1132話 ジーベン
人間は愚かな存在だ。
生きるために他者を食らうのなら、それはいい。
それは自然の摂理であり、そこを捻じ曲げる必要はない。
命を糧として、己の命を維持する。
そして、それを新しい命に繋いでいく。
そうした命の循環こそが世界を成り立たせてきた。
しかし。
人間は、必要な時以外にも他者の命を奪う。
『娯楽』という名の狩りで。
邪魔だから、という理由で。
果てには、己の欲を満たすために。
命を奪う対象も、同じ人間であることが多い。
獣がそのようなことをするだろうか?
縄張りや雌を賭けての決闘はすることはあるものの、それは一種の生存競争だ。
生きていくためには必要なこと。
決して、己の欲で同族を殺すことはない。
それなのに……
しかし、魔族も変わらない。
最強種も変わらない。
魔族は、その大半が過去に囚われたまま。
過去に受けた酷い仕打ちを恨むのはわかる。
ただ、恨みだけを抱えている生物なんていない。
憎しみに支配された存在なんて、それはもう生き物ではない。
呪いだ。
最強種は、程度の差はあれど、人間と距離を取り、積極的に世界と関わろうとしない。
傍観者を気取っている。
余計に質が悪い。
世界を変える力があるのに。
愚かな人間を正しい道に導くことができるかもしれないのに。
失望した。
そんな理由で、なにもしようとしない。
世界が腐っていくところを、我関せずで眺めているだけ。
それでいて、自分達は人間と違い高尚な存在だと誇る。
哀れだ。
滑稽だ。
人間も最強種もくだらない。
どうしようもなく愚かだ。
なら、自分が世界を変えるしかないではないか。
どれだけの卑劣な手段を使おうとも。
どれだけの犠牲を出したとしても。
それは、改革に必要な痛み。
決して避けて通ることはできない棘。
いいだろう。
それら、全て受け止めよう。
その上で進んでみせる。
真に世界に『平和』をもたらすために……
――――――――――
「……ふむ。なにやら、やたら大層な魔法陣を構築しているな?」
「この術式……見るだけでも、果てしない嫌悪が湧いてきます。邪神のものです」
村の中央にある神殿。
そこに、エーデルワイスとコハネが足を踏み入れた。
ジーベンはゆっくり振り返る。
術式の構築は完了した。
あとは放っておいても勝手に進んでいく。
「機翔族と魔族……魔王か」
拠点の中枢まで攻め込まれている。
そして、相手にしなければいけないのは、世界で唯一の最強種であるコハネと、世界最強の最強種であり、魔王のエーデルワイスだ。
大神官は、ありとあらゆる攻撃を通さないという能力を持つが……
だとしても、コハネとエーデルワイスの相手をすることは難しい。
この二人は、色々な意味で規格外だ。
無敵だとしても、すぐにそれを突破する方法を見つけてくるだろう。
あるいは、『無敵』という仕組み、そのものを破壊してくるかもしれない。
まともに戦えば敗北は必至。
……なれば、まともに戦わなければいい。
「見た感じ、貴様も大神官とやらか?」
「いかにも」
エーデルワイスの問いかけに、ジーベンは静かに頷いた。
とにかくも情報が欲しい。
互いに、いきなり殴りかかるということはせずに、会話を交わそうとするのだけど……
「目標確認。全兵装展開、セット……フルファイア」
「おいっ!?」
コハネは問答無用で、かなり全力に近い攻撃を放つ。
これには魔王さまもびっくりで、かなり慌てていた。
そして……
ゴガァアアアアアッ!!!
村の中心部が光に包まれた。




