十二つ目 俺、襲います
俺は今、一生のうちにあるかないかの危機的状況に陥っている。
いや、危機といえば、危機だが、悪い方ではない。
むしろ、これは幸運すぎるほどの事態なのだ。
そう……。
杏先輩と体育館倉庫に閉じ込められた……。
なんで……?
始まりは放課後からだった。
この日、巽さんとのロケ地めぐりは休みで、俺はみんなの進み具合を把握するべく回っていた。
読者も思うだろうが、この学校PR兼映画作製は残り3週間くらいで完成しなければならない。
3週間でも、その後の編集などを込めたら、あと2週間後には撮影を完了しなければならない。
俺の方のストーリーも、ロケ地も大方できており、演劇部は1週間あればできるとのことで、予定では、1週間以内にストーリーや台本、準備の完了。2週間以内に披露出来る具合にレベルの達成、撮影の完了。そして3週間以内に、全ての日程を完了という形になる。
だんだんと時間が無くなるに連れて、焦りも積もるが、慌てては良いものはできない。計画的にすれば全て上手くいくのだから、何も心配する必要はない。
ま、俺がプロデューサーの時点で不安はないだろ。
そんな大口を叩いていた頃、杏先輩とたまたま会い、道具を出す準備を手伝ってもらい、何故か誰だか知らないが閉じ込められてしまったのだ。
二人は暗い体育館倉庫の中で悩みに悩んでいた。
「まさか、閉じ込められるとは思わなかったわ。携帯も練習場所に置いてきちゃったからないし。秀くんは?」
「あ、俺最初っから携帯持ってないです……」
「あっ、そうか。すると連絡手段は断ち切られたわね。時間的にもう下校時刻だし、近くに生徒はあまりいないわね」
杏先輩は跳び箱の上に座り頭を働かせる。
逆に俺は、この状況を喜んで良いのか悪いのかに悩んでいた。
いや、みんなこのシチュエーションは羨ましいと思うだろ?
ま、どこのラブコメの良くありそうな展開と思ってるやつは知らないが、これはある意味男にとってはものすごく緊張するぞ。
目の前には美少女、そして密閉された室内、用意されたベッド……ではないがマットがあり、外部はいない状況。
さて、ここで問題です。あなたがこのような状況に陥ったらどうしますか?
1、一緒に出る方法を考える。2、何もせず助けが来るのを待つ。3、襲う。
さ、君はどれを選ぶかな。
え? 俺? 俺はもちろん、普通に考えてあれしかないだろう。
選ぶのはもちろん……3……にしたいが、ここは1としよう。
ヘタレで悪かったな。
杏先輩は不意に口を開いた。
「多分だけど、警備員の人が毎日見回りしてるから、その人が来るのを待った方が利口ね。ちょっと遅くなるけど、仕方ないわ」
「そうですね。そうしましょう」
二人はその作戦を選び、ただ待つだけとなった。
だんだんと日が暮れだし、肌寒くなってきた。
「……寒いわね」
すると、杏先輩は跳び箱から降り、一番綺麗なマットを敷き始めた。そして上に座る。
「秀くん、こっち来て一緒に温まりましょう。風邪引いたらまずいものね」
「え? あ、はい……」
そして、なぜか隣同士でくっつき合いながらマットの上で待つことに。
もういつでも襲える状況ですね。
俺の心臓さっきからバクバクしてて、震えが止まらいんだよね。上手く話せないし。
「秀くん……」
「は、はい?」
杏先輩は少し頬を染めながら問いかける。
「……今の状況を考えて……どう思う?」
「ど、どう思うって……?」
「だから、女の子と体育館倉庫に閉じ込められて……どんな気持ち?」
「き、気持ちってそりゃ……」
内心めっちゃ嬉しいですってうるさいほど騒いでいるけど、そんなこと口に出しちゃいけないしな。
「いや、その……俺も男だし、下心ないって言ったら嘘になるかなぁって感じだけど、まあ、とりあえず早く出ないとなって」
「……そう」
杏先輩は視線を落とし、そしてそっと秀の腕を握った。
「杏……先輩?」
「……秀くんにさ、前から聞きたいことがあったの」
「な、何ですか……?」
「……秀くんは、葵ちゃんが好きなの?」
「え?」
俺はちょっと理解しがたい質問に戸惑う。杏先輩は真剣な表情でいた。
「いや、別に葵のことは幼馴染としか思ってないし、恋愛対象ともいえないですね……」
「そっか……。だったらさ……私のことは?」
「え?」
「だから、私のことは……どう思ってるの?」
杏先輩は顔を真っ赤にしながら、上目使いで覗き込んでくる。
やっべ、めっちゃかわえぇ~。
と思っている場合じゃない。
「杏先輩のこと……ですか?」
「……うん」
俺は今心地の良い緊張感に包まれていた。
正直、杏先輩は今までの知り合いの中で一番の理想のタイプだし、付き合えるなら付き合いたいなと思っている。
でも、杏先輩は、俺みたいな後輩でいいのだろうか。
それに、俺は貧乏だ。きっとデートだって満足にできないだろうし、いろいろ迷惑をかけるだろう。
だからだろうか、俺はなかなか人を好きになれなかった。
「ねぇ……どうかな?」
杏先輩が返事を待っている。
俺はごくっと唾を呑みこんだ。
もうフラグ立ちまくりだろ。って思っているやつが大勢いるだろう。でも、こういう場面になると、登場人物はヘタレになるものなのだ。
やっぱり確証がないと不安になる。
「……わかったわ」
杏先輩はすっと俺から離れると、来ていた制服のボタンを外し、少し淫らになる。
「私の事が……好きなら、その……襲って」
「……なっ!」
杏先輩は本気なのか、冗談なのだろうか。表情的に本気っぽいけど。
「あ、杏先輩……」
「ほら、い、いつでもいいから」
杏先輩は俺と目を合わせようとせず、仰向けに寝転がると横を向く。
俺はどうしたらいいのかわからず混乱する。
というか、杏先輩のことを考えれば、普通に好きということになるが……。
俺はごくっと溜まった唾を呑みこみ、もう一度聞き返した。
「ほ、ほんとにいいんですか……」
「……うん」
目を合わせようとせず、頬を赤く染めながらうなずく。
俺は意を決すと、そっと杏先輩に近づき、その上で四つん這いになる。
下には自分の胸を抑え真っ赤になっている杏先輩。
ちょ~かわえぇ~!
