105話 勇者の……その2
魔物を掃討したアリオス達は、リバーエンドに戻った。
依頼を終えたことを領主に報告して、その足で宿に向かう。
食事と酒を適当に注文して、席に着く。
「何事もなく終わり、良かったですね」
「ああ、そうだな」
ミナの言葉に、アッガスが頷いた。
スタンピードを事前に阻止することができたことで、二人は満足していた。
対するアリオスとリーンは、ふてくされたような顔をしていた。
勇者である自分達が、たかが魔物退治のために都合よく利用された。
そういう認識が二人の中にあり、プライドを傷つけていた。
そんな二人を見て、アッガスが声をかける。
「まだ納得できないのか?」
「納得できるわけがないだろう。わざわざ、僕達が出ていく理由がない。スタンピードの前兆くらい、この街の冒険者や騎士でなんとかしてほしいものだ」
「それぞれ、人が出払っていた。仕方ないと思わないか?」
「思わないね。街を無防備にしたのは、ギルドと領主の怠慢だ。そのツケを払わされる方の身になってもらいたい」
「まあ、わからないでもないが……」
「ちょうどいい訓練になった、と思うことにしませんか?」
アッガスの援護をするように、ミナが口を開いた。
「私達は、まだまだ強くならないといけません」
「それは……」
「確かに、私達のことを都合のいい便利屋のように扱うのは、いかがなものかと思いますが……それでも、良い経験を積むことができました。強くなるためと割り切ることはできませんか?」
「……そうだな」
「ま、あたしは報酬さえもらえるなら、なんだっていいわよ?」
「リーン……あなたは、もうちょっと、私達が持つ使命について深く考えてください」
「考えてるわよ。でも、お金は必要でしょ?」
「それは、まあ……」
「でもまあ、新しい支度金も届いたし、稼ぐ必要はなかったかもね」
「まったく……」
リーンに何を言っても無駄かもしれない。
そんな風に諦めて、ミナは食事を再開した。
他の三人も肉を食べて、酒を飲み、穏やかな時間を過ごす。
リバーエンドは豊かな街とはいえないが、たくさんの旅人や商人が行き交うため、宿は充実している。
食事も上質なものが用意されていて、アリオス達の舌を満足させた。
「勇者様」
「ん?」
アリオス達が食事を続けていると、初老の男が声をかけてきた。
どこかで見たような男だ、とアリオスは思う。
それもそのはずだ。
初老の男はこの街の領主に仕える側近なのだから。
さほど言葉を交わしていないとはいえ、顔を覚えていないアリオスの方に問題があるといえる。
「この度は、スタンピードの前兆を止めていただき、まことにありがとうございました」
「あぁ、そのことか。あれくらい、僕にかかればなんてことはない」
「はい、まさにその通りで。私達は、どうすればいいか途方に暮れていましたが……本当に助かりました。改めて、お礼を申し上げます」
「僕のおかげということを忘れないでくれよ?」
「はい、それはもちろん」
アリオスは、自分一人だけの手柄のように語る。
ただ、それはいつものことだ。
アッガスもミナもリーンも、何も言わない。
「まあ、何かあれば、僕に言うといいさ。いつもというわけにはいかないが、気が向けば、助けてやれないこともないさ」
「はい、はい。本当に、勇者様は頼りになります」
つまらない依頼だったけれど……
賛辞の言葉を向けられることは、悪い気分はしない。
そんなことを思い、アリオスは上機嫌だった。
「……ちょっといいか?」
二人の会話に、商人らしき格好をした男が割って入る。
「なんですか、あなたは?」
「俺はしがない商人だよ。ちょっと、言っておきたいことがあってな……この勇者様に感謝する必要なんてないぜ」
「なんてことを……勇者様はスタンピードの前兆を止めてくださり、この街を救ってくれたのですよ?」
「はっ、ホントに勇者様がしてくれたことなのかね……俺には疑わしいよ」
「……君はなんだい? いきなり、そのようなことを言うなんて、礼に欠けていると思わないのか?」
上機嫌なところに横槍を刺されて、アリオスが不機嫌そうな顔になる。
威圧するように睨みつけるが……
それでも、商人風の男の口は止まらない。
「礼ってのは、そうするに値するヤツに向けるもんだろ? 勇者様は、除外されるんじゃないかな」
「なんだと……?」
「俺は、ホライズンで起きたことを知っているぞ」
