48. 魔女の試練
なゆたの言う〝遺跡〟というのは俺たちの街から電車で二時間ほどの山奥にあった。
真っ昼間から箒で空を飛ぶわけにもいかなかったので、取り敢えず麓の街までは電車で移動した(セレナの透明化魔法を使えば姿は隠せるが、三人乗りを余儀なくされるため、長時間の移動には不向きだ)。
なゆた達とは、遺跡へと続く山道の入口で待ち合わせだ。
「それにしても、何なんでしょうね。私たち魔法少女の戦いに関係のある遺跡って」
なゆた達が来るのを待っている間、沈黙に耐え兼ねたセレナが発言した。
そう、俺もさっきからずっとそれが気になっていた。
これまでの沈黙も、俺がずっと仏頂面で考え込んでいたのが原因だ。
「なゆたが言うには、この前、部活の合宿でこの山に来た時にたまたま見つけたらしいが……」
なぜその遺跡が俺たち魔法少女の戦いに関係があると、なゆたが考えたのかと言えば、遺跡に刻まれた碑文のようなものが、俺たち魔法少女なら読めるという例の精霊界の文字に似ていたらしい。
その後、澪とルーニャを連れてもう一度調査に出かけたそうだが、詳しいことはわからなかったそうだ。
ルーニャに訊いてみても、
「アレは俺っち達の戦いに関係ないとは言えないニャーが、どんなものかはわからないのニャー。気になるのなら行ってみればいいのニャー」
という曖昧な答えが返ってくるだけだった。
俺の勘だが、おそらくルーニャはその遺跡の正体を知っている。
それでも俺たちに教えないのは、それが精霊界の掟だからか、それとも俺たちに知られると何か都合が悪いことでもあるからなのか……。
「あ、ルナ先輩、来ましたよ。なゆた先輩たちが」
学校が違うにも関わらず、来果は年上というだけでなゆた達を〝先輩〟と呼ぶ。
どこまでも後輩キャラが板についている奴だ。
顔を上げると、来果の言うとおり、なゆたが元気に手を振ってこちらにやってくるのが視界に入った。
その後ろには安定の無表情ヅラで黙々と歩く澪の姿があった。
俺たちがルーニャを家に置いてきたのと同じように、奴らもメルヴィルを連れてきてはいない。
互いの精霊を人質にして同盟関係を結んでいる以上、連れてこれるわけがないのだ。
なゆたがここにメルヴィルを連れてくるほど馬鹿だったらどうしようかと思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。
さて、メンバーも揃ったし、その遺跡とやらを拝みに行こうじゃねえか。
なゆたに先導され山道を歩くこと数十分。
それまでの木々の乱立した景色が嘘のように、開けた野原が俺たちを出迎えた。
その野原の中央に問題の遺跡はあった。
円周上に配置された小さな岩と、その中心にそびえ立つ鳥居のような形に積まれた巨石。
それは、まるで……。
「これはストーンヘンジ……?」
『え? 何それ?』
ほかの四人がタイミングを示し合わせたように異口同音に言ったので、俺はズッコケそうになった。
「お前ら! 中学生のくせにストーンヘンジも知らないのか!」
「来果はまだ中学生になったばかりです!」
「そんなの習いましたっけ?」
「英語は苦手……」
「すとうんへんじ、須藤ん返事……あ、わかった! 須藤って人がした返事だよね!」
……頭が痛い。
澪よ、ストーンヘンジを習うのは英語じゃなくて社会だ!
それと、なゆた、ボケなのか真面目なのかわからない発言をするな!
どうツッコミを入れたらいいかわからんだろうが!
「ストーンヘンジっていうのはイギリスのソールズベリってところにある先史時代の遺跡だよ。祭祀場だったとかいう説や古代の天文台だったとかいう説もあるが、未だに何の為に建てられたのかはわかっていないんだ」
『へぇー……』
四人が四人とも、ポカーンとしてやがる。
くそ! チンパンジーに英語でも教えている気分だ!
