27(終)
この日お茶の間に流された都心の怪異の姿は、国内ばかりでなくワールドワイドに映像が拡散して大きな騒ぎになったが、連日の真相究明の努力もむなしく追加の物証を得られなかったようである。
『都心の謎の巨大コウモリ』として著名UMAの一角に食い込んだその怪物も、わずか数秒の飛行シーンが映像資料として残されたのみで、話題が下火になったいまでは捏造説さえ浮上してメディアに取り上げられることもめっきり少なくなっている。
そんなに飽きっぽくていいのかと海外メディアから指摘を受けつつも、この国の熱しやすく冷めやすいメディアは、すでに投げ与えられた新たなスキャンダルに群がっていた。
いわく、『都知事暗殺計画』…。
なかなかにキャッチーなその話題は、都知事とその周辺からもたらされた。
会見場に集められたメディア各社は、その場にこもる異様な熱気に当てられたように、のっぴきならない切迫感を茶の間の団欒に垂れ流していた。
「…都心某所の廃デパートで、大量のテロリストが一斉検挙されていたという驚くべき発表に、会見場には各メディアの取材陣が大勢つめかけています……ご覧ください! この異様な熱気!」
女性記者がカメラに向かって興奮を伝えているその間にも盛んにカメラのフラッシュがたかれ、したり顔でおのれを狙う大それた殺人計画に論評を加える都知事の顔色を瞬かせている。
すでにおおよその発表が終わった会場では、都知事の発言をボイスレコーダーで拾わせつつ周囲の同業者たちと情報交換する記者の姿が目立つ。
「…タレコミで拘束されたっていう、例の新潟港の巨大タンカーを臨検したやつらがその重武装っぷりに腰抜かしたってホントなのか? 機関砲どころか対空砲まで積んでたらしいぞ……もうウチは何人か向かわせたけど」
「…区の安田ビルヂングが武装ヘリによる発砲を受けたってやつだが、現場調査もまだ十分じゃないってのに、早くも取り壊しが決定したって、なんか臭くねえか?」
「なんでも謎のテロ組織が動いてるってもっぱらの噂だけどさ、そんな妙な組織が何でいきなり都知事なんざ狙うってんだ」
「それよりもその銃撃を受けた『GEKKO』とかいう会社について調べたやつはいないの?」
「『GEKKO』ネタか……これは噂だけど、その会社がどうやらあのA国の著名投資家が尻尾を丸めて逃げ出したっていう伝説の巨大ファンド『ヘルハウンド』とつながりがあるみたいでな……K(警察)はだんまり決め込んでるが、通信記録が残ってたらしい」
「ウチのK担当が『GEKKO』は『ヘルハウンド』のダミーのひとつじゃないかって言ってますよ」
「それでその会社が子供のたまり場だったっていう証言が…」
最後に勢い込んで言いかけた記者のひとりが、まわりから向けられた冷ややかなまなざしで思わず口をつぐんでしまった。なに言ってんのこいつ的な雰囲気に、その若い記者は思わずごまかすように頭を掻いた。
「…って、ありえないっすよね~」
「まあ、その線はないよなー」
「ウチも聞いたけどね、それ一蹴よ」
「商店街のジジババソースだろ? んなありえねえだろ」
「…その、取材したら、見たって人がいましてね…」
追従はしつつもやんわりと反駁しようとするその記者の若さを同業者たちはまぶしそうに見つめて、「どんまい」とばかりに肩を叩いた。駆け出しの新米がひと皮剥けていく的なシーンであったのだろうが、核心にくしくも迫りそうであった若い意見はそうして目に見えぬところで摘み取られたのであった。
かくして『(株)GEKKO』の正体についての追求は、いまだ本格的には始まってはいない。
***
ゴールデンウィークも終わって早くも世間は5月も終わりに差し掛かっている。
アジサイが色づき始めるこの季節、《ハレノキ幼稚園》は相も変わらず子供たちのにぎやかしい声に包まれている。
「は~る~くん!」
「一緒にお遊びしましょ!」
窓際に物思いにふける幼児がひとり、周囲の騒音を身につけたスルースキルで聞き流していたが、腕や肩を物理的に拘束されてその孤高を破られた。