アリオスがわずかに顔をしかめた。
領主の側近は不思議そうな顔をした。
「ホライズンがどうかしたのですか?」
「この前、魔族が現れて、かなりの被害が出たんだよ。魔族は、ホライズンの冒険者によって倒されたけど……おかしいよな。その時、街には勇者様もいた、っていう話だぜ?」
「……そんなの、ただの噂だろう? 事件のことは知っているが……その頃は、僕達はすでに街を出ていたんだ。質の悪いデマに踊らされるなんて、感心しないな」
「デマねぇ……俺の商人仲間、全員が同じことを口にしているのに?」
「噂なんかじゃねえぞ」
新たに一人の男が会話に加わる。
かなり酒を飲んでいるらしく、顔が赤くなっていたが……
その顔に怒りの色をはっきりと宿して、アリオスを睨みつけていた。
「俺は、ホライズンの住人だ! 今は、復興のために必要な資材を買い付けに出ているんだが……俺は確かに見たぞ! 勇者様が街にいるところをな」
「っ」
「勇者様は何もしてくれなかった! 俺達の税で得た金で旅をしているくせに、何もしてくれなかったんだ! 俺の知り合いが勇者様に助けを求めに行ったらしいが、無視されたらしい! ホライズンがどうなろうと、関係ないってわけさ。はっ、何が勇者だ。魔族と戦う勇気もない腰抜けじゃないかっ」
「貴様……!」
男の暴言に、アリオスはさすがに我慢できず、席を立つ。
慌てて、アッガスがアリオスを押えた。
「落ち着け」
「ここまでコケにされて、黙っていろというのか!?」
「周りを見ろ」
周囲の客達は、みんな、アリオスに視線を向けていた。
その目に宿る感情は……侮蔑や失望だ。
誰もが、アリオスの噂を知っていた。
誰もが、アリオスの所業を知っていた。
領主の側近でさえも話は聞いていた。
ただ、スタンピードの前兆を止めた功績もあり、噂は聞かなかったことにしていただけだ。
「ぐっ……!?」
周囲から冷たい視線をぶつけられて、さすがのアリオスもたじろいだ。
「この僕に、そのような目を……」
アリオスの瞳に暗い感情が宿る。
その手が剣の柄に伸びた。
「アリオスっ!?」
「……冗談だよ」
アッガスの強い言葉に、アリオスは肩をすくめてみせた。
「つまらない噂に踊らされて、バカなことをするわけがないだろう? ……僕は先に部屋に戻っているよ」
「あ、ああ……」
周囲の視線を振り切るように、アリオスは階段を上り、宿の奥に消えた。
それを合図にして、ざわめきが戻る。
やっぱり、勇者は怪しい。
本当に頼りになるのか?
あんな者が勇者でいいのか?
そんな話があちこちで飛び交う。
さきほどまで称えられていたはずなのだけど……
今や、尊敬の眼差しを向けられることはない。
真逆の目で見られるだけだ。
「はぁ……何この空気、最悪なんですけど」
「リーン、そのようなことは……」
「アリオスの判断のせいでこうなったんじゃん。あたしら悪くないし」
「それは……」
リーンの言葉に、ミナは何も言えない。
内心では、リーンの言う通りだと思っているからだ。
そうやって、無意識のうちに責任を押し付けているからだ。
「……少しいいか?」
アッガスが声を潜めて言う。
「なーに?」
「今のうちに話しておきたいことがある」
「なんですか?」
「ホライズンにいた頃、大量の金が消えたことがあっただろう? あれは……アリオスの仕業かもしれない」
「えっ、なにそれ!? どーゆーこと!?」
「声を抑えろ」
「……証拠はあるのですか?」
「ない。が、状況から考えるに、アリオス以外に金に手をつけられる人間がいない」
「それは……」
「でも、何に使い込んだっていうの? かなりの金額でしょ」
「それはわからない。わからないが……今後、アリオスに注意しておく必要があるかもしれない。そのことを話しておきたかったんだ」
「そんな……勇者であるアリオスに限って、そのようなことは……」
「ないと言い切れるか?」
「……」
アッガスの問いに、ミナは無言を返した。
立場上、ないと断言したい。
しかし、魔族を放置していた件など、最近のアリオスは様子がおかしい。
そのことが、ミナの中で迷いを生み出していた。
勇者パーティーの中で不協和音が生まれて……それは、少しずつ大きくなっていく。
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