新章 第十一話 聖女の売名と、教団の争い
真っ昼間の惨劇に、第五王子と数人の取り巻きが慌てて逃げ出した。便乗した者達を加えて百名以上の部隊が、まさか自国へ入って間もなく襲撃を受けるなど想像していなかったようだ。
「こっちも想定してないっての」
不意を突いたのと、バジリスクのおかげで人攫いの大半は壊滅した。やったのが私たちだとわかると、王子達は脇目も振らず馬を使って逃げたのだ。
「逃がして良かったの?」
「無関係な他の旅人や、囚われた人達を全員始末するわけにいかないでしょう」
咲夜の問いに、七菜子が悪そうな表情で答えた。目撃者が放置される以上、こちらの動きは広まるだろう。
「聖女のくだりを利用するために、わざと逃がしたんだよね」
私は騙されないよ。七菜子は第五王子を使って、聖女一行の力を喧伝するつもりなのだ。私が狙われたり、持ち上げられたりすれば咲夜の側にいられなくなる⋯⋯そう考えていると思う。
「わかっているのなら、怪我人を集めて浄化の光で癒してやんなよ」
「あんたこそ、早くあの凶悪なバジリスクを帰還させなよね。性格の悪さがみんなに伝わちゃうよ」
「はぁ? やる気?!」
私と七菜子はゴンッと額をぶつけ合う。人形の身体でも痛い。いがみ合う私たちに、音もなく近寄るスーリヤ。拳骨を落とされ、私は渋々捕まっていた人々や戦闘に巻き込まれて怪我をした人達を癒した。
拐われた人々は、ハザディノス国へ送り返す事に決まる。オトーノス国内近くの町も、人攫い達の息が掛かっていてもおかしくない。
一緒にやって来た冒険者のパーティと、オトーノスへきな臭い空気を感じた商人達の数名が護送を引き受けてくれた。
「人化させたバジリスク二体を再召喚したから。町に着けば勝手に帰還するから安心してね」
バジリスクの暴れる様を見た旅人達が、不安そうな顔をさらに強める。戦闘になって人化解かれた際に術者がいなければ暴走が止まらないからだ。
「ホロン、呪術でこの人達を仲間と認識させられるよね」
七菜子がそれ以上関与を拒んだので、私はホロンへ呪いで繋がりを保つように頼む。
「いいけど⋯⋯僕の呪いは解呪ありだと副作用あるかもしれないよ」
ホロンの呪術が、色々と問題を引き起こすのは承知している。それでも戦闘になってバジリスクが暴れるよりはマシだと思った。
ホロンの呪術で囚われた人々や護送を請け負ってくれた人々は、強制的にバジリスクに仲間認識を持たされた。そのため無事に帰国を果たし呪術が解除されても、やたらと蛇に好かれるようになったそう。
私たちは、オトーノスの最初の町までついた。調べた限り、逃げた王子達はいない。
ハープが今度はグラルトと偵察がてら、町で聞き込みを行ってくれた。王子達は馬だけ乗り換えて急ぎ王都方面へ向かったのがわかった。
「正体を明かして動いている様子はないね」
こちらに追っ手や妨害が入るのは、王子が王都に戻ってからになりそうだ。
「それとね、面白い噂を耳にしたよ」
オトーノス国内では、テンプルク教団本部の影響力の低下により、生き残りをかけた教団支部の争いが起きていた。オトーノス王家を乗っ取り、新たに信仰の拠点にしようと各支部が争う中、隣国の武闘派領主が勢力を広げて来ていたようだ。
タチバナとか言う領主らしい。ひょっとすると、私たちの世界から召喚された人なのかもしれない。
「召喚人は『異界の強者』 として、戦力として有益な存在。君らの級友というのが売られる先はその教団支部のどれかかもしれないね」
全員無事というわけにはいかないかもしれない。それでも希望が持てる話だった。第五王子が下っ端のように扱われていたのは、教団の争いに便乗して現王家を倒し、自分が王座につくためだと推測された。
「勘当された第五王子の立場など弱いものね。それでも王子の地位や名声は使える」
ハープの話を受けて、七菜子が第五王子の心情を察した。自分にあるのは肩書きだけな事を理解している。教団に協力し、自国を争いの最中へと招き入れる最悪な男だ。
「この町の先は教団の派閥っていうのに巻き込まれる可能性があるって事だよね」
「そうね。気を引き締めていくよ。新しい馬車を借りて、また交代で休みながら進みましょう」
咲夜の言葉にスーリヤが応えた。私たちの入国がバレたにせよ、王子が騒ぎ立てない理由も、混乱を引き起こすためだろう。
最悪の場合、級友たちがまだ王都に囚われていて、救いに行けば王国と戦闘になる。
「あの王子は見つけ次第始末するとして‥‥聖奈、馬車を借りにいくよ」
咲夜の中では王子は見つけ次第ぶっ飛ばすと決めたようだ。
馬車を借りた私たちは、交代の組み合わせを決め、王都目指して出発した。元々軍事国家だっただけに、荒野に出ても盗賊や魔物は少ない。旅の道中、道はあまり良くなかったけれど、咲夜の指輪の魔本内に影響は少ないので、休養はしっかり取ることが出来た。




