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1999年の少年たち〜とある大罪人の記録〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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酒井という外れ者(1)

 一九九九年の八月、昼の十二時過ぎ。

 酒井清人は、渋谷のセンター街に現れた。彼の周囲には、大勢の若者が行き交っている。夏休みのせいもあるだろうが、十代の少年少女らが楽しそうに語らいながら通りを歩いていた。

 そんな中、酒井はいきなり凶行に及ぶ。ポケットからダガーナイフを取り出すと、近くを歩いていた若い女性の腹を刺したのだ。突然のことに、女性は何も出来なかった。滅多刺しにされ、大量の血を吹き出しながら倒れる。

 酒井の凶行は、それだけでは終わらなかった。さらに、手近な場所に立っていた若い男女に襲いかかる。奇声を発しながらナイフを振り回し、次々と刺していった。標的となった人々は、抵抗も出来ぬまま倒れていく。道路は被害者の流した血で真っ赤に染まり、阿鼻叫喚がこだまする。

 やがて警官が到着し、酒井は数人がかりで取り押さえられる。そんな凶行をしでかした当人は、ニヤニヤ笑いながら警官に連行されていった。




 この時、酒井は十七歳の時だった。扱いとしては少年である。事件は、世間の注目を集めた。

 裁判の争点は幾つもあったが……もっとも大きなものは、十七歳の少年に死刑が言い渡されるか? だった。何せ、三人を殺害し五人に重傷を負わせているのだ。成人ならば、間違いなく死刑であっただろう。当然ながら、世間の関心もそこにあった。

 現行法では、原則としで十八歳未満の人間に死刑を言い渡してはならない……ということになっている。もっとも例外はあり、過去に十七歳の少年が死刑判決を受けたケースもあるのだ。この事件もまた、死刑判決が降るのではないか……識者の間でも、そう囁かれていた。

 そんな注目の裁判は、世間の期待を裏切る結果となる。酒井には、無期懲役が言い渡されたのだ。事件当時、十七歳であったことは大きかった。また、当時は薬物をやっており、心神喪失状態に近い状態であったことも加味されたらしい。責任能力を問えないほどではないが、精神的に常軌を逸した状態であったのは事実……それが、司法の判断であった。

 この判決に、世間は納得しなかった。被害者の遺族は、テレビカメラの前で涙ながらに「犯人には極刑を!」と訴えた。また検事側も納得せず、即座に控訴する。

 しかし、控訴審でも判決が覆ることはなかった。やがて、最高裁に判断を委ねることとなったが……結局、酒井の無期懲役判決は確定する。

 法的には、刑が執行されてから十年が経てば無期懲役といえど仮釈放の権利が得られる。だが、あくまで権利が得られるだけだ。無期懲役の判決を受け、十年で仮出所できた者は皆無である。

 それどころか、仮釈放で出所できる無期囚は、ほとんどいないのが現実であった。無期囚が仮釈放で出られるのは、最低でも三十年後だと言われている。その三十年の間に、病気などで獄死してしまうケースは少なくない。また、仮釈放の際には様々な審査が行われる上、被害者遺族の感情や世間に与えた影響なども考慮される。これら全ての条件をクリアした上で、三十年間トラブルなく懲役刑を務めあげる……これは、非常に困難なものである。つまり、無期懲役は実質的には終身刑に等しいものなのだ。

 この酒井もまた、刑が執行され十三年が経った。だが、今のところ仮釈放で出られる見込みはない。


 ・・・


 その日、工藤は刑務所の面会室にいた。

 備え付けのパイプ椅子に座っており、目の前には頑丈なアクリル板が設置されていた。そのアクリル板の向こう側の部屋に、受刑者が来ることとなっている。

 彼の隣には、弁護士の服部(ハットリ)がいた。工藤と同じく灰色のスーツを着ており、その表情は険しい。ふたりとも一言も喋らず、黙ったまま座っている。

 数分の後、酒井が現れた。刑務官に連れられ、パイプ椅子に座る。

 刑務官は工藤らに会釈し、部屋を出ていった。普通、刑務所での面会は刑務官が立ち会うことになっている。時間も、五分程度で終わりだ。しかし、弁護士面会の場合には刑務官に退出してもらうことが可能なのだ。その上、面会時間も長い。

 酒井は、作業服のようなものを着ている。これが、受刑者の着る服なのだろう。彼は、ジロリとふたりを睨んだ。

 と、不意に口を開く。


「ちょっと待てよ。お前、誰だ?」


 ぶっきらぼうな口調で聞いてきた。その目は、工藤に向けられている。

 酒井の風貌は、画像で見たものとはまるで異なっていた。細くしなやかな体は、この十三年の間にかなり肉が付いている。野性味あふれるシャープな顔は、今や中年に相応しいふっくらしたものになっていた。

