1112話 乾いた過去
ゼクスは、ゼクスだ。
まともな人間であった頃の記憶は、もうほとんど覚えていない。
覚えていたとしても、思い返すことはないだろう。
そう思うくらいに、どうでもよくて……
そして、忌まわしい記憶なのだから。
彼は、元々は小さな農村の生まれだった。
なんてことのない農家の長男として生まれて。
その後、妹が生まれて。
優しい両親と、ちょっとわがままだけど可愛い妹。
幸せな生活を過ごしていたと思う。
大神官となり、人を捨てたゼクスではあるが……
この時の記憶だけは、唯一、今も鮮明に覚えている。
忘れることなく、残している。
……ある日のことだ。
村を魔族が訪れた。
とはいえ、村人達が慌てることはない。
この村は、魔族と人間のハーフが暮らす村。
ひっそりと身を潜めて生活している、いわゆる隠れ里。
ただ、独自で生きていくのは限界があり……
定期的に魔族からの援助を受けていた。
魔族からしてみれば、人間の血が混ざっているとはいえ、しかし、半分は仲間。
見捨てることはできず、かといって公に支援することもできず……
こうして、隠れるようにやってきて様子を見て、支援物資を渡すというのが精一杯。
この日も、支援物資を受け取り。
支援をしてくれる、自分達に好意的な魔族を歓待して。
そして、翌朝に見送る。
それがいつもの流れ。
……そうなるはずだった。
いつもと違う流れになったのは、歓待が終わり、夜も更けた頃。
どこからともなく人間が現れて、村を襲撃してきたのだ。
彼らは、ここが魔族と人間のハーフが住まう村であることを知っていた。
村人達の半分は、人間であることも知っていた。
しかし、そのような存在を許せるはずがないと攻撃を仕掛けたのだ。
魔族が応戦をして。
戦える村人達も応戦して。
激戦が繰り広げられた。
当時、子供であったゼクスは、なにもすることができない。
家族と一緒に、いざという時のために作られた、家の地下室に避難するだけだ。
身を丸くして。
頭を抱えるようにしつつ、でも、しっかりと妹を抱きしめて。
争いが終るのをひたすらに待ち……
ただ、爆撃が地下室を襲う。
あっけなく地下室は崩壊して。
建物の残骸と土砂に押しつぶされそうになって。
どうにかこうにか脱出するものの、しかし、腕に抱いた妹は死んでいて。
両親は脱出することができず、そのまま生き埋めとなり、地面の底に消えた。
「……」
ゼクスは呆然として。
動かなくなった妹を抱えながら、戦場となる村を見る。
争いが続けられていた。
魔族と人間の戦い。
いつまで続くかわからない、昔から繰り返されてきた戦争。
そんなものに巻き込まれて、家族は……!
「こんなもの、僕は……!」
湧き上がる怒りの炎。
それ以上に、自分に対する不甲斐なさが目立つ。
自分達がなにをした?
人間と魔族という異質な存在ではあるが、なにもしていない。
ひっそりと、穏やかに暮らしていただけだ。
それなのに踏みにじられた。
子供が虫を潰すように。
容赦なく、笑いながら。
許せるか?
許せることではない。
ならば、敵はどこだ?
敵は誰だ?
村を襲撃するように指示した者か?
あるいは、その背後にいる者か?
それとも、ハーフの存在を悪と決めつける思想か?
いや。
敵は……世界だ。
この世界は歪んでいる。
正しい者が存在することを許されず、正しくないものが存在することを許される。
間違っている。
ならば正そう。
ハーフであろうとなんであろうと。
全ての者が正しく生きられるように、世界そのものを変えてみせよう。
……たとえ、そのために、一度、世界を壊すことになったとしても。
すみません、あまりにも暑いので夏休みをください……
8月第三週の更新はお休みします。ごめんなさい……




