1100話 一足遅かったか
「じゃあ、行ってくるよ」
翌朝。
家の入り口でみんなに挨拶をする。
「レイン、がんばってね! あと、絶対に無理しないでね?」
「最近のアニキは、ちょっと自重するようになってきたっすけど、たまにやらかすっす!」
「あー……ごめん。本当に気をつけるよ」
まったく反論出来ない。
口約束にならないように、しっかりしないといけないな。
「……」
ルリが、とてとてとやってきて、俺の手を掴む。
「ルリ?」
「……気をつけてね。あの人達は……きっと、怖い人だから」
大神官のことを指しているのだろうか?
彼らについて、なにかを感じているのだろうか?
同じハーフだからなのか?
それとも、他の理由が……
「ああ、気をつけるよ」
今は、考えるよりもルリを安心させるべきだと思い、笑顔でルリの頭を撫でた。
ルリは、猫のように目を細くする。
気持ちよさそうにしつつ、うん、と頷いた。
「なに、安心するがよい。私とコハネがいれば、我が主に危害が及ぶことはないだろう」
「わたくしの全てに賭けて、主さまのお力になることを約束いたします」
……少し重くないか?
「そうだね、二人がいれば安心かも」
「魔王さまが、やりすぎないか心配っす」
「それじゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい!」
挨拶をして、俺達は家を出た。
――――――――――
「うーん」
レイン達が出発して、数時間。
カナデはリビングのソファーに座り、ルリに絵本を読み聞かせていた。
なんともいえない声をあげたカナデを見て、ルリが小首を傾げる。
「どうしたの?」
「平和だなー、って」
「平和なのはいいことっすよ」
「でもさ、レインが、ホライズンも危ないかも、って言っていたから。いつでもなにが起きていいように、ちょっと意識していたんだけど……なにもないよね」
「なにもない方がいいっすよ。それに、すぐに敵がやってくるとは限らないっすよ? 気にしてたら、体も心も保たないっす。いつも通りにしつつ、ちょっとだけ備えておくのがいいっすよ」
「それもそうだね」
「カナデ、続き」
「うん。ごめんね、中断しちゃって。それじゃあ……」
「レインはいますか!?」
絵本の続きを読もうとしたところで、突然、鋭い声が飛んできた。
「にゃん!?」とカナデがびっくりして、尻尾がぴーんと立つ。
振り返ると、ソラとルナがいた。
やけに慌てた様子で、肩で息をしている。
「あ、ソラとルナ。おかえりー。精霊族の里はどうだった?」
「どうもこうもないのだ! レインはどこなのだ!?」
「出かけたよ? 邪教徒の拠点がわかったから、そこに」
「なんてことなのだ……」
「遅かったですか……」
ソラとルナは絶望的な表情になる。
ただならぬ様子に、カナデは不安を覚えた。
「ど、どうしたの……? すごく慌てているみたいだけど……」
「母上に聞いたら、ちょっとまずい情報を手に入れたのだ」
「もしかしたら……このままだと、レインは、大神官とやらに勝てない可能性があります」
「えっ」
カナデは声をあげるほどに驚いた。
だって、あのレインだ。
魔王を倒して従えて。
初代勇者さえも乗り越えてみせた。
実のところ、最強種よりもとんでもない、なんかもう人間を超越した新しい存在じゃないかなー? なんて思っていたレインだ。
そのレインが負ける? 勝てない?
まったく想像ができない。
「レインはどこへ?」
「えっと、さっきも言ったけど、邪教徒の拠点に……でもでも、コハネと、あとエーデルワイスも一緒だよ? それでも……?」
「む、いつの間にエーデルワイスが」
「彼女がいれば……負けはないかもしれませんが、勝ちも難しいかもしれません」
「いったい、どういう……?」
「それは……」
ソラが確信を話そうとして。
ただ、その時。
ふと、カナデは気がついた。
こういう時、誰よりも大きく、うるさく騒ぐはずの人物がやけにおとなしくないか?
忠犬っぽいけれど、暴走犬なところがある女の子は、なぜおとなしい?
「ライハ?」
周囲を見て問いかけるものの、返事はない。
「ライハー!?」
家の奥。
二階にも声を届かせるけど、やはり返事はない。
「どうしたんですか、カナデ?」
「我らの話を聞くのだ」
「えっと、いや……そ、それどころじゃなくて、もしかして!?」