 そんな酒井ではあるが、工藤に向けている視線は鋭い。どうやら、一目で弁護士の関係者ではないと見抜いたらしい。

 ならば、話は早い。工藤は口を開いた。


「私は、工藤淳作という者です。こちらにいる弁護士・服部先生の助手のようなことをしています」


「はあ? 何だそりゃあ? 助手が、何でこんなところに来られるんだよ?」


「私にも、いろいろ事情がありましてね。それより、あなたに幾つかお聞きしたいことがあります」


「何をだ?」


「鈴原健介さんのことです」


 途端に、酒井の態度は一変した。椅子から立ち上がり、アクリル板に顔を近づけ叫んだ。


「す、鈴原だと!? あいつは、今どこにいる!?」


「すみませんが、聞いているのはこちらですよ。鈴原さんは、あなたとどのような話をしていたのですか?」


「ど、どんな話って……お前に関係ないだろ!」


 怒鳴りつけてきたが、工藤は表情ひとつ変えない。彼の隣にいる服部弁護士に至っては、両者のやり取りを完全に無視して、持ってきた週刊誌を広げている。会話に加わる気はないらしい。

 この酒井清人は、そもそもの生い立ちからして普通ではない。父はヤク中のチンピラであり、母はそんな夫にいつも殴られていた。

 やがて、母は虐待に耐えかねて家を出ていく。残された息子にとって、地獄の日々が始まった。父はろくに息子の面倒を見ようとはせず、しつけと称して殴るような男だった。しかし息子は、そんな父親のそばにいる以外に生きていく手段がない。

 そんな地獄の日々は、ある日突然に終わりを告げる。自宅に、数人の警察官が入って来たのだ。父を覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕するためである。逮捕状も所持しており、数人の警察官が控えていた。

 普通なら、逮捕状を見た時点で観念していただろう。警察の求めに応じ、逮捕されていたはずだ。

 ところが、父はそうしなかった。覚醒剤のやりすぎでおかしくなっていたのか、実の息子を人質にして自宅に立てこもったのである。

 幼い息子の体にがっちり腕を巻き付け、首にナイフを突きつけて「ヘリコプターと逃走資金を用意しろ! でないと、こいつを殺す!」と喚き散らす……もはや、人間の所業とは思えない。当然ながら、警察はそんな要求には応じなかった。隙を見て突入し、父を逮捕する。

 酒井清人は約二時間ほどの間、実の父により首にナイフの刃を押し当てられた状態であった。挙げ句に、警察により連行される場面を目の当たりにしてしまったのである。

 死刑を回避できた理由のひとつが、この不幸な過去だった。多少なりとはいえ考慮され、無期懲役を言い渡されたのだ。


「そうですか。本当は、まともに話したこともなかったのではないですか?」


「はあ!? バカか! 俺とあいつはな、ガッチガチなんだよ! あいつはな、世界は滅びるって言ってたんだ!」


 ガッチガチとは、どういう意味だろうか。おそらくは、がっちりとした絆がある、とでも言いたいのか。

 意味不明なことを喚く酒井に向かい、工藤は冷ややかな表情で尋ねる。


「世界は滅びる? どういうことです?」


「知らねえよ! でもな、鈴原が言うからには間違いないんだよ! この世界は、もうじき滅びるんだ!」


「なるほど。それで、あなたはドラッグに狂ってしまったのですね。残念ながら、世界は滅びません」


 そう、この酒井もまた覚醒剤の依存症であった。

 中学校に進学する頃には、酒井は手のつけられない不良少年となっていた。タバコや万引きという段階は既に過ぎており、空き巣や強盗などといった悪事を日常的に行なっていたのである。

 やがて中学校を卒業した酒井は、ノトーリアスに入る。不良少年ぞろいのチーム内でも、とりわけ恐れられていた存在だった。なにせ、素手で喧嘩するという概念がない。キレたらすぐに刺す、がトレードマークの男だ。

 この手のタイプは、仲間内からも恐れられる。だが、好感は持たれないし尊敬もされない。ノトーリアスでも、酒井は浮いた存在であった。リーダー格の村川でさえ、この男の扱いには手を焼いていた。放っておいたら、何をしでかすかわからない危険人物だ。敵に対しては脅しとして使えるが、同時に味方にとっては厄介者である。

 しかも、この男は十代から覚醒剤をやっていた。父を狂わせた忌まわしき粉末に、息子もまた取り憑かれてしまったのである。薬の影響で、酒井はますます凶暴化していった。リーダーである村川の言うことすら、聞かなくなっていたのだ。

 厄介かつ超危険な人物である酒井だったが、鈴原と出会ってから状況は一変する。

 いつ爆発するかわからない不発弾のごとき存在の酒井を、鈴原は完璧にコントロールしていたらしい。キレたらナイフを振り回す酒井も、鈴原の言うことは素直に聞いていたのだ。むしろ、村川より鈴原に忠実に付き従っていた。


「はあ!? バカ言うな! 鈴原が言ったんだよ! 世界は、必ず滅びるんだ!」


 そんな酒井は、アクリル板の向こうで喚き散らしている。一方、工藤は表情ひとつ変えず答えた。


「その鈴原さんですが……私の推理が間違っていなければ、既に亡くなっているものと思われます」







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