんなボロボロの祠を結界で守る価値なんてあるのだろうか?
何も知らない人間ならば不思議に思うかもしれない。
現に、冒険者は混乱した様子だった。
しかし、アリオスは違う。
この祠に価値があることを知っている。
……より正確に言うのならば、祠の中にあるもの、になるが。
アリオスは剣を抜いた。
「ゆ、勇者様? 何をするんですか?」
「下がっていろ、今からこの祠を壊す」
「え?」
「結界を断ち切るから、それなりの衝撃が発生するだろう。君は、帰り道も案内してもらわないといけない。余計な怪我を負ったら手間だからな。下がっていてくれ」
淡々と言うアリオスに、冒険者はあからさまに狼狽してみせた。
「ど、どうしてその祠を?」
「この祠に、僕が求める装備が奉納されているんだよ」
伝説の装備の一つである、『天の涙』と呼ばれる指輪が、とある山の祠に奉納されている。
その情報を得て、アリオス達は冒険者を雇い、山に登ったというわけだ。
でなければ、わざわざこのようなところに来るわけがない。
「それはまずいですよ……まずいですって」
「……君は、僕に雇われただけの存在で、邪魔をするつもりなのかい?」
「いえ、そんなつもりは……でも、その祠は麓の村の人達が作ったと言われていて……あと、災厄を封じ込めているとか……」
「はぁ……」
アリオスはつまらなそうにため息をこぼした。
「そんなの迷信に決まっているだろう?」
「いえ、でも、かなりの信憑性が……」
「この祠が災厄を封じ込めているというのならば、もっと大事にされていてもおかしくないだろう? でも……見てみろ。ボロボロだ。まったく敬われていない。そんな祠に災厄なんて封じられているわけがないだろう?」
「し、しかしですね……」
「仮に何かが封じられていたとしても、僕の敵じゃない。僕を誰だと思っている? 勇者だぞ」
「……」
反論は許さないという感じで、アリオスは強い口調で言う。
そんなアリオスに負けた様子で、冒険者は口を閉じた。
冒険者が黙ったことで、アリオスは満足そうに頷いた。
そして……祠に剣を振り下ろす。
「ひっ!?」
バチィッ! という音が響いて、祠が倒壊した。
空気が震えて、冒険者が身を縮こまらせる。
ただ……それだけだ。
それ以上のことは何も起きず、静寂のみが場を支配する。
「ほら見ろ、なんてことはない」
アリオスは壊れた祠の残骸をどけて、中から指輪を取り出した。
伝説の装備、『天の指輪』だ。
これがあればもう用はない。
すぐに山を降りて、次の目的地へ行こう。
……その時だった。
「……くすくすっ」
子供のように無邪気な笑い声が響いた。
再び、ちょっと長い話をやってみたいと思います。
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