109話 母と娘
「ほい、お茶やでー」
「あらあら、どうもすみません」
ひとまず、スズさんを家に招いた。
俺とカナデが並んで横に座り、その対面に、スズさんが座っている。
ティナは、少し離れたところで控えていて……
他のみんなは、事情を知らされて、興味津々といった様子でリビングの端で様子を見守っている。
隠れる気ゼロだ。
いっそのこと、会話に参加すればいいのに。
「はぁ……このお茶、おいしいですね。良い茶葉を使っているのでは?」
「あ、わかるんか? そこそこ高いヤツやで。普段は奥にしまっとくんやけど、カナデのおふくろさんが来るとなると、出さないといけない思うてな」
「ありがとうございます」
二人が仲良さそうにしていた。
気が合うのだろうか?
「お母さん、どうしてこんなところにいるの?」
「久しぶりに会ったのに、最初の言葉がそれ? お母さん、悲しいわ……よよよ」
「ウソ泣きしないで。すぐにわかるんだからね」
「カナデちゃん、成長したのね。昔は簡単に騙されて、あたふたしたのに。お母さん、どこか痛いの? 私がいるから泣かないで、って」
「そ、そんなことは言わなくていいから!」
カナデが赤くなって、慌ててスズさんの話を遮った。
それくらい、昔の話は恥ずかしいらしい。
子供にとって、親は永遠に逆らえないもの……なんてことを思う。
「それにしても……スズさんは、本当にカナデの母親なんですか? 実は、お姉さんとか、そういうオチはないんですか?」
「本当に母ですよ。私、うまく母をやれていないように見えるでしょうか……?」
「いや、そういう意味じゃなくて……どう見ても、母というよりは姉……というか、妹なので……」
カナデよりも背が低くて、カナデよりも幼い顔立ちをしている。
これで母親という方が無理がある。
姉でもギリギリというところで、本来なら、妹と言われた方がしっくり来る。
「あらあら、そんなお世辞を言わなくてもいいんですよ? でも、うれしいです、ありがとうございます」
にっこりと笑うと、さらに年齢が低く見える。
こっそりと、隣のカナデに耳打ちする。
「なぁ、カナデ……」
「うん、言いたいことはわかるよ。お母さん、色々とおかしいもん。でも、紛れもないお母さんなんだよ……」
猫霊族は、みんなこうなのだろうか?
歳をとっても、カナデはこのままだったりするのだろうか?
どうでもいいことなのだけど、ものすごく気になってしまう。
「はー……お茶がおいしいですね」
一人、スズさんはまったりしていた。
「そ、それより! お母さん、こんなところでどうしたの? もしかして、観光の途中とか?」
「いいえ、違いますよ?」
「なら、どうして里から離れたこんなところに?」
「もちろん、カナデちゃんを探していたからに決まっているじゃないですか」
「私を?」
「大変だったんですよ? 色々な人に話を聞いて、カナデちゃんの足取りを追って……それで、なんとかこの街にたどり着いたんですから。ここにたどり着くまでの間、お母さん、ちょっとした話ができるくらいの冒険をして……」
「もうっ、苦労話はいいから。それよりも、なんで私を探していたの?」
「決まっているじゃないですか」
スズさんはカナデに手を差し出した。
そして、笑顔で言う。
「さあ……一緒に帰りましょう」
「……え?」
「「「えええええぇっ!!!?」」」
最初に、カナデがきょとんとして……
次いで、様子を見守っていた俺達が大きな声をあげた。
「ちょ、ちょっと待って、お母さん! 一緒に帰ろう、って……え? え? ど、どういうこと?」
「言葉のままですよ? カナデちゃんは、私と一緒に猫霊族の里に帰るんです」
「聞いてないよ!?」
「今、言いましたからね」
「そういう問題じゃないよ!? というか、私、里に帰ったりしないからね!?」
「あら……カナデちゃん、反抗期?」
「そういう問題でもないからね!?」
「えっと……二人共、というか、カナデ。ひとまず落ち着いて」
「フシャー……!」
興奮するあまり、威嚇すらしていた。
カナデの頭を撫でたり耳を撫でたりして、なんとか落ち着かせる。
対するスズさんは、最初から落ち着いていた。
まったく取り乱すことなく、慌てる娘を慈愛の表情で見ている。
家庭の問題ならば、俺が割って入るべきではないが……
どうも、そういうことじゃないらしい。
カナデが帰るとなると、俺達にも大いに関係のある話だ。
どう思われるかわからないが、話をさせてもらうことにしよう。
「横から失礼します。スズさんは、カナデを連れ戻しに来たんですか?」
「はい、そうですよー」
「それは、どうして? もしかしてカナデ……というか、猫霊族は、里の外に出てはいけない、とかいう決まりがあるとか?」
「いえ、そのようなものはありませんよ」
「なら……先に、理由を聞かせてもらえませんか? 突然のことで、カナデもそうですが、俺達も混乱していて……」
「あら。そういえば、話していませんでしたね。驚かせてしまい、すみませんでした」
この人、天然なのかな?
