1115話 魂を汚すために
「やあ、レイン。歓迎するよ」
ゼクスは、にこにこと機嫌が良さそうだ。
今のところ、敵意は感じられないが……
とはいえ、ヤツは邪教の大神官。
簡単に心を許すわけにはいかないし、油断することもできない。
「こんなところまで、わざわざすまないね。お茶でも飲んでいくかい? ああ。もちろん、仲間達も一緒で構わないさ」
「村人達をけしかけておいて、よくもまあ、そんなことが言えるな」
「あれは僕の案じゃなくて、ジーベンの案なんだけどね。やめておけ、と言ったんだよ?」
すぐに信じることは難しいが……
だとしたら、ゼクスは本当に敵対するつもりがない?
邪教徒だからといって、その全てを否定して、絶対的な『悪』と決めつけるようなことはしたくない。
できるなら信じたいが……
彼のまとうオーラが異質すぎて。
あまりに邪悪すぎて、本能がゼクスを拒んでしまう。
「お前は反対しているのなら、村人達を元に戻してくれないか?」
「それはできない話だ」
「やっぱり……」
「あ、いや。勘違いしないでほしいな? 僕としては、邪魔になるだけだから元に戻してもいいんだけどね。ただ、薬の扱いは専門外で、あまり知識は持たないのさ。元に戻す方法がわからない」
嘘は言っていないように見えた。
「ぼっ、と焼くことでなにもかも解放されるから、それでいいなら、今すぐ、この村にいる信徒、全員を解放してあげられるけど?」
「やめろ!」
「ああ、すまないね。今のは脅しみたいに聞こえたか。やれやれ……僕も、なかなかに口が下手だなあ。本当にそんなつもりはないのだけどね」
本心なのか。
嘘なのか。
飄々とした態度のせいで、どちらなのか読むことができない。
本当にやりづらい相手だ。
「……村人達は、ずっとあのままなのか?」
「いや。時間が経てば元に戻ると思うよ。いくらジーベンのヤツでも、薬で永久に相手を操る、なんてことは不可能だからね。せいぜい、一日か二日くらいじゃないかな?」
「素直に教えてくれるんだな」
「そりゃあ、レインの頼みだからね。僕は、キミに対しては、できるだけ誠実でありたいと思っているよ」
にっこりとゼクスが笑う。
悪意のない笑み。
信じたいのだけど……
ただ、言葉の節々に引っかかるものを感じる。
「まったく……ジーベンも、つまらない手を考える。そう思わないかい?」
「そうだな」
「わかりやすく村人を贄にすればいいのに、あえて、レインの手で殺させる……回りくどすぎて、本当に面倒だ」
「……」
やはり、贄にするためだったのか?
でも、それならどうして、自分達の手で……?
「そんなにペラペラ喋っていいのか?」
「問題ないさ。たぶん? いや、よくわからないな。ジーベンの邪魔をすることになるかもしれないけど、でも、彼のやることは僕の邪魔になる。こういう時は、各々が好き勝手することになっているからね。とはいえ、一応、僕がここにいることは、ジーベンの許可ももらっているし……いいんじゃないかな?」
「曖昧だな……」
「僕らは、我の強すぎる者の集まりだからね。仕方ないんじゃないかな?」
統率が取れていない、ということか?
ゼクスやフィアの上に、さらに誰かがいるんじゃないかと思っていたが……
違うのか?
もしかして、大神官が邪教の最上位。
複数の者がまとめている組織……ということなのか?
だとしたら厄介だな。
ここでゼクスを倒しても、終わらない。
彼の口ぶりからしたら、ジーベンという大神官が他にいるし……
フィアもいる。
他に、どれだけの大神官がいるかわからない。
……頭の痛い話だ。
「それで……お前は、なにをしに来たんだ?」
「決まっているじゃないか。レインと話をしたいのさ」
「話?」
「僕は、キミに強い興味を持っている。今までは、単に世界を救った英雄としか思っていなかったけれど……しかし、実際に接してみたら、ぜんぜん違う。偉業を成し遂げているものの、ひどく人間くさい。自分のやりたいことを優先して、やりたくないことは切り捨てる。わがまま、とでも言うべきかな? それは、とても人間らしいことだと思わないかい? あの英雄がそんな人間だったことに、僕は驚いているのさ」
けなされているのか?
「ああ、勘違いしないでほしい。これでも、僕は最大限に褒めているんだよ? 英雄なんて、くだらない。つまらないじゃないか。人々のため、世界のため。そんなまやかしの愛を掲げて戦う……つまらないね。『自分』というものがない。他者の願いを叶えるだけ、求められるまま戦うだけ。英雄っていうのは、自分にできないことを、自分の都合のいいように改変してくれる存在……そんなものさ」
「……」
シフォンが複雑な表情を見せていた。
勇者としての使命や誇りがある。
ただ、ゼクスの話、全てを否定することはできないようだ。
「その点、キミは違う。ひどく人間らしいというか……うん。思うように生きて、思うように進んでいる。素晴らしい。最高だ。そんな人間、なかなか見たことはない」
「やっぱり、バカにしているのか?」
「いやいやいや。本当にそんなつもりはないのさ? まいったね、僕は本当に口が下手だ」
ゼクスの真意がわからないな。
今のところ敵意はないようだけど、薬で人を操るという仲間の行動を容認している。
やめておけ、と言ったらしいが、積極的な反対もしていない。
止めるようなこともしていない。
その点、今、俺と話をしたいというのは本心に思えた。
「……話をして、和解。あるいは、停戦することは可能なのか?」
「おい、主よ」
「どうなんだ?」
エーデルワイスが顔をしかめるが、気にせず、再び問いかけた。
ゼクスは、にっこりと笑い答える。
「無理だね」




