1130話 大神官の矜持
「ちっ……」
ゼクスは小さく舌打ちをした。
好敵手であるはずのレインとその仲間達は、さきほどから単調な攻撃を繰り返すばかり。
数を撃てば当たると思っているのだろうか?
だとしたら、浅はかと言わざるを得ない。
ゼクスの無敵は……
邪神の寵愛は絶対だ。
この体に害を成すものは完璧に遮断する。
一切の例外はない。
たとえば、まったくの無心でナイフを突き立てようとしたら?
それも無駄だ。
その者に害意がなかったとしても、ナイフを突き立てる、という行為には害意がある。
意思は関係なく。
体が傷つくかもしれない、というところで判断される。
無心だろうが。
逆に友好的であろうが。
絶対的にゼクスを傷つけることはできない。
……だというのに。
「なんだ、これは……!?」
ゼクスは目眩を覚えて、地面に膝をついてしまう。
気がつけば体が重い。
思うように動くことができず、手足の先が痺れている。
「毒……なのか? いや、まさか……」
毒も害意あるものとして認定されるはず。
どのような毒であれ、その効果を受けることはない。
邪神の寵愛の前にかき消されてしまうのがオチだ。
それなのに、どうして……?
「ぐっ……!?」
認めなければいけない。
レイン達は、なにかしらの方法で邪神の寵愛を……無敵の結界を通り抜ける手段を見つけた。
その影響で、今、自分は倒れそうになっている。
思えば、今も続くでたらめな魔法の連射は、本命の攻撃を隠すための隠れ蓑なのだろう。
いったい、どのような攻撃をしているのか?
自分でさえ知らない、無敵の抜け方をどのようにして考えたのか?
ゼクスはしっかりと観察するが……
「くそっ、どういうことだ……!?」
特別、レイン達がなにかをしているようには見えなかった。
あいも変わらず単純な魔法を連射しているだけ。
……もしかしたら、絶え間ない攻撃を受けているせいで、いくらかが防ぎきれていないのだろうか?
処理が追いついていない?
あるいは、特定のタイミングを狙うことで貫通できる?
ゼクスは色々と考えてみたものの、答えはわからないまま。
答えに辿り着く知識と経験を持っていないせいだ。
大神官となった時……
その時から、ゼクスは常勝無敗となった。
全ての戦いで勝利を収めて。
ただの一度たりとも敗北はない。
当たり前だ。
無敵、なんてものがあれば負けようがない。
故に、経験が足りていない。
戦場でギリギリの命のやりとりをした、経験がない。
技術も不足していた。
無敵に任せた戦い方をしていたせいで、工夫するということがない。
結局のところ。
無敵に任せた戦い方をしてきたせいで、ゼクスは経験も技術もなかった。
ただの一般人が無敵になって、ちょっと炎を操る術を得ただけ。
数え切れないほどの修羅場を潜り抜けてきたレインやシフォン達を相手にするのは、思い上がりがすぎる、というものだ。
「くそっ、ばかな……! この僕が、こんなところで……いや。誰であろうと、負けるなんてことは……そうだ、負けるはずが……!」
ゼクスは気力を振り絞り、必死になって意識を保とうとする。
しかし、それも限界だ。
視界がぼやけていく。
意識が揺らいでいく。
手足から力が抜けていく。
「僕は……邪教徒の、大神官だ……序列六位の……ゼクス、だ……このような、ところで……」
手を伸ばして。
前に踏み出して。
しかし、そこが限界で……
「いったい……なに、が……?」
ゼクスは倒れて。
その意識は闇の底に沈んでいく……




