100話 過去に決着を
「うにゃにゃにゃーーーっ!!!」
「どきなさいっ!!!」
カナデとタニアの快進撃が続く。
次々と警備兵が現れるものの、誰も彼女達を止めることはできない。
ちぎっては投げちぎっては投げ……
そんな感じで、瞬く間に撃破されていた。
「す、すごいなぁ……」
後ろでその様子を見ていたティナが、呆れるような感心するような、そんな複雑な表情を見せた。
二人の力をちゃんと見るのは、これが初めてだからな。
規格外の強さに、色々な意味で驚いているのだろう。
「これが最強種の力、っていうことかぁ。めっちゃすごいわ。ウチでは、こんなことできへんもん」
「まあ、二人の地力っていうのもあるけど……今は、いつも以上にはりきっているからな」
「そうなん? どうしてや?」
「ティナのためだよ」
「ウチ?」
「ティナの話を聞いて、二人共怒っているんだよ。ティナをひどい目に遭わせたヤツを許せない、って……自分のことのように怒っているんだ。だから、あれだけの力が出せているんだろうな」
自分ではなくて、誰かのために。
仲間のために怒ることができる。
カナデとタニアは、それができる。
そんな二人のことが、俺は自分のことのように誇らしい。
「そうなんか……ウチのために……」
ティナがうれしそうな、それでいて、困惑しているような顔をした。
30年もの間、一人で過ごしてきたんだ。
カナデやタニアの心に触れて、どうすればいいのか、よくわからないのかもしれない。
こればかりは、俺がどうこうすることはできない。
本人の問題だ。
ただ、ティナなら、きっとみんなの気持ちを受け止められると思う。
だから、今はできることをしよう。
「レインっ、この部屋、すっごく怪しいよ!」
先導するカナデが、とある部屋の前で立ち止まる。
鍵がついていて、頑丈そうな扉だ。
カナデが猫耳をぴょこぴょこさせる。
「にゃー……中から物音が聞こえるよ。誰かが隠れているね」
「ジペックとかいうヤツじゃない? 他にそれらしい部屋は見つからなかったし……ここが、一番確率が高いと思うわ」
「タニアの言う通りだな。ここは、いざという時の避難場所なんだろう」
扉は鉄製で、複数の鍵がつけられている。
真正面から突破しようとしたら、骨が折れそうだ。
「……レイン」
「うん?」
「わたしの……転移で、中に入る……?」
「え? ニーナの転移って、壁や扉をすり抜けることができるのか?」
「ちょっとだけ、なら……大丈夫」
「ニーナはすごいねえ……ほーら、いい子いい子」
「はふぅ」
猫が狐を癒やしていた。
「せっかくだけど、ニーナの力を借りるのは、また今度にしておくよ」
「わたし……役に立たない……?」
「そんなことないって。ただ、これくらいならニーナの力を借りるまでもないし……」
扉を力づくで破った方が、中にいるジペックに精神的ダメージを与えられるだろう。
そんなことを考えていた。
カナデやタニア辺りが、『腹黒テイマー』とか言い出しそうなので、そこまでは説明しないことにした。
「私が蹴り破る? それとも、レインの短剣を使う?」
「いや、カムイの力は、そうそう連発できないらしいから」
強大な威力を引き出すことができる代わりに、乱発はできない。
乱用したら、最強種から引き出した力に耐えることができず、刀身が折れてしまうらしい。
そんな説明を、あらかじめガンツから聞いていた。
「じゃあ、やっぱり私の出番?」
「いや。ここは俺に任せてくれ」
「にゃん?」
とあることを試してみたいと思っていた。
ニーナと契約した瞬間、とある知識が体に流れ込んできた。
それは、ニーナと契約したことで得られた力に関するものだった。
長年、その力を使っていたかのように、俺はとある能力を習得していた。
そのうち、試そうと思っていたんだけど……
今がちょうどいい機会だろう。
「クリエイト」
頭の中でとある物を想像して、魔法を詠唱する。
すると、魔力が消費される替わりに、とある物質が生成された。
物質創造。
これが、新しく手に入れた力……ニーナとの絆の力だ。
「ぶ、物質創造……? それ、神族の中でもかなりのレアスキルなんだけど……」
「レインが、また一歩、人外に近づいていったわね」
「こらそこ。妙なことを言わない」
俺は、どこにでもいる普通のビーストテイマーだ。
……自分で言っておいてなんだけど、ちょっと厳しいかな、なんてことを思った。
それはともかく。
生成した火薬を扉にセット。
みんなに扉から離れるように言って……
「ファイアーボール」
威力を最小限に絞った魔法で、着火。
ドォンッ!!! という炸裂音と共に、鉄製の扉が吹き飛んだ。
しまった。
とりあえず火薬で吹き飛ばせばいいだろう、としか考えてなくて、量を調節することを忘れていた。
けっこうな爆発が起きた。
中にいるジペックは無事だろうか?
