1119話 届かないもの
「それじゃあ、そろそろ本格的に始めようか?」
ゼクスが足に力を入れて、しっかりと大地を踏む。
その状態で両手を広げて、手の平に炎を生み出してみせた。
彼の能力はよくわからないが……
炎を操ることは間違いない。
プラスで、なにかしらの能力を持っている可能性もある。
油断することなく。
慢心することなく。
挑戦者として、ゼクスの牙城を切り崩してみせよう。
「……シフォン。同時に、思い切りやってくれないか?」
「うん、了解」
「ライハとショコラとミルフィーユは、時間差で。あるいは、敵の行動に応じて援護を」
「はいっす!」
「オッケーだぞ」
「わかりましたぁー」
簡単な作戦を組み立てた後、俺達は一斉に動いた。
「ファイアーボール・マルチショット!」
火球を放つ初級魔法。
しかし、初級魔法と侮ることなかれ。
タニアと契約したことで得た魔力で、魔法は大きく強化されていて。
さらに、ソラと契約したことで得た、複数同時詠唱で、数十の火球を撃ち出すことに成功した。
「ルナティックボルト!」
シフォンも同時に魔法を放つ。
勇者にしか扱うことができない、雷の魔法。
その最上位に位置する。
極大の紫電が迸る。
それは大蛇のように地を這い、ゼクスに向けて突撃した。
「ふっ」
ゼクスは両手を交差させるようにして、振るう。
その軌跡に従い、どこからともなく炎が出現した。
それは盾となり、俺達の攻撃を防ぐのだけど……
「甘いぞ」
「ホーリーアロー!」
ライハとショコラとミルフィーユの追撃。
まずは紫電が迸る。
ミルフィーユは普通の魔法なのだけど……
ショコラは、今回、初めて見る攻撃をしてみせた。
彼女の愛用の大盾を水平に構えて、先端をゼクスに向ける。
すると、大盾の両端から無数の矢が超高速で射出された。
いつのまにあんな仕掛けを作っていたのだろう……?
彼女達は彼女達で、色々と成長しているみたいだ。
……物騒な方向の成長ではあるが。
「おっ?」
ゼクスは、俺とシフォンの攻撃を防いだ直後で、すぐに動くことはできない。
まず最初に、ミルフィーユの魔法が直撃した。
続けて、ショコラの放った矢がゼクスの胸部を撃つ。
普通なら、これで決着がつくのだけど……
「なるほどなるほど……うん。いや、すまないね。レインだけに気を取られていて、君たちのことはまったく気にしていなかったよ。冷静に考えると失礼だね。勇者パーティーなのだから、それ相応の力を持つのは当然。侮っていたこと、素直に謝罪しようじゃないか」
ゼクスは健在だった。
ダメージがない。
傷一つない。
「うげっ、あいつ、化け物っすか……?」
「よほど強力な結界を展開しているんでしょうかぁー? でも、魔力の流れは感じませんが……」
「ショコラみたいに、すごく頑丈かもしれないぞ」
……もしかして。
ふと、とある可能性に思い至るものの、あまりにも荒唐無稽な話だ。
ただ、それを否定できない材料が目の前にあって……
あれだけの攻撃を受けて。
そして、コハネとエーデルワイスの攻撃も防いでみせて。
そこには、なにかしらの仕掛けがあるような気がした。
「……ライハ」
「はいっす」
「……を頼む」
小声でオーダー。
ライハは、声は出さず、頷くだけにとどめておいた。
これから、とあることを試してみるのだけど……
うまくいけば、ゼクスの秘密の一つを明らかにすることができるだろう。
ただ、それで状況が好転するわけではなくて……
より悪化。
頭を悩ませる事態になるだろう。
できれば、予想が外れてほしいのだけど……
どうなるか?




