新章 第九話 身代わりの聖女の中身は、凶悪な王蛇バジリスク
私たちの案内された宿は、ハザンの港町のなかでは大きくて少し小高い丘に築かれた高級な宿。海の男達にはあらくれ者が多い。だから建物は頑丈そうな柵に囲われた中に建っていて、強い潮風にさらされぬように、庭の柵付近には植樹されていた。
宿泊用に案内された部屋は、一階で、ちょうど庭木の隙間から通り沿いの港が見える。庭にはガゼボのようなものがあり、馬車などでやって来ても玄関口を通らず中へ入れるように配慮されていた。
表向きは高貴な方のための配慮だったみたい。でも使い方の理由は当然違うのは想像つく。私を攫うつもりの連中の慣れた様子を見る限り、悪い事にしか使ってないのではと思った。
悪巧みが丸聞こえの外の声の主達が、宿の部屋近くの庭に集まる。外から合鍵を使い簡単に侵入する。廊下には絨毯が敷かれていたが、眠りこけた相手に足音は無遠慮に鳴らす。侵入者の狙いは私だ。都合良く咲夜と七菜子もいたので、三人共拘束された。
一度は叩きのめした相手。こちらが油断して捕まったように見えるだろう。叩きのめしたと言っても、無力化しただけのものもいる。実質的な被害は呪いによる痛みの共有だけ。だから舐めてかかる、それが七菜子の示した考えだった。
「⋯⋯それはわかったよ。でもさ、あいつら信吾みたいな奴なんでしょ? 身代わりってバレないかな」
「咲夜も雄にしたから、同性に興味ないやつ以外、犯そうとしないと思うよ。まあ‥‥そんな真似すると変身解けて、睨まれて石化するか、毒牙に噛まれるだけだよ」
同性が好きな人はいるので確実ではない。てかバジリスクって普通にヤバいし怖い。そもそもなんで身代わりとか、そんな話になったのか。それは七菜子と、咲夜のおじじとで召喚を試したからだ。
七菜子はネフティス皇女ほど召喚能力は高くない。それでも魂共有の財産から、王蛇バジリスクを数体呼び出せる。召喚数を絞り、人化の魔法を使えるレベルにする事を提案したのは、咲夜に憑くクサじいという元召喚師だった。
「二人の初めての共同作業だね。私、咲夜の子をいっぱい産むよ」
七菜子がアホな事を言い出すので咲夜が私の後ろへ隠れた。七菜子、私も普通にあんたの目がセクハラおじさんみたいで気持ち悪いよ‥‥。バジリスクの方がマシって相当だよ。
そういうわけで攫われ役を私達三人に絞らせ、襲わせたのだ。バレても中身はバジリスク、普通に倒すのは難しい魔物。むしろ下卑た連中を喰らってほしいくらいだよね。
殿下と呼ばれる男と一部の部下の暴走に、ブーレイは関与しないと決めていた。私たちが坊っちゃんと呼んだ、ハザディノス国の隣国の第五王子の好きにさせるつもりでいた。
ならず者をまとめているだけあって、ブーレイは冒険者の情報もしっかり仕入れているようだった。
「ボーゼン伯爵領の通行手形も貰ったよ。これがあれば近隣の領地も多少融通が利くみたい」
本物かどうかわからない。情報料金とは別に、ブーレイ達から貰った残りの金貨と交換したそうだ。結局売られた喧嘩を買っただけって形になった。傷も癒されたので、伯爵の部下たちには損はなかったに等しい。
ブーレイは七菜子の手腕に感心して、作戦に協力する気になったらしい。お荷物を私たちに押し付けるチャンスに思ったのもある。
「それで、結局金貨十枚手にしたわけね」
「逞しいわね、貴女。アミュラの補佐に欲しいわ」
アミュラとは、スーリヤとロムゥリの商業ギルドのギルドマスターで親友だった。女商人リエラさんと張り合う若い商人で、新王都の管理官を任されている女性だ。
スカウトされて七菜子は満更でもないようだ。私や咲夜と違い、頭も良いので、そのままスーリヤに連れて帰ってもらいたいよ。
「ブーレイの調べでは、国境の町に誘拐された者たちの、引き渡しの部隊がいるそうよ」
七菜子が仕入れた情報は同じならず者たちのブーレイだからか、完全に信用しているわけではなかった。
「あの坊っちゃんって、ただの下っ端の運び屋なわけ?」
咲夜が不思議そうに尋ねた。中身がモブ男な皇子達もいるからね。
「国元で失態を犯した罰だそうよ。ブーレイ達も理由までは分からなかったようね」
国外追放となったけれど、王族である身分は剥奪されなかったらしい。ハザディノス国としては、対処に困る隣国の招かざる客になった。
「きっと国力とか軍事力が違うんだね」
ハープの言葉が、この国の現状なのだろうと思った。私たちの暮らしていた世界、国でも同じような目にあっているからよく分かる話だった。
追跡は二班交代で行う事にした。ハープとグラルトに七菜子とホロンの四人、スーリヤと咲夜に私の三人だ。交代で追跡と休息を行う。休息は咲夜の魔本で行う。彼女が中に入っている間は、ハープが指輪を預かる事になった。
手がかりを見つけたのはいいけれど、隣国まで一週間、隣国の王都までさらに一週間近くかかるようだった。当たりかどうか、探ってみるまでわからない。
「最悪全滅も覚悟しておきなさいね」
魔本の中でくつろぐスーリヤは、咲夜にデコピンをして、緊張と不安を解いてくれた。
「わ、わかってるよ」
救う手立てと希望が見えただけに、船旅と合わせてかかる日数を計算するとあり得ない話ではなかった。それでも近くの大陸まで来れて、時間の短縮になっていたのだからマシだろう。
私たちは不安を胸に抱えながら、ハザディノス国の国境付近までやって来た。人質にされた身代わりは大人しくしていたせいか、比較的丁重に扱われているようだ。
命令を無視して激しく襲った様子がないことから、運ばれる商品は彼らの欲情の対象にはならなかった事だけはわかったよ。




