23. 実験
採石場を舞台にした、なゆた達〝ルーニャの国〟との激闘から三日間、俺は寝込んでいたらしい。
目が覚めたら、そこは見慣れた俺の部屋で、何が何だかわからずボーッとしていると、来果が涙と鼻水でグチャグチャになった汚い顔で抱きついてきた。
そこにはセレナとメルヴィルもいて、そいつらから俺があの戦いの後、三日間眠り続けていたと聞いた。
俺が敵を倒しきれなかったことを謝罪すると、
「そんな! ルナさんのせいじゃありませんよ!」
「そうですよ! 敵も逃げたんですし、引き分けですよ! 引き分け!」
二人はそう言ったが、本当は引き分けなんかじゃない。
なゆたが誰も傷つけないなんて馬鹿な考えの持ち主じゃなかったら、俺たちは全員あの場で殺られていただろう。
3対2で、数の上ではこちらが有利であったにも関わらず、だ!
これは敗北以外の何物でもない!
敗因は、攻撃力や使用回数の制限等、ルーナ・モルテムの効力を完全には把握しきれていなかったこと。
もう、即死魔法の練習は危険だ、なんて甘っちょろいことを言っている段階ではない。
使い方は難しいが、ルーナ・モルテムは俺の最大の武器だ。
学ばなければならない。この呪文の使い方を。
できれば実験相手は人間がいい。それも、こちらの攻撃に対し、それ相応の反撃や抵抗をしてくれないと練習にならない。
しかし、即死呪文の練習となると、善良な市民を巻き込むわけにはいかない。
誰か、死んでも構わない人間、いっそ死んだ方がいいような人間……。
どこかにそんな条件を満たす実験鼠はいないものか……。
そこまで考えを進めた時、つけっぱなしにしていたテレビの音声が耳に入ってきた。
「次のニュースです。三年前に起きた、『男子中学生集団リンチ殺人事件』 の主犯格だった元少年二人が少年院を仮退院したのを受けて、被害者である羽田文也君(当時14歳)の遺族は、取材人の前で深い悲しみの念とともに、少年法の改正を訴え――」
「…………」
『男子中学生集団リンチ殺人事件』か……。
確か、当時中学二年だった被害者を、同級生の少年二人が別の学校の不良仲間十一人と手を組んで集団リンチした挙句に殺しちまった事件だったな。
十三人の人間が一人を相手に集団で殴る蹴る等の暴行を加え、死に至らしめたが、主犯格の二人を除く十一人は暴行を行った直接の証拠がなかった。
確か実刑をくらった人間はおらず、事件の後は皆、それまで通りの暮らしに戻ったと聞く。
主犯格の少年二人も、刑事未成年だったために、少年院に移送されただけで、今のニュースが言っていたように、事件後、たった三年で社会に出てきたらしい。
加害者全員がここまで軽い処分で済んだのも、少年法のおかげだろうな。
大人がこれと同じことをしたら、無期懲役にはなっているはずだ。
「ひどいですよね、これ 。被害者の子は亡くなってしまったのに、加害者は何の罰も受けずにのうのうと生きているなんて……」
「来果もそう思います! ホント少年法って一体何のためにあるんですかね!」
セレナも来果も、憤りを顕にしている。
「なら、俺たちが裁いてやろう」
俺の言葉に、二人は「え?」とこちらを振り向いた。
「元来魔法少女ってのは、悪をやっつけて、正義を実現させるもんだろ?」
「ルナさん、まさか……」
俺はベッドから起き上がり、高らかに宣言した。
「その事件の加害者全員、ステッキの錆にしてやろうじゃねえか!」
☆☆☆☆☆
それから俺たちは何日かかけて、事件に関わった十三人の現在を調べた。
未成年の犯人の情報は公開されないのが普通なので、もっと苦労するかと思ったが、ネットでは義憤にかられたユーザー達による、犯人の個人情報のさらしあげが行われていたので、奴らのことを調べるのは簡単だった。
最初、あまり乗り気ではなかったセレナも、彼らのことを知るにつれ、被害者や遺族に代わっての報復もやむなしと考えるようになったようだった。
それだけ、奴らは人間のクズだったのだ。
かつて自分たちが殺した少年のことなど忘れたかのように、毎日毎日バイクに乗って暴れまわり、万引き、恐喝、暴行等の犯罪行為を繰り返す姿は、いくら俺でも怒りを覚えずにはいられなかった。
事件に対する反省などかけらも感じさせず、むしろ身体が成長した分、事件前よりも凶悪になっているように思える。
奴らは今でも仲が良いようで、主犯格だった二人が少年院を出るや否や、また全員でつるみ、群れを成して行動し始めていた。
調査の結果、現在、奴らが拠点としているたまり場は、閉鎖された旧紫苑総合病院の廃病棟だとわかった。
俺たちメルヴィルの国の魔法少女は、魔法の実験兼報復のため、その廃病院に乗り込み、奴らを根絶やしにすることにした。
☆☆☆☆☆
深夜。
良い子はとっくにベッドに入って夢の中にいる時間帯。
俺たち三人とリス一匹は、閉鎖された旧紫苑総合病院の前に来ていた。
この病院は元々、昭和四十年代に建てられ、それ以来、この町の住民にはなくてはならないものになっていた。
しかし、年月とともに建物の老朽化が進み、数年前に新しい場所に移転され、この旧い建物は予算の関係上、こうして解体もされずに残っているのだ。
いかにも不良が好みそうな廃墟である。
「でも、この仮面は一体なんですか?」
