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新章 第八話 マッチポンプな聖女の癒し


 七菜子がつけたいくつもの傷を、聖女として私が治す羽目になった。ホロンの呪術は、治癒の魔法も伝播させるみたいだ。全員を指定しなくても効果を発揮し、魔力は最少の消費で済んだ。頭はおかしいけれど、呪術師としてホロンはかなり優秀な子だと思う。私の治癒と使いようによっては相性も良い。


 受けた痛みの記憶は消えないけれど、七菜子の刺した傷も、私の浄化の治癒で治った。


「おぉ〜奇跡だぁ‥‥」

「これほどの人数を一瞬で‥‥」

「聖女様を襲うなんて俺達が間違って」


 うぅ⋯⋯ならず者って頭が悪いのかも。七菜子の計算通りに騙されてくれた。ホロンの呪いで一蓮托生な状態なの忘れて、私に感謝をして来た。


 人攫いの悪党達にキラキラした目を向けられて、吐き気がした。だって、彼らはしょせんは悪人だ。私も他人のことをあれこれ言えない性分だもの。崇拝を受けるような心の持ち主なんかじゃない。


 スムーズに救出に向かうための、七菜子の作戦だからと我慢する。


「言っておくけど⋯⋯七菜子のためじゃない、咲夜のためだからね」


 七菜子が私への嫌がらせを兼ねて「聖女」 を持ち出したのも承知さしている。余計なトラブルを避けるなら亡国の皇女のフリだって出来たのに。


「はあ? そんなんかえって誘拐の危険増すだけじゃん」


「聖女だって同じよ。結局力を見せつけるのは一緒だもん」


 私は七菜子と口論しながらも、悪巧みのうまさに感心していた。


 ブーレイから寄付金として金貨二十枚を受け取ると、人攫い連中の戒めを解いた。そしてそこから金貨十枚を払い、級友たちの情報と捜索を依頼していたのだ。


 蛇の道は蛇って────蛇神と一緒だったからって、腹黒いというより陰謀家だよ。利用出来るものは利用するつもりだ。何より、彼らの面子も少しは立てられた。


「敵を増やすより味方を増やすべき。みんなは拐われたようなものだからね。同じ穴の狢に捜させるほうが早いでしょ」


 勝ち誇っているけれど、肝心の咲夜は七菜子の本性に怯えている。女子高生がマフィアを相手に対等に渡りあってるようなものだ。そしてホロンの尊敬の目が、七菜子へと向かう。そのまま七菜子を嫁にもらってやって。相性は最高なはずだから。


「人手を増やすのに成功したし、宿へ行こうか。ブーレイって人が手配してくれたよ」


 咲夜が私の手を取り、教えてもらった宿へ向かう。彼らの客人という扱いになった事で、港町の人々も胸を撫で下ろし、普段通りの生活へ戻った。


 裏切る可能性もなくはない。ただもっとヤバそうなスーリヤが控えてるので、だいぶ気を遣ったようだ。


「ちょ、ちょっと咲夜〜頑張ったの私だよぉ!」


 褒めてもらえると思ったのに引かれてしまい、ホロンにしがみつかれながら七菜子が叫んだ。あんな姿見せておいて何で褒められると思ったのだろう。



 ホロンは下っ端連中の呪いは解放した。しかし伯爵の息子へと、先にかけていた呪いを解くのを忘れたまま解放した。


 気絶から意識を取り戻した伯爵の息子は、しばらくの間、ブーレイのあれやこれやの感覚を共有することになる。そして新しい自分に目覚めることになるのだった。それは後に聞きたくもない風の噂で、私達も知ることになるのだった⋯⋯。



 ハザディノス国の港ハザンは、ボーゼン伯爵の手の者が幅を利かせているものの、領主はなく国王の所有地になっているらしい。


 ハザディノスでは、国の玄関口の港や国境の砦などの要所は、基本的に国が管理していたからだ。


 港町ハザンでボーゼン伯爵が力を持つのは、単に領土が隣接していて利用度が高いため。半ば管理を任されている形に近い。

 