……まあ、ダメならダメで構わないか。
「ひ、ひぃいいいっ、な、何事だ!? いったい、何が起きた!?」
部屋の中から声が聞こえてきた。
たぶん、ジペックなのだろう。
運が良いらしく、無事だったようだ。
みんなに目で合図を送り、中に突入する。
鉄製の扉が吹き飛び、部屋にあった机を押しつぶしていた。
そのすぐ隣に、腰を抜かして床に座り込んでいる初老の男が一人。
俺達を見つけると、安堵したような顔を作る。
「な、なんだ、お前達は……? まあ誰でもよい。わ、儂を守れ! 賊が侵入しているのだっ」
「その賊っていうのが、私達なんだけどねー」
「なっ……なんじゃと!? くっ……お、おいっ、誰か! 誰か来いっ、ここに賊がいるぞ!」
「誰も来ないわよ。みーんな、そこらで寝ているわ」
「ついでに言うと、逃げることもできないからな? 裏もバッチリと固めている」
「……ん」
「ば、バカな……そのようなことは、あ、ありえぬっ! ありえぬぞっ、認めてたまるものか!」
もう終わりということを告げてやるが、ジペックは現実を直視できないらしい。
顔を赤くして喚き散らす。
「貴様ら……この儂を誰だと思っている!? この街、一番の商人である、トラン様じゃぞ!? このような真似をして、タダで済むと思うなっ」
「それは俺達の台詞だ」
「ひっ」
怒りを込めて言葉を投げつけると、ジペックが体を震わせた。
警備兵は全員倒されて、逃げ場はなし。
生殺与奪権を俺達が握っていることに、ようやく気がついたのだろう。
「俺達は、この街の冒険者だ。トラン・ジペック。お前を、保護指定動物の違法取引の相手として、拘束、連行する」
「なっ、なっ……ま、待て。冒険者と言ったな? ならば、倍、支払おうではないか。い、いや……三倍出そう! だから、くだらない真似はよせっ。儂を捕まえるなんて、この街の……商人全体の損になるぞ」
「脅しの次は買収か……ホント、典型的な悪党だな」
「にゃー……うっとうしくなってきたよ。殴っていい?」
「ダメ」
「えー」
「それは……ティナの権利だ」
俺は、一歩、横に移動して……
ティナに道を空ける。
ティナはふわふわと宙を飛び、ジペックの前に移動した。
「な、なんじゃとっ……こ、こいつは……もしかして、幽霊……?」
「久しぶりやな、ご主人様。ウチのこと、覚えとるか?」
「なに? 幽霊に知り合いなぞ……い、いや……待て。待て待て待て……そ、その顔は、も、もしかして……」
「どうやら、思い出してもらえたみたいやなあ……そや。30年前、あんたに殺されたメイドや」
「バカなっ!? そ、そんなことがあるわけ……お前は死んだはずだ! 儂が殺したはずだ! ここにいるわけがないっ、いるわけがないぞっ!!!」
「いや、だから幽霊や言うてるやん」
「ひぃっ……!? く、来るなっ、来るな来るな来るなあああっ!!!」
過去の罪と直面して、ジペックが半狂乱に陥る。
目の前の恐怖から逃げようと後ずさるものの、すぐに背中が壁にぶつかる。
ここに逃げ場なんてない。
逃がすことなんて、俺達が許さない。
罰を受ける時が来たんだ。
「ご主人様には、たくさん、言いたいことがあるんやで? 聞いてくれるか?」
「ひぃっ……!? こ、このようなことがあるわけが……儂は悪くないっ、何も悪くないっ!」
「この期に及んでそのようなことが言えるなんて、度胸だけは大したもんやな。でも、そんなんでウチが納得すると思うか?」
「わ、悪かった! 儂が悪かったから……! この通りだ、謝るっ。だから、許してくれ! 助けてくれ!」
「ウチも、そんな風に懇願したよな? 助けてください、って……でも、あんたは笑うだけで、やめてくれなかった。ウチをあっさりと殺した。なぁ……どう思う? あんたなら、許せるか?」
「あ、あああぁ……!?」
「覚悟をきめーや。散々、好き勝手してきたんやろ? 満足したやろ?」
「い、イヤだぁあああああっ、いやだああああああ!!!」
「このっ……!!!」
ティナが手を振り上げて……
その動きに応じるように、棚の上に飾られていた壺がふわりと浮いた。
ポルターガイスト現象を起こしたように、ティナが魔力で操っているのだろう。
壺はそのまま生き物のように宙を飛び、ジペックの側頭部に激突する。
「がっ!?」
壺が割れて……その衝撃に、ジペックは床に倒れた。
衝撃で頭を切っているらしく、出血していた。
ただ、しぶとく生きているらしく、手足をピクピクと痙攣させている。
「ふぅーーー」
ティナは額を拭うような仕草をして、満足そうな吐息をこぼした。
一仕事やり終えた、というような感じだ。
つまり……
ティナの復讐はこれで終わり、ということなのだろう。
「いいのか?」
「ん? なにがや?」
「同じ目に遭わせてやることもできるんだぞ? 俺達は……止めないよ」
「んー……最初は、そのつもりやったんやけどな」
迷うような素振りを見せてから……
ティナは、にっこりと笑う。
暗い感情などは何も感じられない、気持ちのいい笑顔だった。
「みんなと一緒にいたら、わりとどうでもよくなってもうたわ。みんなが、ウチのためにがんばってくれてるところを見ていたら、なんか、胸が温かくなって……ま、いっか、って思えるようになったんや。それに、一発殴ってスッキリしたし、これくらいにしといてやるわ」
「そっか」
「ウチ、優しいやろ?」
「そういうことは、自分で言わない方がいいぞ」
「ははっ、せやな」
スッキリと晴れた顔をするティナと一緒に笑いあった。
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