セレナは俺が渡した黒い仮面を手に、不思議そうに尋ねた。
「万が一顔を見られてもいいようにだよ。今日ここに集まった十三人は全員消すつもりだが、生存者がでないとも限らないしな。顔は隠しておいた方が良い」
「来果はいいと思いますよ。ダークヒーローっぽくてカッコいいです」
「はは。それを言うなら、ダークヒロインだろ…… おっと、さっそく獲物を見つけたぜ」
茂みに身を隠して様子を窺うと、正面玄関の前に三人、いかにも出来の悪そうな顔をした男たちが大声で喋っていた。
「でよぉ、俺らが昨日、電車で騒いでたら、サラリーマンが注意してきてよぉ、ムカつくからそいつ、次の駅で降ろしてリンチしてやったよぉ。ボコボコにして土下座させてやったぜ。そん時のムービーあるけど見っか?」
「ヒャハハ! マジかよ!」
「見る見る! そーゆー正義ヅラした奴がボコられんの、超おもしれ―からよ!」
どうやら、やはり事件から三年経っても、こいつらは更生も成長もしていないらしいな。
「メルヴィル、お前はここに残っていろ。魔法の使えないお前は足でまといになる可能性がある」
「わ、わかったワン。三人共、気をつけて行くワン」
「セレナに来果、準備はいいか?」
「はい」
「今回のミッションは、呪文の実験だ! 不良どもの殲滅はあくまでもついでだが、生きていても社会に迷惑をかけるだけのクズ共だ! 呪文の肥やしにして差支えはない! 悪事には必ず報いが来ることを思い知らせてやれ!」
『はい!』
「よし、行くぞ!」
俺の合図で、一斉に茂みから飛び出す。
「ああん!? 何だてめえらは?」
玄関前で喋り込んでいた三人の内、髪をトサカのように逆立てた不良がこちらにガンを飛ばしてきた。
ちなみに、こいつが事件の主犯格の内の一人だった男だ。
「お嬢ちゃんたち、それ何かのコスプレ? 魔法少女ってやつ? 可愛いねー。こっち来てお兄さん達の相手してよ」
鼻にピアスつけたやせ型の男が気色悪いことを言う。
「うわっ、お前ロリコンかよ! ヒャハハ!」
と、汚い笑い声をあげたのは、ヘアワックスで髪をオールバックに固めた男。
「なあ、お前ら。お前らが三年前に殺した羽田文也って奴のこと憶えてるか?」
俺は静かに尋ねた。
すると、最初のトサカ頭の男が苛立たしげに前に進み出て、
「ああん? 羽田ぁ? けっ、胸糞悪い名前思い出させんじゃねーよ! あの野郎、ちょっとボコったくらいで勝手に死にやがって! おかげで俺は三年も少年院で過ごす羽目になったんだぞ!」
「何? もしかして羽田のことで俺らにセッキョーしに来たわけ? そりゃ、勇敢なお嬢ちゃん達だな! っていうかよー、こいつの言うとおり、悪いのは羽田の野郎なんだって、マジで! あいつがウザくてキモいのが悪いの!」
と、鼻ピアス。
「そういや、あいつの親もウザかったよな! 裁判の傍聴席で、あいつの遺影抱えたまましくしく泣いて被害者アピールしちゃってよぉ! ウザイから裁判が終わった後、歩道橋の階段から突き落としてやったぜ! 全治三ヶ月だったらしいぜ! マジ面白くね? ヒャハハ!」
と、オールバックは再び汚い笑い声を出す。
「……一応これが最後の確認だ。お前らは、あの事件を反省して悔いる気持ちはないんだな?」
俺はゴミどもに最後通牒を突きつけた。
「うっせーな! なんだよ反省って! なんで俺らが反省なんてしなきゃなんねえ! 俺らはちゃんと裁判受けたんだぜ? その結果、簡単に釈放された! 少年法って便利だよなぁ! ハハハハハハ!」
トサカ頭のその台詞に同調した他の二人も、ゲラゲラ笑い始める。
……醜い哄笑だった。
「喋るな、ゴミ共が!」
俺がそいつらを睨みつけてそう叫ぶと、トサカ頭の男が短気にも拳を握り締め殴りかかってきた。
「ああん! 今なんつった! おらぁ!」
死ね!
「〝ルーナ・モルテム!〟」
迷わず放った即死呪文。
ステッキから発射されたドス黒い影のような物は、トサカ頭を包み込んで後方に飛ばし、そのまま息絶えさせた。
鼻ピアスがトサカ頭の死体に駆け寄る。
「おい、どうした! おい!」
仲間の1人が駆け寄るが、返事はない。
死んでいる。
〝返事はない。ただの屍のようだ〟とはよく言ったもんだ。
「うわあああああ! し、死んでやがる!?」
「う、嘘だろ!? ひ、ひええええ!」
残りの二人は仲間の死を確認するや否や、へっぴり腰で逃げ出した。
「逃がすかよ! 〝アンギ・フーニス!〟」
「フシャアアアアア!」
「蛇どもよ! そいつらを絡みとれ!」
「フシャアアアアア!(訳:御意!)」
蛇どもは命令通り、逃げ惑う二人を瞬時に絡め取り、骨を砕かんばかりの勢いで締め付けた。
「ギャアアアアアアア! 」
深夜の廃墟に木霊する、不良どもの断末魔。
俺は鼻ピアスの方に近寄り、訊問をした。
「一応、確認だ。他の十人は、病院の中にちゃんといるな? 」
「は、は……い 」
「よし。それなら問題ない 」
「も、もう……いい……だろ! ゆ……る……して……く……れ!」
「ああ。今、解放してやるぜ」
この世からな!
「〝ルーナ・モルテム!〟」
「ぎゃああああああああああ!」
鼻ピアスを始末し、俺は残ったオールバックに視線を向けた。
「さて、残りはお前か」
「ひえええええええええ!」
不良狩りは、まだ始まったばかりだ。