「あんたらの見込み通り好き勝手に振る舞うかわりに、相応の税を伯爵様は国王の腹心に納めてるのさ」


 露骨な賄賂を贈る事で、多少の悪事は見逃してもらっているようだ。あぶれた子供や他国の人間を中心に拐うのも、理由があるみたい。最近は魔力の高いエルフなどが取り引き先に求められていたそうだ。


「建前ってやつね」


 身も蓋もない事を七菜子が言う。ブーレイ達が怪しいと言い出せば、国の人間でも取り締まる名目で、拐う事が出来る。


「依頼があった時だけですぜ。逆に我々が仕切る事で、他所者が暴れるのを抑えてるんですから」


 理屈はわかる、でも嫌な手段だ。ただ、吐き気は治まる。それがこの世界、この地のやり方だとわかっている。他所から来た私たちが文句を言った所で、人々の意識を変えるのには時間と労力がかかる。


 吐き気がしたのは、無力な自分の気持ちのせいかもしれない。咲夜が私を気遣い背中を優しく撫でてくれた。


 ブーレイと呼ばれる男は、宿を手配し、食事にはご馳走まで用意してくれた。毒は入っていない。彼は聞いてもいない事を勝手に話すのが得意だ。


「こういう時って、眠り薬や痺れ薬毒でも盛るんだよね」


 咲夜が漫画かアニメかで得た知識を披露して得意げに言う。私の発想は咲夜と、同じみたいだ。


「客人と認めたんだ、いまさらそんな真似はしませんぜ、姐さん」


 咲夜がリーダーなことに驚いていたブーレイ。でも七菜子を従えていたり、気配すら感じさせなかったスーリヤを見て一人納得していた。


 それに私を聖女だと信じたから、毒の類は効かない可能性を考えているはずだ。私と七菜子は聖霊人形(ニューマ・ノイド)の身体なので実際毒は無効に近いし、ハープやスーリヤは耐性そのものが高い。


 王家の中枢と繋がりがあるにせよ、伯爵家から増援を呼んでまで戦う気はもうないと思うよ。


「それと‥‥あの伯爵の息子とかいうのは、実際誰なの?」


 実際仕切っているのはブーレイで、伯爵の息子らしき男は、怯えながら部下たちと別のテーブルで食事をとっていた。咲夜の鋭い指摘にブーレイはギクッとした。


「姐さん……頭の悪そうなのは見せかけですか。実は表向きは、伯爵家の子息として預かっているお方なんですよ」


 ブーレイはそれ以上は聞かないでくれと、態度で示した。咲夜自身は見抜いたわけではなく、おじじたちの勘だろう。訳あり坊っちゃんを容赦なく、ぶん殴っていたからね。


 ブーレイはともかく、ごろつき達を完全に信用するわけにはいかない。それぞれ個室は用意されたけれど、私は咲夜と七菜子と一緒の部屋に、ハープはグラルトと、スーリヤはホロンと眠ることになった。




「殿下を殺しかけたんだ。捕らえて売っ払っても文句は言われねえさ」


「ブーレイさんは流石だよ。いくら強くても眠りかけてりゃ妙な魔法も使えない」


「案内された特別室は、よく眠れるって評判の部屋だからな」


「女剣士の部屋は避けろ。あれは強い。銀級より腕は立つ」


「そろそろ眠りの霧が切れる頃だ。念のため、口元は覆っておけよ」


 時刻はおそらく真夜中。港町は朝早い漁師のために、夜中まで店をやっている所がたくさんある。不夜城のように町は明かりが灯されているので、集団の男達の姿はすぐにわかった。


 私は催眠ガスのようなものに身体が反応したので、わかった。咲夜はおじじたちが教えて、起こした。七菜子は最初から信用していなかった。


「魔本の中にいるとわからなかったね」


 本の中ならば、罠にかからずに済んだだろう。だからわざわざ宿の部屋に出て待っていた。スーリヤとハープは、魔力自体はそれほど高くないので、狙わない。ブーレイもヒントはくれた。狙うのなら、魔力の高い私たちだと。


 ────聖女なんて最高の獲物だ。マッチポンプの本当の狙いは癒しの力などではなく、捕まりに行く事だった。

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