21. ルナが眠っている間の出来事①
採石場での激闘から一夜明けた土曜日の朝。
柊セレナとその精霊メルヴィルは、芳樹家を目指して公道を歩いていた。
「昨日は本当に危なかったワン」
周りに人がいないのを確認してから、メルヴィルはセレナに話しかけた。
「そうですね。敵が見逃してくれたのは正直ラッキーでした。もしあのまま戦いを続けていたら三人とも殺られていたでしょう」
「〝精霊を説得することで誰も傷つけずにこの戦いを終わらせる〟……なゆたって子はそう言ってたワン。あれには正直びっくりしたワン。キミたち人間は魔法の力を得ると、否が応でも力に取り憑かれ、他人を傷つけることなんて何とも思わなくなるものだと思っていたワンから」
その言葉を聞いて、セレナはチクリと胸が痛んだ。
彼女もまた、アカネやルナ程ではないにしろ、自分の目的の為に多少の犠牲はやむを得ないと考えていたからだ。もちろん、その犠牲が最小限になるように今まで努めてきたのも事実だが……。
「本当に可能なんですか? 精霊を説得だなんてこと」
「不可能とは言わないワンが、限りなく無理に近いワン。〝戦いに干渉できないルール〟があるから、僕らのできることは大幅に制限されているワンし、そもそも13個のマナ・クリスタルを一カ国が束ねるのが戦いの終了条件である以上、話し合いで解決なんてどうやってやるのワン? この戦いの過去の例を見ても、一カ国がマナ・クリスタルを掌握する以外に、戦争が終わったことなんてないのワン」
「そうですか……」
セレナが嘆息すると、メルヴィルはさらに追い討ちをかけるようにこう述べた。
「それに、仮にうまく精霊を説得できても、魔法少女同士が納得しなければ意味がないのワン。なゆたって子の考えは、完璧にルナとは正反対だったワン。ルナはあの子の考えを絶対に認めないと思うワンし、自分の覇道を阻む一番の敵だとさえ思っている筈だワン」
「確かに、いつも冷静なルナさんが、あの時ばかりはやけに感情的になってましたもんね。それだけ相容れない敵、絶対に負けたくないライバルってとこなんでしょうかね」
「ライバル……。確かにそうかもしれないワン。あの二人は、お互い途方もない魔法の才能を持っているワン。その力は現状では互角。方や帝国主義。方や博愛主義。互いに異なる理想、主義主張の下に、あの二人はこれからも争っていくと思うワン」
「……やっぱり、戦うしかないんですね」
「何を悲観しているワン? イデオロギーの異なる国家同士が、考え方の違いから戦い合う――戦争っていうのはそういうもんじゃないのワン? 現に、キミたち人間だって、ちょっと前まで資本主義と共産主義で世界を二分して、冷戦なんてのをやっていたワン」
「……たまに深いこと言いますね。メルヴィルって」
「人間っていうのはつくづく僕ら精霊にそっくりだワン」
「こっちの台詞ですよ、それは」
話しながら歩いているうちに、二人はルナの家の前に着いた。
インターホンを押すと、呼び出し口からルナの母親の声がした。
「『 はい。どちら様? 』」
「セレナです。ルナさんのお見舞いに来ました」
お見舞い、というのは外でもない。
なゆた達が箒で飛び去った後、ルナは気を失った。
すぐにセレナと来果が家まで運び医者に往診に来てもらったのだが、身体に異常は見つからず、ただただ眠り続けているのだ。
「『あ、セレナちゃん。わざわざありがとう。ルナちゃんはまだ目を覚まさないけど、今、ちょうど来果ちゃんも来てるの。上がって、上がって』」
メルヴィルを肩に乗せ、階段を上がる。
二階の突き当りの一室。そこがルナの部屋だ。
〝Luna`s room〟と書かれたアンティーク調のドアプレートがかけられた扉を二回ノックし、扉を開ける。
「失礼しま――」
何気なく入室したセレナは我が目を疑った。
そこには昨日ルナを運んだ時と同じように、本棚に収まりきらない本が、床のそこかしこに山を作っていた。ルナも、自分のベッドで静かに寝息をたてている。
しかし、明らかに昨日とは違うところがある。
それは部屋中に撒き散らされた下着類と――。
「はぁはぁ…… 」
部屋の真ん中でパンツを手にとって恍惚の表情を浮かべる来果だった。
「ななななななな、何やってんですか!?」
「何って、下着漁りですけど」
来果は真顔で答えた。
「いやいや! なんで私の方がおかしなことを言ってるみたいな感じになってるんですか!」
「そこにルナ先輩の下着があろうものなら、漁らずにはいられない。これが来果の悲しい性なのです」
「この変質者!」
来果を罵倒しながら、セレナは思った。
この子を魔法少女の仲間にしたのは間違いではなかったか、と。
……色々な意味で。
「どうしてルナさんは目を覚まさないんでしょうか?」
来果が散らかしたルナの下着をたたんで箪笥にしまいながら、セレナはメルヴィルに尋ねた。
「おそらく、魔法の使いすぎが原因だワン」
「でも、私だって今回ルナさんと同じくらい魔法を使ってます。なのに、どうしてルナさんだけが?」
「ルーナ・モルテムは強力な闇の魔法だワン。その使用には魔力だけではなく、かなりの精神力を使うのワン」
「でも、来果の魔法でルナ先輩は一度回復したんだよ? なのにどうして?」
下着に手を出せないよう、セレナの魔法で部屋の壁と光の壁の間に閉じ込められた来果が口を挟んだ。
「来果の〝時間逆行〟の魔法では、怪我や身体に宿る魔力みたいな肉体的な状態は戻せても、精神力は戻せないのワン。その証拠に〝時間逆行〟をかけられたルナは、呪文をかけられる前の記憶を維持していたワン」
「あ、なるほど。〝時間逆行〟が記憶にも作用するなら、ルナ先輩の記憶も10分前に戻っていた筈だもんね。外面的な時間は戻せても、内面的な時間は戻せないってわけだね、メルちゃん」
「その通りだワン。ちなみに、〝時間停止〟の方は、内面外面どちらも停止できるワン。それはあの澪って子の反応をみれば一目瞭然だワン」
「なるほど……。うーん、ライカン・クロノシオも使い方が難しいんだね」
来果は壁と壁の間で腕を組んで唸った。
「ルナは昨日の戦いで計五発ものルーナ・モルテムを放っているワン。それだけ精神力を削れば、倒れて昏睡状態になってもおかしくないワン。おそらく、あと数日は眠り続けると思うワン」
「数日……。なら、その間にやるべきことを済ませときましょうか」
セレナは立ち上がって、来果を閉じ込めていた魔法を解いた。
「え? セレナ先輩? 何をするんです?」
「ルナさんにしてもらったように、あなたにも魔法の練習をしてもらいます」