それとも、抜けているだけなのか……
ただ、決して気を抜いていい相手ではない。
直感だけど、そんなことを思う。
「実は、カナデちゃんが里を出ることは、私は反対していたんです」
「そうなんですか……?」
「お父さんは、良い機会になるとか言ってましたが、私は心配で……何しろ、まだまだ子供ですからね。もう少し成長したら考えなくもないですが……まだ、カナデちゃんには旅は早いと思うんですよ」
「もうっ、お母さん! 私、子供じゃないよ、ちゃんと大人になったよ」
「それは、年齢だけの話でしょう? カナデちゃん、他は色々と頼りないじゃない。旅の途中で、食料を切らして行き倒れたりしなかった?」
「あうっ!?」
まさにその通りなので、カナデは反論する言葉を失う。
「旅をしたいという気持ちはわかるわ。見識を広げるために、外の世界に出るというお父さんの意見にも賛成。でも、まだ早いというのが私の考えよ。カナデちゃんは、まだ子供なんだから。焦る必要はないわ。もっと成長してから、それで、改めて旅に出ればいいのよ……ということを改めて考えて、連れ戻すことにしたんです」
「なるほど……でも、一度は旅に出ることを許可したんですよね?」
「いいえ。この子ったら、私の目を盗んで勝手に里を出ていってしまって……里のみんなも、カナデが一人前になる良い機会とか言って、止めるどころか加担して……困ったものです。里のみんなに『おしおき』をしていたので、カナデちゃんを追いかけるのが遅くなってしまいました」
……今、不穏な言葉が聞こえたような?
そっと、カナデが耳打ちする。
「……お母さんのことだから、里のみんなに、『物理的』におしおきしたんだと思うよ」
「……もしかして、スズさんって、かなりの武闘派なのか?」
「……お母さんは、ウチの里で一番強いよ」
「……マジか」
見た目は、リトルバージョンのカナデで……
ほんわかしていそうなのに、一番の実力者だとは。
猫霊族の中でも、頂点に立つ存在。
つまり、最強の中の最強ということではないか。
この人を決して侮ってはいけないという直感の理由が、ようやく理解できた。
「さあ、カナデちゃん。帰りましょう」
「やだよ! 私は帰らないからねっ」
「あっ、それもそうね。お世話になった方々に挨拶もなしに帰るわけにはいかないわね。じゃあ、一日あげるから、ちゃんと挨拶をするんですよ?」
「そういう問題でもないから!」
「あら、もう挨拶は済ませていたの? なら、問題ないわね。今すぐ、お母さんと一緒に帰りましょう」
「あああっ、全然話が通じないにゃあああっ!!!?」
カナデが狂ったように叫び、頭をガシガシとかいた。
だいぶ混乱しているな……
まあ、いきなり帰れ、なんて言われたら落ち着いていられないか。
「たびたび、横からすいません」
「はい、なんですかー?」
「カナデを里に連れ帰るという話……やめにしてもらえませんか?」
「あら」
カナデが望んでいるのならば、止めることはできないが……
どう見ても、そんな風には見えない。
なら、俺は、カナデが里に連れ戻されるのを阻止しないといけない。
なぜか?
俺がカナデの仲間だからだ。
「レインさん、でしたっけ? カナデちゃんを連れ帰ることに反対なんですか?」
「反対ですね」
「ふふっ、ハッキリと言うんですね。そういう子は、好印象ですよ。でも……どうしてですか? 理由を聞かせてくれません?」
「カナデが俺達の仲間だからです。そして、カナデは里に帰ることを望んでいません」
「……なるほど」
「スズさんは、カナデが子供だから心配、って言いましたよね? でも、そんなことはありません。カナデは立派な大人で、一人前の猫霊族だと思います」
「うーん……そこは、見解の相違ですね」
「納得してもらえませんか?」
「できませんねー」
口調こそ柔らかいものの、その奥に秘められたスズさんの意思は固い。
これは、説得するのに骨が折れそうだ……
「里に帰る、帰らないは、カナデの意思を尊重すべきです。強引に連れ帰るなんてことは、カナデとの信頼関係を損ねるだけです」
「私の方がカナデちゃんのことを、より深く知っていますよ? そういう心配は、まったくもって問題ないかと」
「それは……」
「ちょっと待った!」
話を続けていると、タニアが割って入ってきた。
タニアだけじゃない。
ソラ、ルナ、ニーナもいる。
「話を聞いてれば、勝手なことを言ってくれるじゃない。カナデは子供なんかじゃないわ。一人前の猫霊族よ。それなのに、親が後から出てきて、余計なことを言わないでくれる?」
「突然、すみません。ソラは、精霊族のソラと言います。カナデを連れ帰るのは、やめてもらえませんか? カナデは大事な仲間なのです」
「うむ、ソラの言う通りだ! 我らにとって、カナデは大事な存在なのだ。勝手に連れ帰るなんて話を進められたら、困るぞ」
「えと、その……ニーナ、です……カナデを連れて行かないでほしい、です……一緒に、いたいの……」
話を聞いていたみんなは、黙っていられず、参戦したみたいだ。
それぞれ、熱心にカナデと一緒にいたいということを訴える。
これには、さすがのスズさんも無下に扱うことはできず、迷うような表情を作る。
沈黙が流れて……
しばらくした後、スズさんが口を開く。
「……わかりました。なら、テストを行うことにしましょう」
「テスト?」
「みなさんの言うように、カナデちゃんは本当に一人前なのか……そのテストを行いたいと思います」
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