「とにかく、この遺跡はそのストーンヘンジに似てるんだよ! わからなかったらスマホで検索して画像を見てみろ!」
投げやりに言うと、俺はなゆたの方を見て、
「それで? お前はどうしてこの遺跡が俺たち魔法少女の戦いに関係あると思ったんだ? 電話だと、どこかに碑文めいたものが書いてあって、それが精霊界の文字に似ているとか言っていたが……」
「あ、うん。こっちだよ」
そう言って、なゆたはストーンヘンジ擬きの中央、鳥居のような形に積み上げられた巨石の所に俺たちを案内した。
「ほら、この地面の所にあるプレートみたいなやつ! ここに何か精霊界の文字みたいなのが書いてあるでしょ! 言い回しが難しくて、私には意味がわかんないんだけど!」
なゆたの言うとおり、そこにはグラゴール文字に似た精霊界の文字が刻まれていた。
〝試練を望む者よ、友を集めよ
さすれば試練の扉は開かれん〟
例によって見たこともない文字だったが、意味はわかった。
やはり、魔法少女は精霊界の文字が読めるようになっているらしい。
その下に、他にも何か文字のようなものが一つ刻まれているようだったが、風化していてそこだけは読めなかった。
「試練? 試練ってなんのことだ?」
「わからない。でも、そこに友達を集めろって書いてあるでしょ? だから、この前は澪ちゃんを連れてきたんだけど、何も起きなくて」
「なるほど。だから今回は〝友達〟の数を増やしてみたってわけか」
「うん。でも何も起きないね。ルナちゃん、何かわからない?」
「今のところは何も……ん?」
ふと、そばを見ると、来果がいないのに気づいた。
頭上を見上げると、来果は箒に乗って空中飛行を楽しんでいた。
「ルナせんぱ~い、上から見下ろすと、なかなか眺めいいですよ~! なんて言いましたっけ? ナントカの地上絵みたいで~す!」
どうやらナスカの地上絵と言いたいらしい。
考えあってのことなのか、ただ飛びたかっただけなのかわからんが、来果にしてはいい行動だ。
上から見ると、何かわかるかもしれない。
「来果ぁ~! そこから何か見えないか~?」
「何かってなんですかぁ~?」
「何でもいい~! 気づいたことを言え~!」
「う~ん、特にないです~!」
言い切りやがった。
来果の観察眼をアテにした俺が悪い。
今度は自分で飛んで上から探ってみるか。
「もういいから、降りてこいよ~」
「は~い」
来果はその場で旋回すると、岩でできたサークルの外側に着陸した。
そして、箒をステッキに戻し、こちらへ駆け寄ったのだが――。
来果がサークルの中に足を踏み入れたとき、それは起こった。
大地が大きく揺れたかと思うと、岩のサークルを外縁とする巨大な魔法陣が出現。
そこから湧き出た光に、俺たちは包まれた。
「なんだ……これは……!?」
「きゃああああ!」
「えっ!? 何が起こったの!?」
「…………っ!?」
「ええええ!? 来果、何かマズイ事でもしましたか!?」
『五人ノ体内二、マナ・クリスタル確認。魔法少女五名ヲ認定。試練ノ扉ガ開カレマス』
☆☆☆☆☆
その頃――。
なゆたの部屋に残されたメルヴィルは窓の外を眺めながら、ルナたちの向かった遺跡のことを考えていた。
「おそらく、なゆたの話を聞く限りでは、その遺跡は〝魔女の試練〟へと続く入口だワン。死ぬかもしれない過酷な試練だワンが、その試練を乗り越えることができれば、ルナ達は今以上の力を得ることができるワン。精霊界のルールによって、ルナたちにこのことを伝えることはできなかったワンが、僕はここで陰ながら応援しているワン」