俺はそっとその顔に自分の顔を近づけた。
「あ、杏先輩……」
「秀くん……」
二人の目が合う。そしてどんどん顔の距離が近づいて行った。
ま、おそらくここら辺で警備員が来て、残念という落ちなのだろう。
よくありそうな展開だし。
そして、二人の顔、いや唇の距離は残り数センチとなった。
あれ? あの、警備員さん? そろそろ出てくれないと、逆に困るので……。
いや、別に邪魔しちゃいけないから出てこないっていう心遣いはいらないので……。
そして二人はそっと口づけを交わした。
あれ? あれれ? あらららら? そういう展開になっちゃった?
いや、確かにいつもこのシーンは残念に終わってKY的な警備員は嫌われますが、それを気にして今回出ないということですか?
というか、とうとうキスしちゃったんですけど!
二人は数秒合わせていた唇を外し、恥ずかしげな表情で見つめ合っていた。
「秀くん……」
杏先輩は少し火照った顔で少し嬉しそうに微笑む。
「あ、杏先輩……」
おい! 早く警備員来いって! いや、マジで! KYとか遠慮とかいいから、早く来てくれって!
これ見ている側からなら邪魔すんなって言いたいけど、実際自分がなると警備員がどれだけ助けになるかほんとわかるから!
俺はそのままの勢いでそっと手を忍ばせ、膨らみのある杏先輩の胸に手を当てる。
「んっ……」
杏先輩が顔をしかめる。
「あ、ごめん。痛かった?」
「う、ううん。大丈夫よ。そのまま……続けて」
おおぉぉいいっ! 頼むから警備員様早く来てくれ! マジ頼むって! このままじゃ、この作品18禁指定作品になるって!
本来これ学園コメディだぜ! こんな設定ありえないって!
俺は制服の上から手のひらの感触を満喫しながら杏先輩の胸を揉む。
「んっ、はぁ……」
杏先輩が気持ちよさそうに息を吐く。
俺はそのまま、ゆっくりと杏先輩のシャツのボタンを外し、その中にすっと手を入れた。手のひらには杏先輩の微かな胸の皮膚の感触とブラが当たる。
警備員様あああああぁぁぁぁぁ! もうこの状況あと戻りできないんですけど! そろそろほんとにやばいって! PTAとかで問題になったらどうすんの!
いや、これは別にPTAに関わる作品じゃないけど……でも、ほんとやばいって!
「しゅ、秀くん……」
杏先輩が綺麗な瞳を向け見つめてくる。
そしてそのまま二回目のキスをした。
あああ~、もうわかった! わかったよ! このまま最後までしちゃうよ! だって俺別に杏先輩のこと嫌いじゃないし、どっちかというと好きだし!
付き合えるなら付き合いたいし、最高のイベントじゃねーか!
わかったよ、警備員、お前は今回最高の仕事をした。あとは任せろ!
「秀くん……」
「杏先輩……」
「秀~」
「「……え?」」
二人は聞いてはいけないものを聞いた気分になり、聞こえた方に顔を向けた。
そこには跳び箱の上に乗ってこちらを見下ろし、涙をうるうるさせていた葵がいた。
「あ、葵?」
「秀~。秀は杏先輩が好きだったんだね~。うぅ~悔しいな~」
「ちょ、ちょっと待て、葵。どこから入って来たんだ?」
「あそこ」
葵が指した先には体育館倉庫の裏出口だった。ここにはもう一つドアがあったようだ。
「心配して探しに来たんだけど、まさかこんな状況だったなんて……。さ、続きを」
「「できるか!」」
というわけで、俺らは無事外に出られた。
今回のKYは葵ということになる。
ま、こんな落ちということはみんなわかっていただろ?
責めるなら葵にお願いします。




