3-4.たとえ自分勝手な贖罪だとしても
――lookie-loo
「――あった、ここね」
指先に作り上げた小さな火で照らし、資料室と書かれたプレートを見上げてシャーリーは小さくつぶやいた。
扉に力をかけると思った以上に開き、錆びた蝶番がギギと悲鳴を上げて彼女はギョッとした。どうやら力加減を間違ったようで、お酒をもうちょっと控えれば良かったと後悔したが周囲に人影は無く、音を聞きつけて近寄ってくる気配もない。
胸を撫で下ろし、中を静かに覗き込む。
「……誰もいないみたいね」
その言葉を受けてブランクが姿を見せる。彼だけ資料室に入り、物珍しそうに見回すとシャーリーへ振り返った。
「サンキュ。後は一人でのんびりと眺めてるから、言ったとおりアンタはゆっくり休みな」
「そうさせてもらうわ。もう殆ど残ってる人はいないだろうけど――」
「分かってるって。十分気をつけるさ」
ブランクは手をひらひらと振って「早く寝ろ」と言外に促す。その仕草に彼女は少しだけ苦笑しながらも「おやすみ」と言い残して去っていった。
「ご主人サマは心配性だねぇ。さぁて、こっちはこっちで仕事するとしますか」
ブランクは魔術で照明を作り出すと、所狭しと並ぶファイルの棚を一通り見て回り始めた。そして棚のタイトルからめぼしそうな書類の束をいくつか手に取ると、近くにあった机の上に腰掛けてページをめくっていく。やがて重要そうだったり、ブランクの知識ではよく分からない記述があると、ポケットからスマートフォンを取り出してパシャリと写真を撮っていく。後でシャーリーと確認するためだ。
「こういう時、文明の利器ってのは便利だよな」
充電もせずいったいどういう原理で元の世界のスマートフォンが動き続けてるのか謎だが、きっと召喚のシステムが都合よく動作原理を書き換えてるのだろう。呼び出された先の言語や常識がある程度勝手に頭の中に叩き込まれるのと同じようなものと適当に当たりをつける。どうせ考えたところで分かりはしないのだから。
つらつらとそんな事を頭の片隅で考えながら、同じような作業を繰り返していき、一時間ほどが経過したところでブランクは顔を上げた。
「しっかしこれだけ棚があると、気が遠くなる話だ」
少なくとも数日は通い続けなければならないだろうか。目的の資料が早々に見つかってほしいものだが、果たしてどうなるか。ターナの父親に関するものはそこまで時間は掛からないだろうが、シャーリーの父親の件ともなるとかなり古い上に関連しそうな棚もそれなりにありそうだ。おまけに、求める情報があるかどうかさえ不明である。
「ま、そっちの方は気長にやるか――!?」
タバコでも吸おうかと姿勢を変えたその時、資料室のドアノブがガチャリと音を立てて回った。ブランクは慌てて立ち上がり、火を消すとファイルを抱えて部屋の奥に隠れようとする。が、暗がりで慌てたせいで体がぶつかり、棚の一つが大きく傾いた。
(げぇっ!!)
急いで棚の下に滑り込み、背中で支える。ホッと一息吐いたのも束の間、ふと横を見れば、傾いた棚からファイルが一つ滑り落ちようとしていた。
「ふんっ!」
とっさに左足を差し出して足の甲で受け止める。今度こそ彼は大きく息を吐き出して、ちょうどその時、ガチャガチャとノブを回してたドアが「ガコン!」と大きな音を立てて開いた。
「ったく……ようやく空いたか、このオンボロ扉は」
夜中にここに来るの嫌なんだよなぁ、とボヤきながら男性が入ってくる。どうやら夜中まで働いている官僚らしく、目を擦りながらランタンを手に棚を物色し始めた。
幸いにも男性はブランクとは逆方向の棚に進んでくれた。その間にブランクはそっと手にしていたファイルを置きつつ、落としたファイルを乗せた足を残して姿を消しゆっくりと音を立てないように物陰に隠れた。
「えーっと……あった、コイツか」
そうしているうちに男性は目的の資料を見つけたようで、ブランクの存在には気づかないまま資料室を出ていき、錆びついた扉がけたたましい音を立てて閉まった。
「……ふぅ、危ねぇ危ねぇ。完ッ全に油断してた」
夜中に誰もこんな場所に来ないだろうと高を括っていたが、中々どうして、深夜でも働かなければいけない人はいるものだ。そういえば人間の時も官僚の残業が問題になってたなぁと、在りし日の事を思い出しつつブランクは心の中で「お疲れさまです」と手を合わせた。
「やれやれ」
実体化したブランクは頭を掻きながら、足に乗せたままのファイルを拾い上げた。単なる紙の束とはいえ、こうやって巡り合ったのも何かの縁ってところか、とうそぶきながらパラパラとファイルの中身を流し見ていく。
興味なさげにめくっていたブランクだったが、しかしその手が突然止まった。
「へぇ、こいつは……」
彼が見つけたのは、とあるページの裏に書かれたメモ。そこに書かれていたのは、シャーリーのチョーカー製作に関するものと思しき殴り書きだった。
「こりゃあチョーカーの製作者の名前……か?」
本来そのファイル自体はまったく関係の無いものだ。なのでおそらくは手元にあった紙にメモをして、そのことを失念したままファイリングしてしまったようだ。
単なるメモだから情報も断片的。けれども、それでも十分。
「シャーリーの思想にも偏りがあるみてぇだし、機密的に調べんのにも長丁場になるかと思ったが……こりゃあ幸先がいい」
シャーリーの思想は、ブランクから見ても異常なように思える。自分の物でもない借金のカタに自身の大切な物を躊躇なく差し出したり、ついこの間偶然会っただけの相手のために身を粉にして働いたり。それがシャーリーという人間だと言われればそれまでだが、度が過ぎているように思えるのは気のせいだろうか。
「いや……きっと気のせいじゃない」
であれば。
どれだけ自分が傷つこうが国民を守るのが役目だと彼女が言い張るのなら、そのシャーリーを守るのが自分の役目なんだろう。そのために自分はこの世界に呼ばれたのだと思いたい。
それが、たとえ娘を守れなかった自分勝手な贖罪だとしても。
ともあれ、今はまずはターナの事が優先だ。ひいてはそれがシャーリーを守ることにもなる。決意を胸の奥にスッと仕舞い、ブランクは再びファイルを調べる作業に没頭していったのだった。
BreakUp――
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