116話 最強の中の最強・4
体中の力が抜けていく。
膝がガクガクと笑い、立っているのがやっとだ。
少しでも気を抜いたら、そのまま倒れてしまい、二度と起き上がれないような気がした。
「まだ……だっ」
必死に意識をつなぎとめて、前を見る。
スズさんは、カムイの一撃に対して、初めて防御の姿勢を見せた。
そこまでは覚えている。
確かな手応えがあったことも覚えている。
でも、それ以上のことはわからない。
今は、カムイの一撃で土埃が舞っていて、視界が悪く、何も見えない。
スズさんに届いただろうか?
これで終わりだろうか?
結果を見届けるまで、倒れるわけにはいかない。
「レインっ、大丈夫?」
「なんとか……でも、それよりも……」
「お母さん……だね」
やがて、土煙が晴れてきた。
何があってもいいように、いうことを聞かない体を叱咤して、カムイを構える。
いざとなれば、連発してやる。
「っ」
土煙が晴れて……
そこに、スズさんが立っていた。
あちこちボロボロになっているものの……
でも、わりと元気そうな感じで、しっかりと大地を踏みしめている。
……勘弁してほしい。
本当の化け物なんだろうか?
失礼だけど、ついついそんなことを考えてしまう。
「やりますね。今のは、なかなか効きました」
「できれば、倒れてほしかったんですけどね……」
「一つ、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「なんですか?」
「突然、レインさんの動きが良くなりましたけど、あれはいったい?」
「えっと……能力強化の魔法を使ったんですよ」
手の内を明かすようなことはするべきじゃないかもしれない。
ただ、気がついたら素直に口にしていた。
スズさんの人柄がそうさせるのかもしれない。
「なるほどなるほど……でも、何段階かに分かれていましたよね?」
「重ねがけをしたので」
「そんなことができるんですか?」
「初めてのことで、ぶっつけ本番ですけどね。まあ、うまくいったみたいです」
「でも、レインさんの顔を見る限り、かなり無茶なことでは?」
「まあ……」
あちこちが痛い。
指先をちょっと動かしただけで、針に刺されたような痛みが走る。
体を限界を超えて酷使した反動だろう。
「無茶なことをしますね。そのようなことをすれば、どうなるかわからないのに……どうして、そこまでするんですか? そんなに、カナデちゃんと一緒にいたいですか?」
「もちろん」
即答した。
カナデと一緒にいたいか?
カナデと別れたくないか?
答えなんて決まっている。
一緒にいたいに決まっている。
別れたくないに決まっている。
初めてできた、『本当』の仲間なんだ。
勇者パーティーを追放されて、途方に暮れていた時……
カナデは、明るい笑顔で俺を迎えてくれた。
大げさかもしれないけど、命の恩人といってもいい。
それくらいに、俺はカナデに恩義を感じていた。
まあ、そういう堅苦しいことはいいか。
恩義とかそういうものは別にしても……
「これからも、カナデと一緒にいたいですよ。そう思います」
一緒にいたい。
俺の思いは、ただそれだけだ。
「なるほどなるほど……」
「?」
スズさんは、何かを確認するように質問を繰り返している。
なぜか、戦いを再開しようとしない。
どうしたんだろう?
もしかして、俺と同じように、スズさんもけっこうなダメージを負っているのか?
立っているのがやっと、とか?
……違うか。
見る限り、まだまだ余力を残していそうだ。
満身創痍のこちらとは違う。
となると、いったい……?
「……ふぅ」
小さな吐息と共に、スズさんはどこか寂しそうな顔をした。
それでいて、うれしそうに笑う。
矛盾しているかもしれないが、そんな表情を浮かべたのだ。
「親がいなくても、子供は育つものなんですね」
「にゃん? お母さん?」
「うーわー、やられましたー」
とんでもない棒読みの台詞と共に、ばたん、とスズさんが倒れた。
わけがわからない。
突然のことに、俺はもちろん、他のみんなもきょとんとしている。
「えっと……?」
「どうしたんですか? 喜ばないんですか? レインさん達の勝ちですよ?」
いや、そんな元気そうな顔をして、そんなことを言われても……
納得できないというか、そもそも、展開が突然すぎて理解できない。
どういうことだ?
「ねえ……お母さん」
「なんですか、カナデちゃん」
「お母さん、まだ元気だよね? やられてなんかいないよね?」
「いいえ、やられましたよー。さっきの一撃は、とんでもない威力でした。もう立っていられません。きゅう」
ものすごいわざとらしい。
スズさんは圧倒的な力を持っていても、演技力は皆無のようだ。
「ねえねえ、お母さん。どういうこと? いきなり、そんな風にふざけられても、どうしていいかわからないよ」
「ふざけてなんかいませんよ」
そう言うスズさんは、とても優しい顔をしていた。
「私の負けですよ」
「でも……」
「カナデちゃんは里にいる方がいいと思ってましたけど……どうやら、それは間違いだったみたいです。里にいる頃のカナデちゃんは、こんなに元気じゃなかった。こんなに成長していなかった。かわいい子には旅をさせろと言いますが、その通りだったみたいですね。外の世界に触れたおかげで、カナデちゃんは成長することができた。なら、連れ戻すようなことはしませんよ」
「お母さん……」
スズさんが理解を示してくれたことに、カナデは感動したらしく、ちょっと涙目になっていた。
「あのね、一つだけ訂正させて」
「なんですか?」
「私が成長できたのは、外の世界に出たからじゃないよ。レインに出会ったからだよ」
「レインさんに……」
「レインと一緒にいたから、今の私があるんだよ。お母さん」
カナデがにっこりと笑う。
俺も、カナデの役に立つことができていたのだろうか?
カナデの言葉がとてもうれしい。
「なるほど。そういうことなら、なおさら、カナデちゃんを連れ戻すわけにはいきませんね。私が間違っていたみたいです」
「お母さん……ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうを言わないといけません。カナデちゃんをここまで育ててくれて、ありがとうございます。レインさん」
「いや、俺は何も……」
「こういう時は、どういたしまして、ですよ?」
「と言われても……」
俺はいつも助けられてばかりで、何もしていないからな……
「レイン、レイン」
カナデが俺の前に立ち、にっこりと笑う。
「私のために戦ってくれたこと、すごくうれしかったよ」
「カナデ……」
「他にも、色々と助けてもらっているし……私が一方的に何かをしてる、なんてことはないんだからね? 私も、レインに助けられているの。色々なものをいっぱいもらっているんだよ」
「……そっか」
「ありがとね、レイン♪」
「どういたしまして。それと……」
「にゃん?」
「これからもよろしくな」
「うんっ♪」
カナデがうれしそうに笑う。
俺は、この笑顔を失わないで済んだ。
よかった。
本当によかった。
「ふふっ……自分で引き起こしてなんですけど、一件落着というところでしょうか」
「ホント、それだよ。お母さんが言わないで」
「ごめんなさい」
「もー」
さっきまで全力で戦っていたとは思えないくらい、カナデとスズさんは仲良く、一緒に笑い合っていた。
なんだかんだで、仲の良い親子なんだな。
ちょっとうらやましい。
「って……やばい……」
緊張の糸が解けて……
途端に、痛みや疲労やら、色々なものが一気に押し寄せてきた。
元々、立っているのがやっとの身だ。
それらの負担に耐えられるわけがなくて……
「にゃっ、レイン!?」
意識が遠くなり、カナデの声が遠くに聞こえた。
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