第95話 ユースティア様のお言葉とおじいちゃん
「よく来ましたね。皆さん、わたくしの近くにきてもらえますか?」とユースティアが言い、オスティスが、「ははっ、ユースティア様、ただいま参ります」と言って、説教壇の前にひれ伏し、ガイアスさん達も続いてひれ伏す。私たちもさすがにひれ伏さないわけにもいかずにひれ伏した。
「私はユースティア、ご存じの方は多いかもしれませんけど……」と言い、「レニーナちゃん、久しぶりね? こうまた姿を見せてお会いするのは」と続けると、オスティス達がかなり動揺するように驚く。
私は「やあ、ユースティア女史、ひさしぶりだな。やしきでベイクドチーズケーキでもたべていかないかね」とか、まさかいつもの調子で言えないので、「ユースティアさま、おひさしぶりです」とだけ答える。私は空気の読める女児である。
すると、微笑みながら【貴女がユースティア様と呼ぶのは……違和感すごいですわね……まるで普通の女の子みたい】と戸惑ったように言い、【失敬な。私は普通の女児だが?】と心の中で憮然とすると、【……はぁ……貴女は、やっぱり貴女ね……】と器用にも心の中の声なのにため息をつくが、どういう意味だ。
そんな舞台裏を知らないオスティス達は私がユースティアと面識があったのに驚き、「ユースティア様、よろしいでしょうか……!?」とオスティスが声をあげる。
「ええ、構いませんよ。どうしました?」と尋ねると、オスティスが動揺しながら尋ねる。
「レニーナは、ユースティア様とご面識があったのですか?! 洗礼の時に……?」
ユースティアは遠い目をして、「……ええ、洗礼の時に、2時間ほどお話をさせて頂きました」というと、「おぉ……!」とオスティアが呻き、「なんという……!」と目をうるませて、ガイアスの奥さんらしき人が涙を流す。
「洗礼では眷属様からの祝福を得られる事ができるのだけで光栄なのに、まさかユースティア様ご自身から、祝福を頂いているとは……!? しかも、2時間……!?」ともう一人の叔父さんが呟く。
「では、もしや、レニーナはユースティア様の『愛されし子』、なのですか……?!」と恐れおののいてオティアスが尋ねると、「まあ、悪い子とは思いませんけど……いえ、まあ、だいたいおおよそ、そのようなものかもしれませんわ。少なくとも、わたくし、ユースティアの加護を与えています」と寸で誤魔化した。
「しかし、知っての通りリンドル村が魔獣によって滅ぼされてしまい、私たち神々は何も出来ませんでした。そしてレニーナは、父ロイと母シェラを失った悲しみとショックのあまり、2つの人格に分裂してしまって、一つの身体に2つの心が宿ったのです」という。
「なんと……!」とオスティスは目を極限まで大きく開き、ガイアスさん、フォスティも驚きこっちを見て、もう一人の叔父さんとその叔父さんの奥さんらしき人は涙を流した。
「その事を、父ロイと母シェラが文字通り死力を尽くして守り抜いた子で、神々が何もできなかったことについて、恐れ多くも我ら12神柱の主神フェンリーズ様が、酷く心を痛め、その子を想い、慈悲深きフェンリィズ様は、レニーナに『フェンリィズの加護』を与えました」と続ける。
「そしてその加護により、もう1人のレニーナとして、身体として植物体によって身体を作り、一人の人格を移して、身体を自由に動かせるようにしました。それが、そこにいる『ブラン・ブロンシュテイン』、もう一人のレニーナです」と説明をし、言葉を切る。
すると、「おぉ……!」「ブランちゃんは、そういう事情があったのか……!」「フェンリィズ様の加護……!? それは、12神柱全員の加護を得るということと、同じでは……!?」という様々な声が上がる。なるほど、細部は異なったり端折ったりしているところはあるが無理のない説明だ。
