新章 第十話 聖女の二度目の慈悲は、ハンマーの一撃
ハザディノス国内から隣国のオトーノス国へ行くには、ヨルゼン男爵の治める、関所町を通る必要があった。
オトーノスへ行くには、この町で通行料が取られる。逆に言えば素性などろくに詮索しないかわりに実利だけ得る事で、緩衝地としての役割を果たしているようだった。
第五王子達の数は増えていた。他所の大陸からやってくる旅人の玄関口の港は、当然他にもある。ちょうどいくつかの人攫いグループが集まるタイミングで私達はやって来たわけね。
ヨルゼンの関所町は男爵領の町にしては大きい。私達は尾行を解除して、全員で小さな宿へ泊まり、人攫いグループの動向を伺う。
町の様子を伺いに出ていた、ハープがホロンが戻って来た。
「敵は四グループ‥‥五十名近くいるようだね」
「捕まっている人達は二十人くらいだったよ」
外套などの装いを少し変えて、二人は仲間を求めるフリをして冒険者ギルドや宿を回り情報を軽く集めていたのだ。
「人数は大雑把なんだけど、だいたいそれぐらいと思っていいよ」
「裏で動いていたのは、テンプルク教団のオケディアン地方オトーノス国支部のやつらだね。ローディスにもいたやつらと同じ格好だったよ」
ホロンがまともに見えるくらい、テンプルク教団は危険な集団だと聞いていた。隣の大陸に本部があるので、オケディアンは彼らのお膝元とも言える。
「まぁ、ぼくらが本部を潰し、巫女を改宗させ、彼らの頼みの邪神まで倒したからね。こちらでも影響力が弱って来ているはずさ」
「はぁ、お気楽ねハープは。召喚が止まっていないのなら、ヤバいのがいるって考えなさいよね」
ハープの楽観視にスーリヤが異を唱える。スーリヤは現実的だ。私もスーリヤの意見に賛同する。信吾や七菜子たちを見ていれば、召喚されたもののヤバさがわかる。
召喚された者達が力をつけるだけではなく、身を捧げより強力な何かを生む事に使われる可能性があるからだ。
「教団本部が潰され、太古の邪神が滅んだ話はさすがに知っているはずだよ。だとするとさ、彼らに変わるものを新たに築くか、もしくは復活の贄にでもするつもり‥‥かな」
七菜子が嫌な予測を立てた。元々邪視と魂の器を共有しているだけあって、教団の考えそうな事に頭が回るようだった。
新たなる崇拝の対象、縋る相手、求心力をもとめる為には、何をやっても構わないと思う輩。魔法がある世界だから‥‥無意味な行いだとは思わない。
そんな理由で私たちの世界や他所の世界から、この世界へと連れて来られている人々がいるのだと思うと、教団をとことん潰しておこうと思ってしまう。
「実際にあたしらも迷惑かかってるし、この際叩く?」
咲夜も考えは同じようだ。彼女の場合は父親が転移に巻き込まれた奇縁で誕生しているので、私たちより複雑な気持ちだった。
「それならあちらの集団に合わせて一緒に移動しよう」
七菜子の提案は、このまま冒険者として、王子達人攫い集団の後について行ってオトーノスへ入ろうと言うものだ。大きな商隊のあとへついて行けば、荒野を徘徊する魔物との遭遇や戦闘が減る。
「大部隊に便乗して移動する冒険者達は他にもいるから、ちょうど良いね」
ハープたちの調べで依頼のためや拠点を変更するなどの理由で、移動する冒険者や、交易商人がわりといるのがわかった。
少し待てば安全性が高まるのなら、彼らの中にも大部隊に出発を合わせるものが出るはずだ。人に紛れて移動すれば、目立たずオトーノスへ進められるだろう。
ハープや七菜子の予想通り、オトーノスの人攫い集団が何者なのかは気にも留めず、行商人や冒険者達が便乗する。私たちもそんな集団の一つになってついて行った。
「ご丁寧に生け捕りにした魔物を後列に配置して、拐われた人達の悪臭を誤魔化してるんだね」
尾行の形を取らず、大胆に後を追えるのは良かった。ただ風向きによっては捕らわれの馬車から、不衛生な臭いが漂って来るのだ。それが人の排世物だとバレないために、バンダーウルフなどの魔物が捕らわれて、一緒に運ばれていた。
「‥‥ねぇ、あたしらの偽物って七菜子の使役している魔物なんだよね。ずっと召喚しっ放しだけど、敵意を持つ魔物の臭いを嗅いで変化解けないのかな」
咲夜に憑く召喚師のクサじいは、わからんと答えたらしい。私は七菜子を見る。
「召喚し続けているとさ、魔力キツイのよ。出発した時に人化の維持だけ命令して、とっくに契約は切ってあるよ」
「だから狼達が恐怖で騒ぎ出したのね」
スーリヤはとっくに気づいているようだった。バンダーウルフ達が野生のものか召喚されたものかはわからない。狼の魔物らしく鼻が利くだけあって、強力な魔物の気配に気づいたのかもしれない。
「七菜子ぉ〜〜、あんたって馬鹿でしょ!」
前方の人攫い達の騒ぎは、人化が解け、契約から解放された三体のバジリスクが暴れ出したせいだ。
「もらった通行証がオトーノスでも使えるって、個人商のおっちゃんが教えてくれたじゃん」
入国さえ果たしてしまえば、この騒ぎを利用してオトーノス国内でも活動出来る。だから七菜子は契約解除を、行ったのだろう。
「さあ、騒ぎに乗じてあいつら討ち倒すよ」
目立たぬようにくっついて行く気は、七菜子には最初からなかったようだ。本当に性悪だよ、こいつ。
「諦めようよ、聖奈。この際だから、聖女の慈悲に二度目はない事を、アイツらに叩き込むよ」
七菜子には引き気味な咲夜も、むしろ望んでいたみたいだ。ハープもスーリヤも咲夜の方針に従う。慈悲はあるよ。ハンマーを食らわすのも立派な慈悲だ。
「咲夜がそう決めたのなら、私も従うよ」
「そうして。ホロン、無関係な旅人達は近づいて来たら拘束して。ハープとグラルトはホロンと彼らの護衛ね」
咲夜が指示を出す。便乗してついて来た者達には被害に遭わないように配慮する。そして暴れるバジリスクに乗じるように駆け出した咲夜に、私たちは続く。巻き込まれた旅人のフォローはハープに任せた。
囚われの人達を助けた所で何のメリットもない。私は、囚われた級友たちを救う前哨戦と思うことにした。
「スーリヤ、虜となった人達の解放お願い」
「わかったわ」
咲夜が指示を出した時、五M程の大きさのバジリスクにより馬車が倒され、縛られた人質が投げ出された。
「七菜子! バジリスクに馬車は壊すなと伝えな!!」
「は、はい」
スーリヤがキレたので、七菜子がぶつくさ言いながら再契約を行う。召喚の時のような融通は利かないみたい。それでも言う事を聞いてくれるようで、人攫い達へ狙いを定めて暴れ出した。
私も応戦する人攫い達の護衛達のがら空きの背中をハンマーを打ちつける。逃げ出す人攫い達にも聖女の鉄槌をお見舞いする。
バジリスク達は、咲夜と七菜子が主人だと認識しているようで私たちには襲って来なかった。




