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火焔の成金令嬢の呪われた宝石事件簿  作者: 燐火


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2.専属護衛

「っは……!!」


 目覚めたフレイアはやわらかなベッドの中にいた。暖炉には薪がくべられ、室内は暖かい。氷のように冷たかった手足は感覚を取り戻している。


「ここは私の部屋……? どうして?」


 あのまま雪に包まれて死ぬと思っていたのに、なぜ生きているのだろう。


「お嬢様、目を覚まされたんですね!!?」


 ベッドの傍らにいたのはメイドのベルフィリア・メトロノーム、15歳だ。濃紺のメイド服に白いカチューシャ、灰褐色の豊かな髪をバレッタで留めている。


「氷のように冷たい身体で運び込まれて三日間も眠り続けていたんですよ? このまま死んじゃったらと思っ……目が覚めて良かった、本当に良かったです……」


 ぼろぼろと涙をこぼす。年が近く、裏表がない素直な彼女の性格をフレイアは好ましく思っていた。


「ベル、心配させてごめんなさい。もう大丈夫よ」


 安心させるように手を握るとずずっと鼻をすすった。


「ひくっ……う、取り乱してすみません。旦那様を呼んでまいります。温かな紅茶もお持ちしますね。『あの方』もすっごく心配していましたよ」


「あの方? どなたのこと?」


「うふふ。ちょっと待っててくださいね!」


 頭を下げると慌ただしく部屋を飛び出していった。窓から見える空はスッキリと晴れ渡っており、あの猛烈な吹雪が嘘のようだ。


(私、生き延びてしまったのね)


 ベッドから降りて鏡台の前に立った。前髪をかきあげると火傷の痕が露わになる。雪にさらされて何らかの変化があると思いきや、相変わらず醜いままだ。けれど、雪の中で優しく触れられた感覚が残っている。


(この醜い火傷にキスしてくれた男の子。私ったら死にかけて自分に都合の良い夢を見たのかしら)


 青い瞳の、哀しそうな表情をする子だった。顔を鮮明に思い出そうとすると霧のように曖昧になってしまう。それでも絶対に忘れてはいけない、と強く思った。


 その時とんとんと扉が叩かれる。


「フレイア目が覚めたのか!」


 息を切らして駆け込んできたのはフレイアの父、パトリック・ディ・リッチ男爵だ。四十代。見た目は若いが髪には白いものが交じっている。商人として厳しい顔を見せるときもあるが、一人娘のフレイアの前では善良な父親そのものだ。


「お父様、この度はご心配をおかけして申し訳……」

「謝るのはこちらの方だ」


 頭を下げようとするフレイアを制し、優しく抱き寄せる。


「舞踏会の件、会場にいた知人から一部始終を聞いたよ。苦しかったろう、哀しかったろう。すまない。不甲斐ない父親を許してくれ」


 しぼりだすような声で謝罪しながら髪を撫でてくれる。いつもキッチリ剃っているはずのヒゲが伸び、心なしか頬もこけている気がする。きっと自分を心配してくれたのだろう。


「ごめんなさい、お父様……」


 宝石の買い付けや交渉のため国内外を飛び回る父の忙しさはフレイアも良く知っていた。仕事に対する父の真摯な姿勢を尊敬し、誇りに思っていた。そんな父を軽率な行動で心配させてしまった。もう二度とこんなことはしない、と心に誓う。


「マリアにはしばらく謹慎を言いつけた。いくら血の繋がりがないからといって、フレイアに対する過激な言動は目に余る。態度を改めないようなら離縁する、ときっぱり宣言した」


「……お母様はなんと?」


「善処します、だそうだ」


 苦笑いを浮かべる。


 マリアはフレイア実母ではなく、伯母にあたる存在だ。七年前、フレイアが火傷を負った火事で実母リアナが亡くなり、後妻として姉のマリアを迎え入れた経緯がある。


 フレイアには火事以前の記憶がほとんどなく、実母のことも覚えていない。だからマリアを母と慕って言われたことに従ってきたが、もう限界だった。


「失礼します、お茶をお持ちしました。ハーブティーです、温まりますよ」


 ベルが紅茶を運んできた。ティーカップに口を運ぶと、体の芯から温まるような気がした。


 一緒に運ばれてきた焼き菓子でひとしきり腹を満たしたところで、父が改めて口を開いた。


「マリアはなんとしても貴族と婚約を、と息巻いていたようだが、わたしの考えは違う。大人の仲間入りを果たしたのだから少しずつ家業を手伝ってもらいたい」


「私が宝石商の手伝いですか? もちろん嬉しいですが力になれるかどうか」


「案ずることはない。わたしはフレイアの目利きに期待しているんだ。詳しいことは落ち着いたら説明するが……まずは『彼』を紹介しよう。吹雪の中でおまえを助けてくれた恩人だよ。さぁ、お入りください」


