1138話 一緒に
「潜在的なものというか、その人の持つ器というか、魂の大きさというか……ちょっとうまく言葉にできないんだけど、そういうものはルリちゃんの方が圧倒的に上に見えたんだよね」
……あれから数日。
そんなシフォンの言葉を思い返していた。
考えすぎ、とか。
気のせい、とか。
そう笑い飛ばすことは簡単なのだけど……
「……俺も、だいたい同じ感想なんだよな」
時々。
本当に稀だけど、ルリの底が見えなくなるような。
飲み込まれてしまう、そんな気になる時がある。
もちろん、そこに悪意なんてものはない。
敵意もない。
ただ……
フィアやゼクスと対峙した時に感じたもの。
それを、ルリにも感じる時があって……いや。
それ以上のもの、だ。
思っていたよりも厄介なことに巻き込まれているのかもしれない。
ただ……
――――――――――
「にゃーん♪」
カナデがご機嫌そうに鳴いた。
そんなカナデはルリと手を繋いで……
ルリのもう片方の手は俺と。
親子みたいな感じでちょっと照れる。
カナデもそう感じているからこそ、嬉しそうにしているのだろう。
そんな彼女の想いは嬉しくて。
でも、あまりにも恋愛初心者のせいで、どうしたらいいかわからなくて。
……はぁ、情けない。
冒険者のこととか、これからのこととか。
そういうことも大事だけど、みんなの気持ちにしっかりと応えるため、恋愛に関しても色々と学ばないとな。
……どう学べばいいか、さっぱりわからないのだけど。
「ぁ」
ルリが小さな声をあげて、ふと足を止めた。
その視線の先には、美味しそうな匂いが漂うパン屋。
色々な惣菜パン。
甘いパン。
それだけじゃなくて、ちょっと変わったパンもたくさんある、最近、ホライズンに出店された人気店だ。
「……」
じーっと見つめるルリ。
その様子を見て、俺とカナデはくすりと笑う。
出会った頃に比べて、ルリはだいぶ感情が豊かになった。
まだまだ、というところはあるけど……
そんなに焦る必要はない。
ルリに負担を強いないように、彼女のペースで。
ゆっくりと、しかし確実に。
いつか、満面の笑顔を見ることができればいいと思う。
「どうしたの、ルリちゃん?」
カナデが膝をついて、ルリの顔を覗きつつ問いかけた。
「……なんでもない」
「そう?」
「うん」
「そっかー……でも、私はちょっとなんでもあるな」
「?」
「少しお腹が空いちゃって、なにか食べたいんだ。おぉ! ちょうどいいところにパン屋が!」
カナデ……
やりたいことはわかるけど、もうちょっと演技力はなんとかならなかったのか……?
さすがに棒読みがすぎるぞ。
とはいえ、ルリは気にしなかったらしく、ぴくんと反応した。
「私、パン屋に行きたいな。ルリちゃんも付き合ってくれる?」
「……いいよ」
「ありがと♪ じゃあ、お礼に、ルリちゃんの分も買ってあげるね」
「それは……」
「気にしないで。わざわざ付き合ってもらうのに、お礼もしないなんてダメダメだからね。ね、レイン?」
「ああ、そうだな」
ルリに笑いかける。
カナデも笑顔を向ける。
ルリは……戸惑っているようだった。
なぜ、笑顔を向けてくれるのか?
なぜ、優しくしてくれるのか?
理由はわからないけれど、ルリは、そういう他人の好意に鈍感で……
そして、怯えている気配がある。
最近はわりと改善されてきたものの、まだ完治には至らない。
そこに辿り着くには、彼女が抱えるものを根本的になんとかしなければいけないだろう。
難しいな。
心の問題は、そうそう簡単に解決することはできない。
ただ……
「ルリ」
「なに?」
「行こうか」
「……うん」
ルリはしっかりと頷いて、一歩を踏み出した。
その一歩は、たぶん、とても大事なもので……
これからも一緒に隣で支えていこうと思った。