ハルミが向けた視線の先には、年齢に似合わぬ必死の形相を見せている女児たちが思い思いの遊具を手に彼のリアクションを待っている。
「ハルさまはいろいろとお仕事でお疲れなのです。少しは遠慮なさい」
いろいろとお仕事というのは修辞でも比喩でもない。一連の騒動を収めてからというもの、一般人にはうかがい知れぬ世界で東奔西走しているハルミである。
「ええ~っ」
「ミュウちゃんだけずるいよー」
「ハルさまはお休み中です。あなたたちはあっちで遊んでなさい」
両手を広げて『とおせんぼ』する黒髪の美しい女児。加積ミユウが献身的な《愛》を示すさまがいけない大人たちの心を震わせるのだろう。
とたんにシャッターを切る音が複数重なった。
「いや~ん! この歳でハーレムって!」
「守る愛、奪う愛よ!」
腐女子全開の保育士たちをたしなめる常識ある年配者が少ないのがこの園舎の弱点のひとつであるだろう。
「なんかむかつくな…」
蚊帳の外にある男子たちがモモ組に生まれたハーレムを腹立たしそうに眺めやっているところに、ライバル不在のまま赤井琢磨役を勝ち取った諏訪リョウジが声をかける。
「あいつはすげえからさ、仕方ねえよ」
訳知り顔で腕組みしてみせる彼に男子たちがぶつぶつと文句を言うと、得意げに鼻をこすったリョウジが…。
「あいつ実はさ、すんげえ会社の…」
「諏訪ッ!」
叩くような叱責が条件反射的に彼を硬直させた。
「腕立て200回!」
「なんだよあいつ…って、リョウちゃん!」
「1回、2回…」
「なんで言うこと聞いてるの…」
黙々と腕立て伏せをはじめるリョウジに男子たちはドン引きしたという。
そうしてその叱責を放ったミユウという女子にややびびったふうな視線を投げかけて、逃げるようにグラウンドに駆け出していった。
「ミュウちゃんすごい…」
腰に手をやり胸を張るミユウの姿は、さながら生粋の女王様のようであったという。その彼女に「散りなさい」といわれて、女子ばかりでなくいけない先生たちまですごすご散って行ったのはまあお約束であったのかもしれない。
ハルミのそばに残ったのは、ミユウとマナミとレナ、この3人である。前者ふたりはよいとしても、八神レナの意外なほどの順応性はルン国民の間でここしばらく議論のネタになっている。
転生の『器待ち』は、個人差があるのでどうしても時間に前後のブレが生ずる。『器待ち』ルン国人(候補)ではといまではみなされるに至っている。
諏訪リョウジについては……ミユウいわく「違うでしょう」と一刀両断であったのだが、本人には厳重に伏せられている。
目覚めるルン国人が増えるに従い、この地での『王国』は着実に息を吹き返しつつある。《株式会社GEKKO》は継続して王国の所在を発信しつつ、同時に《まれびと》たちの駆逐に奔走している。
支配の弱かった国内からはここ数日であらかた叩き出すことに成功していたが、まあその一連のもぐら叩きに似た掃討活動はなかなかに神経を削ることでもあった。
ふう、とハルミはため息をついて、窓から明るい光に満ちた青空を見上げた。
(…ルンの空は、もうちょっとだけ高かったかな)
冷涼たる高原の王国。
空気の薄さは、そのまま宇宙への近さにつながるのだろう。空の色も違っていた。
うららかな日差しにまどろみつつ、ハルミは小さくあくびをした。
エナ・ティラカ・サラシュバティ・ウルリク……《月の光》の名を持つこの涼しげな顔立ちの5歳児は、国王であった。
ここまでお付き合いありがとうございました(^^)
主人公の特殊能力とか鉱山のなぞとか、匂わせるだけで投げっぱなしという暴挙……当然ながら『2章』で語られる予定ではあるのですが、いまのところ続編を書く予定は未定です。
せっかく書いたのにパソコンの肥やしにするのはもったいないのでアップしたというノリなので、よほどご要望が集まれば検討いたしますが、まあ続きは陶都が落ち着いた後という感じでしょうか。
自分的には面白いと思っているのですが、ランキング上位の作品を見るに『流行』からずれているのかな、と思わないでもありません。人間歳は取りたくないものです(笑)
またご縁がありましたら、続編にてお会いしましょう。




