1110話 魔王さまは強し
「我が主は優しいな」
ふと、エーデルワイスが言う。
顔に笑みを携えつつ、不敵な様子で続ける。
「利用されているとはいえ、村人は敵だ。敵は殲滅あるのみ……それをしないというのか?」
「さすがに、それは強引すぎるだろう?」
「薬を使われているとはいえ、元が邪教徒でなければ、そのような事態に陥ることはない。邪教徒だったからこそ、このような結果に至る……そこを考えるのならば、自業自得と私は思うのだがな」
「多少は責任はあるかもしれないさ。だからといって、見捨てたくはない。切り捨てたり、盾にするようなことも……嫌だな」
「ふむ。その理由は?」
「人を助けたい……そう思うのに、理由なんていらないんじゃないか?」
「……くはは」
エーデルワイスが楽しそうに笑う。
俺がこう返すことを想定していたみたいだ。
とても機嫌が良さそうに言う。
「それでこそ、我が主だ。ここで、村人達を見捨てるようであれば、私は、主を見捨てていたかもしれんな」
「俺が言うのもなんだけど、そんなことはしない、って思っているような顔だけど」
「無論だ。我が主のことは、私が誰よりも理解している。私が……な」
不敵に笑いつつ、隣のコハネを見る。
コハネは、特に表情を変えていない。
ただ、ほんの少しだけど、むっ、という表情を見せていた。
いつも冷静沈着で、落ち着いていて、感情をフラットに保っているけど……
それでも、時折、普通の女の子らしいところを見せるんだよな。
そういうところは、素直に可愛いと思う。
「それで……エーデルワイス。わざわざ、そんなことを言うってことは、なにか策があるんだよな?」
「ああ、任せておけ。私を誰だと思っている? 魔王だぞ。不可能など、ほとんどない」
「ほとんどなのか……」
「本来なら、なにもないと言い切りたいが……目の前に、ありえない不可能を達成して、奇跡を起こした者がいるからな」
エーデルワイスはこちらを見つつ、にやりと笑うのだった。
――――――――――
再びバストールへ。
エーデルワイスを先頭に、村の中を堂々と進んでいく。
当たり前ではあるが、すぐに見つかってしまう。
村人達が襲いかかってくるのだけど……
「おぉ……!?」
「あぁ……!」
「……ひぁ」
そこそこ程度、近づいたところで、悲鳴をあげて逃げ出してしまう。
あるいは気絶をして……
あるいは、腰を抜かして動けなくなる。
どういうことなのだろう?
困惑する。
他のみんなも困惑した様子だ。
ただ、コハネはなにかしら心当たりがあるらしく、うんうんと頷いている。
「ふふ、これが私の力だ。どうだ、我が主よ?」
「えっと……なにかしらすごいことが起きているのは確かなんだろうけど、ちょっと理解できていない」
「なに?」
ショックを受けたようなエーデルワイス。
いや、まあ。
これだけで状況を察しろっていうのは、なかなかの無茶振りではないだろうか。
最近、みんなの俺に対する評価が過大というか……
俺ならこれくらいわかるよね、とか。
俺ならこれくらいできるよね、とか。
そういう妙な認識が多いんだよな。
わからないことも、できないこともたくさんあるからな?
ちゃんと説明してほしい。
「簡単な話です、主さま」
代わりに私が、という感じでコハネが口を開いた。
「エーデルワイスさまは魔王……その力は圧倒的で、王者の風格と強者の覇気を持っているでしょう」
「よくわかっているな、もっと褒めろ」
「そのような相手を前に、普通の人間が立てばどうなるか?」
「あぁ……なんとなく理解したよ」
なんてことない一般人が獰猛な猛禽類と対峙すれば?
普通、怯えて、恐れる。
逃げ出そうとしたり、腰を抜かしたり、失神したり。
エーデルワイスも、似たようなことをしたのだろう。
普段は、魔王としてのオーラなどは隠しているが……
今は遠慮なしの全開。
いくら薬に侵されていたとしても、村人なので、たまったものではない。
それが今の結果を引き起こしている、というわけだ。
俺達が無事なのは、それなりの経験を積んでいるから。
一応、一度は戦っているからな。
「どうだ、我が主よ? これならば村人を傷付けることはなかろう」
「そうだな。助かったよ、エーデルワイス。ありがとう」
「っ……! あ、ああ。そうだな。私のおかげということを、その胸に、しかと刻みつけよ」
エーデルワイスは嬉しそうに、ニヤニヤするのだった。
なんか、昔、故郷で飼っていた犬を思い出した。




