1118話 主を踏みつけて先へ行け
「……今、なんておっしゃいましたか?」
「なにやら、つまらぬ話が聞こえてきたな」
コハネとエーデルワイスがこちらを睨みつけてきた。
コハネは、睨みつけるというよりは、無表情でじっと見つめてくるのだけど……
こちらはこちらで怖い。
というか、この方が怖い。
「つまらぬことを考えているのなら、私にも考えがあるぞ?」
エーデルワイスの圧が膨れ上がる。
一応、彼女とは契約を交わしているものの……
ただ、魔王であり。
それ以上に、とても気高い女性だ。
その心をないがしろにするようなことをしたら、俺は、逆に彼女の支配下に置かれてしまうだろう。
それくらいのことはやれるはず。
やってのけるはず。
「ゼクスが強敵だから逃がそうとか、そんなわけじゃないさ」
「ほう?」
「ただ……あいつもまた、時間稼ぎをしている」
「へぇ」
エーデルワイスが興味深そうに頷いて。
ゼクスもまた、笑みを深くした。
「さっきの攻撃、なんで防がれたのかわからない。たぶん、考えているよりも強敵なんだろうけど……それなら、ここで一気に攻勢に出てこない理由がわからない。話をしたいとか言っているけど、ヤツは邪教徒の幹部だ。個人の趣向より、目的を果たすことを最優先にするだろう?」
「ふむ。それをしないということは……」
「確かに、主さまのおっしゃる通り、なにかしらの目的があるかもしれませんね」
よかった、理解してくれたようだ。
これでもし、不信を抱かれたままだったら……
……想像するだけで震えてきそうだ。
「そんなわけだから、最大戦力の二人に、先に行ってほしい。で、敵の本当の目的を潰してきてほしい」
「……理に叶った話ではありますが」
「我が主は問題ないか?」
「大丈夫」
シフォン達を見る。
「頼りになる仲間がいるから」
「ふっ、そうか」
エーデルワイスは不敵に笑う。
コハネも優しく微笑む。
「でしたら、ここは先に行かせていただきます。主さまも、どうかお気をつけて」
「勇者達も、つまらぬ結果を迎えたりするなよ? 私の天敵となる力を見せてみろ」
「うん、がんばるよ!」
「素直な返事だな……調子が狂う」
シフォンのまっすぐな返事に、エーデルワイスはなんともいえない表情に。
シフォンの方が力は下かもしれないけど……
でも、心の器というか、胸に抱く想いはエーデルワイスよりも上なのかもしれない。
「では、行ってまいります」
「主もすぐに追いかけてくるがいい」
コハネが、攻城兵器を使ったかのように、勢いよく空に翔んで……
エーデルワイスは、影に溶けるようにして消えた。
……そんな様子を見ても、ゼクスは慌てることはない。
こちらのやりとりが終わるのを待っていてくれたらしく、穏やかな表情だ。
「見逃してくれたみたいだけど、いいのか?」
「ああ、構わないよ」
「……ずいぶんと余裕だな?」
世界に一人だけの、特殊な最強種であるコハネ。
そして、頂点に立つ最強種であり、魔王でもあるエーデルワイス。
彼女達、二人だけでも国に匹敵するほどの戦力だ。
いや、それ以上かもしれない。
そんな二人を自由にさせれば、ゼクスにとっては、絶対に都合が悪いはずなのだけど……
もしかして、この展開も読んでいた?
すでに、なにかしらの罠を張っている?
「僕の目的は、あくまでもレイン……キミさ。色々な話をしたり、あるいは殺し合いをしたり。そうして、キミと素敵な時間を過ごしたいと思っていてね。だから、他のことはわりとどうでもいいんだよ」
「……邪教徒の幹部らしくない物言いだな」
「ま、僕は趣味趣向を優先する、変わったタイプだという自覚はあるからね」
ゼクスは苦笑しつつ、しかし、余裕は失っていない。
「とはいえ、大神官のプライドもある。使命も忘れてはいないさ。奥にはまだ、ジーベンが控えている。彼の作業の邪魔になるかもしれないけど……まあ、そこはなんとかしてもらうしかないかな。さすがの僕も、レイン達だけじゃなくて、あの二人も同時に相手にするとなると、けっこう骨が折れる。というか、負けるかもしれない。だから、この展開はむしろ望むところなのさ」
なるほど。
敵は敵で、色々と考えているようだ。
悪い方向で、ゼクスの望む展開になったのかもしれないが……
「シフォン」
「うん」
「いけるよな?」
「もちろん!」
「私達の力、見せてやるぞ」
「がんばりましょー」
シフォン、ショコラ、ミルフィーユが元気よく言う。
「やるっすよ!」
最後に、ライハが締めるように強い調子で言う。
うん。
ライハの言う通り、俺達の力を見せてやろう。




