1140話 意外と……?
「……その時、颯爽と勇者が現れた」
「おぉ」
「彼の持つ剣は暗雲を切り裂いて、地上に光をもたらした。魔物の闇を打ち払う。勇者こそが希望だ」
「うん」
「しかし、勇者の前に現れた強敵は……む? 我が主ではないか、どうした?」
なんてことない日の午後。
日用品の買い出しを終えて家に帰ると、エーデルワイスがルリを自分の膝の上に乗せて、絵本を読み聞かせていた。
絵本の内容が、よくある勇者の英雄譚であることに驚きだ。
魔王がそんなものを読んでもいいのか……?
それと、ルリの相手をしていることも意外だ。
別に、エーデルワイスがルリに厳しいとか子供嫌いとか、そういうわけではないのだけど……
最近、忘れがちになってしまうけど、彼女は魔王。
魔王が子供の相手をするなんて、なかなか思い浮かばない光景だ。
「ルリと遊んでいてくれたんだな」
「本を読んでいるだけだがな」
「よかったな、ルリ」
「うん」
ルリもエーデルワイスに懐いている様子。
彼女の膝の上で、ちょっと心地よさそうにしている。
なんとなく、ひなたぼっこをする猫を連想させた。
「絵本を読んでもらっていた」
「そっか。面白いか?」
「……よくわからない」
勇者の話とか、ルリにはまだ早かっただろうか?
「でも、エーデルワイスのお話は面白い」
絵本の内容はよくわからないけど……
語り部であるエーデルワイスの口調が楽しい、ということかな?
さっき、少し聞いただけ。
それでもわかるくらい、エーデルワイスは熱の入った語り部をしていた。
しっかりと感情を込めて。
やや大げさに話すところもあるのだけど、それは演出。
まるで芝居を見ているかのよう。
「エーデルワイスは、演技かなにかをやっていたことが?」
「ないぞ、そんなものは」
「そうなのか。それにしては、やたらうまかったような気が……」
「忘れたのか、主よ」
エーデルワイスは、ドヤ顔で言う。
「私は魔王だぞ?」
「そうだな」
「魔王である以上、絵本の語り部なんて余裕だ。魔王にできないことはない」
「うーん……?」
いや、まあ。
魔王の能力なら、絵本の語り部は簡単にできるかもしれないが……
そこは誇るところなのか?
魔王さまが絵本の語り部をするところに違和感を覚えるのは俺だけか?
「すぅ……すぅ……」
俺とエーデルワイスが話をしているうちに、ルリは彼女の膝の上で眠ってしまっていた。
絵本を読んで聞かせてもらっているうちに眠くなってしまったのだろう。
エーデルワイスは絵本をそっと近くのテーブルの上に置いて、ルリの頭を撫でる。
その表情はとても優しく、女神のよう。
……いや、魔王なんだけどな。
「エーデルワイスは子供が好きなのか?」
「ああ、好きだな」
「そうなのか……」
「なんだ、その意外そうな顔は。私のことをなんだと思っている」
「あ、いや……ごめん。確かに失礼な反応だよな」
「まあよい。私は魔王だからな。その肩書故に、なかなか似合わないことをしている自覚はある」
自覚があったのか。
「子供は宝だからな」
ルリを優しく撫でつつ、エーデルワイスが柔らかい表情で言う。
「今はまだ大した力を持たず、誰かの庇護なくして生きていくことは難しい。弱き存在と言えるだろう。しかし、それは誰にでもあること。子はいつか大人となり、国や世界を支える存在となる」
「故に宝、っていうわけか」
「ああ。なればこそ、子供を大事にするのは、王として当然のことだろう?」
そう語るエーデルワイスだけど……
それ以上に、彼女の場合、単純に子供好きのような気がした。
「エーデルワイスは、将来、いいお母さんになりそうだな」
「ほう」
エーデルワイスがニヤリと笑う。
「それはつまり、私の子が欲しいという催促か? そういう行為をしたいと?」
「え!?」
「なに、私は構わないぞ。さすがに子供の前ですることではないから、後で主の部屋に赴けばよいか?」
「ま、待て待て!? 俺は、そんな……」
「「逮捕ーーー!!」」
突然、ソラとルナが乱入してきた。
「我ら、抜け駆け禁止騎士団!」
「なにやら不穏な気配を察知しました!」
「エーデルワイスよ、昼間からレインを誘惑した罪で逮捕なのだ!」
「ふむ」
二人が現れてもエーデルワイスは余裕たっぷりだ。
「ならば、お前達も加わればいいだろう?」
「「え」」
「私は寛大だ……というよりは、協定を忘れたことはない。なに。行為に及ぶ前に、きちんと二人を誘うつもりでいた」
「そ、そういうことなら、ソラはやぶさかでは……」
「姉!?」
「では、一緒に主を押し倒そうではないか」
「はい!」
「ええいっ、こうなったらヤケなのだ!」
「俺の方がヤケになりたいんだけど!?」
……その後。
ルリが起きてしまうようなどたばた騒ぎに発展してしまうのだけど、それはまた別の機会に。




