十三つ目 俺、告ります
以前あのようなことがあり、次の日から嫌に杏先輩を気にするようになった。
いや、そりゃあんなことがあれば誰だって緊張したり意識したりするよな。
杏先輩も、俺と顔を合わせるだけで逃げるようにどこか行くし。
このままじゃ落ち着かないというか、意識してなかなか作業も進まない。
「くっそ~! どうしたらいいんだ!」
俺が頭を掻き毟りながら悩んでいると、
「だったら付き合えば?」
と葵が呑気に助言してくる。
ああ~、うざったい。
「ああ~、どうしたらいいのかな~。このままじゃ作業もままならないのに~」
「だから、付き合っちゃいなよ」
「ああ~、こんなとき助けてくれる友達がいたらな~」
「わかった。私が杏先輩の言ってくる」
葵の襟をがっちりと俺は掴む。
「待て。余計なことするな」
「何で? 普通に考えれば、二人とも付き合える範囲でしょ?」
「て言ってもな~。俺は人と付き合っちゃいけないんだよ」
「どうして?」
「それはお前が良く知っているだろ?」
この前コンビニ強盗にボロクソ告白したからな。
「ああ、貧乏のこと? でも、それくらいなんともないでしょ?」
「でも迷惑かけるかもしれないし、お金がないからどこかに遊びに行くこともできないぜ。付き合っても楽しいことだってないかもしれないし」
「じゃあ、本人に聞いてみたら?」
「それができたら苦労しねーよ」
「じゃあ、私が聞いてくるよ。それならいいでしょ? いろいろ質問して、杏先輩の好みとか聞き出せばいいし」
「そうか。うし。やってみるか」
「うん!」
ということで、葵は杏先輩に聞き込み調査を行った。
こっちでもすぐに情報が欲しいので、イヤホンとマイクをお互い着け通信できるようにする。
俺は草むらに隠れ、葵に話す。
『ええ、こちら坂本。こちら坂本。そちら、葵ですか? 準備オーケー? オヴァ?』
『ああ、こちら葵、葵でございます。只今から侵入捜査を行います。オヴァ?』
『ああ、ああ、侵入ではなく聞き込みです。オヴァ?』
『オヴァ』
ほんとにわかっているのか?
すでに葵は黒子の衣装に着替え、匍匐前進でステージの上でダンスの練習をしている杏先輩に近づいている。
バレてないと本人は思っているらしいが、周りからはめっちゃ痛い目で見られている。でも葵だからいいという感じだ。
そして杏先輩の足元まで来る。すでに杏先輩も気づいており、じっと葵を見ていた。
「葵ちゃん、何してるの?」
葵は指でしーっとすると小声で話しかける。
「いいから、私に着いてきて」
「はぁ?」
杏は上手く理解していなかったが、言われた通り着いて行った。
二人はベンチに腰掛け、秀はばれない様に茂みに隠れ姿だけ見えるようにする。
『ええ、こちら葵、葵です。おびき出し作戦成功です。ここから聞き込みに入ります。オヴァ』
『こちら坂本。こちら坂本。よし、引き続き作戦を実行したまえ。オヴァ』
『了解オヴァ』
よし、ここから杏先輩の気持ちがわかるはずだ。
※ここからは秀のイヤホンからの音声でお楽しみください。
葵「ねぇ、杏先輩。杏先輩は、どういうのが好き?」
どういうのが好き? まぁ、タイプを聞いているんだな。
杏「そうね……。やっぱり、可愛い感じが好きね」
葵「可愛いか。そうだね。可愛さは重要だね」
可愛い? 俺そんな可愛いかな? 男としては、やっぱり可愛いより、カッコいいのほうがいいんだけど……。
杏「でも、やっぱりあの耳が良いんだよね。触ると落ち着くの」
葵「あ、わかる~。ふにふにして気持ちいいよね」
え? み、耳? 俺の耳が気持ちいい? つーか、いつ耳なんて触られたんだ?
葵「でも、やっぱり足は長いほうがいいかな」
杏「確かにそっちの方がカッコいいけど、短足でもいいと思うわよ ひょこひょこして可愛いし」
あれ? 今気づいたけど、俺そんな短足だっけ?
杏「それにあのふわふわがいいの。さらっとした毛がたまらなくて」
葵「あれはいいよね~。一日触っても飽きないし」
け、毛? え? 杏先輩、そんな毛深い人がいいの? でも、毛ってそんなさらさらしてる? いや手入れをすれば可能かもしんないけど、毛って……。
杏「色はやっぱり白がいいんだけど、葵ちゃんは?」
葵「う~ん。私は黒がいいかな。ちょっと怖い感じが好きなの」
え? 白に黒? いや、でも毛って大抵黒だろ? 白い毛って、じいちゃんくらいにならないと……。
っていうか、こいつらどんな話ししてんだ?
葵「ああ、何だか会いに行きたくなってきた~。今度行かない?」
杏「そうね。私も触りたくなったし。今度行きましょう」
杏・葵「「動物園!」」
そこで俺はズコーと勢いよくこけてしまった。
何だよ! 話してたのは動物かよ! だからおかしかったんだ! なんだよ、毛って! それより真面目を聞き出せよ!
葵「ええとね、杏先輩に聞きたいことがあるんだけど」
杏「ん? なに?」
葵「ええとね、杏先輩の好きなタイプは?」
お、いいぞ。そんな感じ。
杏「そうね。やっぱり、優しい人がいいかな」
葵「優しいか。……秀は優しい?」
うおっ! なに直球で聞いてんだよ!
杏「……うん。秀くんは、ほんとうに優しい」
葵「だから、秀が好きなの?」
俺は心臓を抑え大人しくした。
やっべ。ちょうドキドキする。
杏「うん。私は、秀くんが好き……。でも、秀くんはそうは思ってないみたい」
そこで秀は疑問を持つ。
葵「秀が避けてるの?」
杏「そういうわけじゃないわ。普通に接してくれるし。でもね、なんだか付き合うことを、拒否している感じがするの。まるで……自分にはその資格がないみたいに」
そこまで見抜いていたのか……。
杏「それとも、それは考え過ぎで、私は嫌われているのかな。この前はあんなことまでしたのに……。ほんと、最近秀くんの気持ちがわからないの……」
俺はうつむき、押し黙る。
杏「ねぇ、葵ちゃんも、秀くんが好きなんでしょ?」
葵「……うん。小学校からずっと好き。いつか、大きくなって、大人になったら結婚するって決めてた。でも、秀が他の人を選ぶなら、私は何も言わない」
杏「葵ちゃんは強いね。私だったら、そんなことできないよ……。私、これからどうしたらいいのかな……」
イヤホンから微かに聞こえるすすり泣く声。
俺は立ち上がり、二人の前に出た。
「あ、秀……」
「秀くん……」
二人は俺の姿を見て少し驚いた表情になる。杏先輩は目に浮かべていた涙を指でさっと拭いた。
「どうしたの、こんなところで」
杏先輩が優しく声をかけてくれる。
俺は持っていたイヤホンとマイクを見せた。
「さっきまでの会話、全部聞いてた」
「あっ……。そうだったの……」
杏先輩はうつむき脱力する。
「杏先輩、俺、正直に言うよ。……俺、杏先輩のこと、好きだけど、付き合えないんだ」
「……え?」
「だってさ、俺……」
秀はぐっと拳を握り、意を決して口を開いた。
「……貧乏なんだ」




