1126話 豪炎の使者
獣が吠えるような音を響かせつつ、炎が空を駆けた。
視界が赤に染まる。
熱でチリチリと肌が焼ける。
「いくぞー」
「はいー」
戦場には似つかわしくない、のんびりした声を紡ぎつつ、ショコラとミルフィーユが前に出た。
ショコラは、変幻自在の大盾を広範囲に展開して。
ミルフィーユは、魔法で光の壁を生成して、それぞれ仲間を守る。
ゼクスの攻撃は二人の前に阻まれた。
ただ、彼の動きが止まることはない。
演奏をするように両手を振り。
その動きに合わせて、次々と炎が生み出されていく。
それらは意思を持った獣のように襲いかかってきた。
右から、左から。
時に大きく旋回して、後ろから狙ってくる。
「ライハさん!」
「うっす!」
シフォンとライハは、タイミングを合わせて同時に雷魔法を放つ。
紫電が大地を這う蛇のように駆けて。
迫りくる炎を打ち消していく。
みんなが防御に集中している間に、俺は前に出た。
千鳥を手に、姿勢を低くして走る。
ゼクスはこちらに気づいているはずなのに、炎を連射して、なにもする様子はない。
罠か?
あるいは、無敵ということでこちらの攻撃を気にしていないのか。
ひとまず……
本当に無敵なのかどうか。
どこかに抜け穴はないか、試してみることにしよう。
駆けて、駆けて、駆けて……
すれ違いざまに千鳥を一閃。
ゼクスの脇腹を薙ぐ。
ヤツが着る神官服は破れるものの、その下の肉体は傷ついていない。
無敵というだけのことはある。
ただ、こちらの刃も傷ついていない。
大した手応えもない。
恐ろしく硬い、というわけではないらしい。
たとえるなら、幽霊のように実体がないかのよう。
もちろん、ゼクスはそこにいる。
触れることもできる。
ただ、敵意を持って傷をつけようとすると、途端に存在感が希薄になり、攻撃が届かない。
一切の攻撃を受け付けず、害することができないというのは本当なのかもしれないな。
あるいは、攻撃の際に無心で、敵意もなにもかも持たなければ、いけるのかもしれないが……
さすがにそれは無理だ。
『武器』を持つ以上、それは相手を害するということ。
そこを覆すことはどうやってもできない。
さて、どうするか?
「うーん……レインは余裕だね」
「そう見えるか?」
「見えるかな。僕は無敵で、このように炎を操ることができる」
業火が飛び交う。
避けて、防ぎつつ、ゼクスを睨みつけた。
「純粋な戦闘能力で言えば、レイン達の方が圧倒的に上だ。でも、僕は一切の攻撃を受け付けない。時間はかかるかもしれないけど、最終的な勝者になるのは僕じゃないか。子供でもわかる簡単な答えだ。それなのに、どうして焦らないんだい? どうして、落ち着いていられるんだい?」
「敵に情けないところを見せるのは、かっこわるいだろう?」
「それもそうだね」
「それと……」
言うか?
隠しておくか?
少し迷ってから言葉を紡ぐ。
「わりと、攻略法は見えてきた」
「へぇ」
ゼクスが薄ら笑う。
ハッタリと思っているのか。
信じて、どのような方法か楽しみにしているのか。
彼の性格を考えると、半々ずつ、といったところか?
「僕を倒せると?」
「倒せるさ」
「攻撃が通じないのに?」
「いくらでも方法はある」
「面白いね。そこまで言うからには、適当な考えや、ハッタリというわけじゃないんだろう。うん……さすがレインだ! 素晴らしい!」
突然、ゼクスが笑う。
楽しそうに。
嬉しそうに。
狂ったように笑う。
哄笑が村全体に響いているかのよう。
「あはははははっ! そう、そうだよ! そうでないとね」
「なにを……」
「今まで、僕の力を知った者達は、みんな絶望した。諦めて逃げたり、人によっては情けなく命乞いをした。誰一人、立ち向かおうとする者はいなかった……そう、レインが初めてなんだよ」
「……」
「だが、それでいい! それでこそ、だ! ホライズンの英雄……そして、絆の英雄。レイン、キミの力と心の輝きを見せてくれ! 僕はそれが見たいんだ!!!」




