1136話 救済
『邪神』なんて名前がついている存在の力を借りる。
それはとても危険なことで……
ゼクスも、その危険性を認識している様子だった。
ちょっと話しただけだから確信は持てないけど、フィアも。
矛盾した言葉のように思えるけど……
「世界は歪んでいる」
大神官は強い調子で言う。
ただ……
その表情は静かなもので。
ともすれば、疲れているようにも見えた。
「生きようとするものが生きることができず、死ぬべきはずの者が我が物顔でのうのうと生きている……そのような理不尽は当たり前。それを認めるわけにはいかぬ。許すわけにはいかぬ」
「だから、邪神の力を使って……革命を起こそうとした?」
なんとなく、邪教の目的が見えてきた。
彼らは皆、迫害されていたのだろう。
あるいは、理不尽な現実に打ちのめされてきたのだろう。
世界に自分の居場所がないと感じて。
追い詰められて。
逃げてきた。
なぜこんなことに?
どうして世界は優しくない?
……なら、世界を変えてしまえばいい。
その権利があるはずだ。
なにも問題はないはずだ。
たぶん、そんな風に考えるようになったのだろう。
「儂らは……ただ、生きたかった……それだけなのだ」
「それは……」
考える。
今の言葉をできる限り受け止めて。
それが正しいか、間違いなのか。
俺が決めるべきことではないのだけど……
こちらの想いが伝わるように。
しっかりと道を作ることができるように。
深く考えた。
「……わからないでもないけど」
「……」
「それでも、他人を踏みにじるようなお前達のやり方は認められない」
「貴様も……そのような綺麗事を口にするか!」
落ち着いていたはずの大神官が強く睨みつけてきた。
彼の触れてはいけないところに触れてしまったのかもしれない。
「虐げられてきた者の痛みはわからぬ! 意味もなく殴られたことは!? 笑いながら大事な者を奪われたことは!? 泥水をすすり、腐ったものを食べて生き延びたことは!? そのようなこともわからない貴様が、綺麗事を……!!!」
「綺麗事だって、それはわかっているさ」
俺は、彼のことは知らない。
恵まれている方だろう。
口にするのは綺麗事。
なにもわかっていないのかもしれない。
それでも。
「誰かを踏みにじっていいなんて、それが正しいなんてことはないんだ。それだけは、絶対だ、って言える」
「……」
「悪いことばかり考えても、口にしていても仕方ないだろう? それよりは、まっすぐなことを考えて、そこを目指していきたい。できないことを考えるよりも、できることを考えたい。いい目標を目指して、がんばって……敵わなかったとしても、でも、ある程度のところには達しているかもしれない。できることはあるはずで、無駄なことなんてない」
「……」
「って、これも綺麗事だけど……俺は、悪いことよりも良いことを考えて生きていきたい」
「くっ……!」
大神官は、もう一度、強くこちらを睨みつけた。
ただ、それだけで……
なにかをする様子はない。
刺すような眼力も次第に衰えていく。
「……そのようなこと、わかっていた……」
ぽつりとつぶやいて。
力なくうなだれて。
それ以上、彼はなにも話さなかった。
理解はしていた。
納得もしていた。
ただ、心がそれに追いつかない。
どうすることもできないのだろう。
俺も、それ以上はかける言葉が見つからない。
ただ、静寂だけがその場に残された。
――――――――――
バストールを制圧して。
残った村人達の対処や細かいところの調査は、後からやってきた騎士団に任せた。
俺達はホライズンに帰る。
ホライズンはフィアの襲撃があり。
いつの間にか援軍として呼ばれていたアルさんと、ソラとルナが撃退したということを知り、一安心。
残ったみんななら、とは思っていたが……
まさか、アルさんもやってきてくれるなんて。
……それだけ、邪教徒が厄介ということか。
その邪教徒だけど、大神官三人を捕縛。
ひとまずの企みは阻止することができた。
とはいえ、まだまだ油断はできない。
邪教徒が完全に消えたわけじゃない。
まだ各地に残党が潜んでいるだろうし、他の大神官も残っているかもしれない。
ただ、今のところ活動は停止したらしく……
仮初かもしれないけど、平和が訪れたのだった。