 扉の方を見ると奥に控えていたベルが「さぁどうぞ」と扉が開けた。「失礼します」と低い声がして人影が現れる。分厚いフードで顔を隠し、黒服に身を包んだ長身の男だ。


「初めまして、フレイア・ディ・リッチ男爵令嬢。ご無事でなによりでした」


 フードを脱ぐと端整な顔立ちが露わになった。不揃いな黒髪が白い顔に貼り付いてしっとりと濡れている。


「貴方は……?」


黒瑪瑙オニキスと申します、お嬢様」


 切れ長の赤灰色の瞳がフレイアを捉える。目つきは鋭いが、どことなく憂いを帯びた哀しげな顔立ちをしている。


(オニキス様。……あの子に似ている気がするわ)


 眼も髪の色も違うが、吹雪の中で垣間見た少年に面差しが似ている。初めて会った気がしない。


「聞いたところオニキスくんは護衛を生業として諸国をまわっているそうだ。三日前に王都郊外を巡っていたところ、吹雪の中でフレイアを見つけて近くの民家まで運んでくれたんだ。これも何かの縁、しばらく護衛として雇いたいと思う」


 名の知れた宝石商であるリッチ家は金品目当てのよからぬ輩に目を付けられることが多い。一人娘であるフレイアも過去に何度か誘拐されかけたことがあり、外出するときは必ず護衛をつけていた。


「そうですか。当主であるお父様がそう決められたのなら異論はございません」


 本来ならば身元が確かでない者を護衛として雇い入れるのは異常だが、自分に責任があるだけに断ることもできない。なによりリッチ家当主が決めたことだ。


「ありがとう。ではオニキスくん。専属の護衛としてフレイアを守ってあげてほしい」


「――え、私の専属護衛ですか?」


「ああ。当主であるわたしの一存だ。異論はないんだろう?」


 にっこりと微笑む。悪い大人の見本だ。


「おまえも知っての通り、リッチ家で雇っている護衛は少数精鋭。自らの命を預けるに足りる人物だけだ。だからフレイアが外出したくても、わたしが護衛を伴って出ていると外出できなかっただろう。これから家業を手伝ってもらうためには専属の護衛が必要なのだ。彼は17歳というから年が近い同士、何かと気が合うだろう?」


「でも専属だなんて……貴方はいいの、オニキス様」


「問題ありません。雇い主が決めることです」


 オニキスは無表情のまま応じた。赤灰色の瞳で何を考えているのか分かりにくい。


「ただし条件が三つあります。聞いていただけますでしょうか」


「うむ。話してくれ」


「一つ、俺のことはオニキスと呼んでください。敬語も不要です。二つ、俺は諸国を巡る旅をしていますので護衛としての期間は半年後……春になってミンツの花が咲くまでとさせてください。三つ、できるだけ自分には触れないでください。不可抗力を除いては」


 これにフレイアが喰いついた。


「一と二は分かるけれど、なぜ触れてはいけないの?」


「……嫌いなんです、むやみに触られるのが」


 見ればオニキスは黒い手袋で手指を隠している。肌をさらしているのは顔と首の一部だけで、烏のようにほぼ全身が黒一色だ。


「以上です。この条件を守ってくださるのではあれば誠心誠意お嬢様をお守りしたいと存じます。報酬や待遇などはお任せします」


 フレイアと父は顔を見合わせた。

 護衛は時として命の危機にもさらされる、にも関わらずあまりにも無欲だ。


「……分かった。条件を呑もう。契約書は後ほど用意するとして、今日からフレイアのことをよろしく頼む」


 立ち上がった父がさっと手を差し出す。


「…………」


 オニキスの物言いたげな眼差しを受けて、


「おっと、触れられるのは嫌だったな。失敬」


 笑いながら諸手を挙げる。和やかな雰囲気の中で、フレイアだけはまだ目の前の現実に思考が追いついていなかった。


(専属の護衛なんて考えたこともなかったわ)


 護衛ということは外出する時は四六時中行動を供にするということだ。彼と。


 オニキスの視線を関して、どきっと心臓が跳ねるのを感じた。顔を直視できない。頬の辺りが妙に熱い。


(私ったら、なぜ緊張しているの。舞踏会で気に入られるために殿方が好みそうな表情や所作を勉強してきたじゃない。笑顔よ、笑顔)


 ぺしぺしと頬を叩き、笑顔でオニキスに向き合う。


「改めて御礼を言うわ。助けてくれてありがとう。短い間だけれどこれから宜しくね」


 頬から口角を上げて歯を数本見せる完璧な笑顔を披露したが、オニキスはにこりともしない。無表情のまま膝をついて胸の前に腕を置いた。


「お嬢様のことは命を懸けてお守りします……が、今後はあのような自殺行為は控えていただきたく存じます。護衛は外敵からは守れても心の中までは盾を構えられない」


「うっ」


 痛いところを突かれてピキッと青筋が立った。母の前では楚々として従順だったフレイアだが、楔が外れたことで本来の勝気な性格が戻ってきていた。


「悪かったわね。もう二度とあんな愚行はしないと誓うわ」


「その心意気です。貴女には生きていてもらわないと」


 ほんの一瞬、彼の口元が緩むのを見た。




「――たたた大変でございますっ!!」


 ノックもせずに執事が駆けこんできた。御年70歳になるエドワードは胸元を押さえてぜえぜえと息をしながらも必死に叫ぶ。


「大変でございます! 旦那様の執務室に賊が入り、宝石が盗まれました!!」


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