1133話 塵一つ残しません
空が見える。
おかしい。
村の中心部には、小さな村に似つかわしくない神殿が建てられていたのだけど……
今は跡形もない。
天井と壁が消し飛んで。
床もヒビが入り、クモの巣のようになっていて。
元々こうだったかのように、空が見えるほど開放的な空間になっていた。
……コハネのせいである。
「おい、ぽんこつ最強種」
さすがというか、エーデルワイスは無傷だった。
ジト目をコハネに送る。
「貴様、私を殺すつもりか?」
「いいえ、そのようなことは決して」
「無差別攻撃をばらまいておいてよく言う」
「エーデルワイスさまならば、あの程度は簡単に防げるかと」
「まあ、その通りではあるがな……」
エーデルワイスは、ほぼほぼ消し飛んだ神殿を見てため息をこぼす。
「先制攻撃はともかくとして、いきなりここまでやるか……? さすがの私もドン引きだぞ」
「邪教徒は敵です。邪神の寵愛を受けている大神官となれば、滅殺です。塵一つ、この世に残しません」
「お前、けっこう怖いヤツだったのだな……?」
エーデルワイスはさらに引いた。
「というか、さきほどはわりとおとなしくしていたではないか」
「主さまがいましたので」
「主にまずいところは見せられない、というか見せない。そういうところは、しっかりしているのだな。やれやれ……」
もう一度、ため息。
それから、エーデルワイスは前を向いた。
「で……そちらは攻撃はしてこないのか?」
「おや。生きていること、バレていましたか」
ジーベンが姿を見せる。
神殿が消し飛ぶほどの攻撃を受けたはずなのに、一切の傷がついていない。
あのタイミングで回避が間に合ったとは思えない。
防ぐことも難しいはず。
そうなると……
エーデルワイスは、頭の中で考えを巡らせつつ、しかしそれを表に出さず、なんてことのない調子で話を続ける。
「さて……では、次は私も参加するか。なんとなく、答えは見えてきた。魔王の名に恥じないように、貴様も滅ぼしてやろう」
エーデルワイスは凄絶な笑みを浮かべて、手の平に黒い炎を宿した。
黒く、黒く、黒く。
どこまでも純然たる漆黒。
それは、全てを飲み込む太陽のようだった。
「お待ちを」
「うん?」
「私は、戦いが苦手でしてな。できるのなら穏便に事を進めたい。そこで、まずは交渉をしてみるというのはいかがですかな?」
「ふむ」
エーデルワイスは、一度、炎を消した。
視線で続きを促す。
「正直に話をすると、私の目的は邪神を復活させること。そのために、今まで色々と準備を重ねてきました」
「……で?」
「ただ、さらにその奥にある目的は、世界に平和をもたらすこと。秩序を破壊しようなどとは考えていません」
「邪神を復活させるというのに?」
「なにかを成し遂げるには力が必要……そのために邪神を利用するのですよ。私達は邪神の使徒ではあるものの、心と魂まで捧げたわけではありませぬ」
「まがりなりにも相手は神だ。うまく利用できるとでも?」
「そのための準備も進めてきたゆえ」
「ふむ」
エーデルワイスは、ひとまず考えた。
話をした印象としては、ジーベンは嘘を吐いている様子はない。
本心から世界のことを考えて。
本心から邪神を利用しようと考えて。
破壊と混沌を撒き散らすことは計画していないのだろう。
だがしかし。
「却下だな」
エーデルワイスは、再び黒い炎を手に宿した。
「……私の言葉が信じられませぬか?」
「そうではない。あくまでも私の印象だが、貴様は嘘は吐いていないのだろう」
「ならば……」
「ただ、全てを語っているわけでもない」
「……」
「貴様の言う世界に平和をもたらす行為は、痛みを伴うのだろう? 犠牲をよしとするのだろう?」
「そうですな。改革に血が流れるのは仕方のないこと……痛みを恐れては変わることはできませぬ」
「それは許容できん」
ジーベンは怪訝そうに言う。
「魔王ともあろう方が、そのような甘い戯言を?」
「ふん。まあ、私も貴様と似た考えを持つが……あいにく、我が主がそれを望まないのでな」
「……魔王とあろう存在が、一人間に使役されるとは。堕ちたものだ」
不快そうに舌打ちをして。
丁寧な口調を消して。
ジーベンが敵意を膨らませる。
「我が主なら、こう言うだろうな。犠牲の上に成り立つ平和に価値はあるのか? そもそも、犠牲にされる方は納得できるのか?」
「綺麗事だ」
「できない無理だ、と考えることを最初から捨てているヤツにはわからないだろうな。我が主は、綺麗事だろうがなんだろうが、まずは考えて、実行に移している。無理だ、と決めつけて思考放棄しているようなやつにはわからぬさ」
エーデルワイスは強く言い放ち。
そして、ジーベンの敵意がさらに膨れ上がる。
それはもはや殺意。
彼としては、できるのなら魔王であるエーデルワイスとの交戦は避けたかったのだろうが……
しかし、覇道を邪魔するのならば敵だ。
敵ならば、誰であれ戦うのみ。
容赦はしない。
「……まあ、最初からこうなると思っていたがな」
ジーベンは不敵に笑うのだった。