ただ、今の説明のフェンリィズの加護の事で変な事を考える人間が現れないのは、文字通り皮肉なことだが、神についての事なのに神に祈る事しかできない。そう祈っていると、くいくいと服の裾を掴まれ顔を向けると、リィズが安心するように「安心して信じてあげて」と微笑む。それなら全面的に安心していよう。
「なのでどちらもレニーナなのですが、便宜的に、べ・ん・ぎ・て・き・に、名前として、こちらのレニーナの身体を持ちし者を『ルージュ』と、植物体の身体を持ちしレニーナを『ブラン』と名を与えたのです」、しかし、相当恨みに思っているらしい。本当にあの時は悪かったからそろそろ勘弁して欲しい。
「ロイとシェラは必死にリンドル村の人々を逃がすため、守るために戦って死にました。その事を深く想わなければなりません」とユースティアは言葉を切った。
「シェラは……シェラは、安らかに逝く事が、できたのでしょうか……?」と、ユースティアの方にまるで救いを求めるように手を伸ばしながらオスティスが尋ねる。
ユースティアは優しく微笑みながら、「ええ、とても安らかに」と答えると、オスティスは、「おおぉぉぉぉ……!! よかった……!! 感謝致します、神々よ……フェンリィズ様ぁ!!」と呻き泣いた。これは……私は、相手の心を読み間違えてしまったようだ。リィズはきゅっと手を握りしめていて、私はそれに手を重ねた。
「それでは、そろそろ私は去らねばなりません。皆さん、善き心を持ち、善き行いを行い、そして、家族が皆、睦まじく暮らしなさい。あと……そこにいる、ふぇんr……こほん、リィズさ、リィズとフェブリカは、身元のしっかりした者ですので安心なさい」と言って、空中へと上昇し、そして輝きを増して姿が消え光の金粉のようなものが舞うのを残して姿が虚空へ消えた。
しばらく、双方とも、オスティアのむせび泣く声以外は、無言の状態が続いた。私達もどうとも言えない空気に困ってしまったが、その時、ブランが口を開いた。
「あたしの事情は実はそういう感じなんだ。よろしくね、フォスティおにいちゃん、ガイアスおじさん、オスティスおじいちゃん!あと、もう一人のおじちゃん達!」と月明かりの下、サティナ似のおっとりした顔でにっこり微笑んで言う。
すると、「おぉ……!」と、8人から声が揚がり、8人はブランに殺到して囲んで口々に優しく言った。
「もちろんよ! ブランちゃんは私たちの家の子だわ、私たちの子! もう家族よ!」「当たり前だ、ブランは、他ならぬシェラ姉さんの忘れ形見だからな!」「……僕、おにいちゃん、って呼ばれた……」「……そうか……おじいちゃん、か……ふふふ……」とたいへんなことになっているが、私は微笑ましく思って眺めていた。
ふと、私と同じく、それから少し離れた場所で王女のレメディが、優しく微笑ましそうに眺めながらも、羨ましそうな顔をしているのが気になった。
「なにやってんのよ、貴女も家族でしょう? いってらっしゃい!」とリィズはいきなり私をドンっと突き飛ばすと私は「きゃっ!?」と悲鳴を上げて倒れかかり、オスティアの背にぶつかる。
「れ、レニーナ……!?」「…………その……」「……ああ」「えっと……」「……ああ」「……ぅ……」と、お互い気まずそうに顔を向け合っていたが、何を言えばいいのか分からないでお互い、ちらっと見ては目をそらし、ちらっと見ては目をそらしを繰り返して顔を真っ赤にしあっていた。
「……ぁぅ……」「……ああ」「……つまり……」「…………うん……」と、とてもなんとも言いがたい空気になったので、つい、もう何でも良いからまずは言っちゃえと、「こ、こくそはしません! と、とにかく、よろしく、お……おじいちゃん!」と私が顔を真っ赤にして叫ぶ。
すると無言で強くぎゅっと抱きしめられ、「わしが悪かった……」とだけ言った。私は何故か泣き出してしまって、背中に届かなかったので、月明かりの下、おじいちゃんに抱きついてしがみついて泣き続けてしまった。




