新章 第五話 聖女と龍喰い鮫
私たちは巨大な魔物を避けるように船を動かしたことで、港側に戻ってしまった。進行先に進んでしまうと、潮の流れで魔物に見つかる可能性があったからだ。
現地人のホロンたちや、異界人と融合した七菜子と違い、咲夜も私も異世界の知識や魔物の知識に乏しい。ごくありきたりな女子高生だったから、海の事も一般知識が少しある程度で、あまり詳しくはない。
カルミアが錬生術で創り出した海人族は、聖霊人形なのに、海人の魂が集まっているという。だから海については詳しかった。彼らは気さくで尋ねると何でも教えてくれた。
「風と同じで海流の源流に出てしまうと、魔力や臭いが魔物へ伝わってしまうそうね」
「えへへ、風上で呪いを振りまくように、海流に撒けばあの大っきいの死ぬのかな」
七菜子とホロンがネレイド族の一人を掴まえて、講習を受けていた。二人とも理論的に考えるのが得意だからね。ホロンは考えがヤバいって。
私と咲夜は実地訓練だ。作業を手伝いながら、操船を学ぶ。私も咲夜も装備の効果で筋力は高い。この船上での作業は潮風が強いせいか、肌寒い。ネレイドたちの拠点のように、気候が安定した地域では、私の想像する常夏の海も体験出来るようだ。
「さっきの巨大龍喰い鮫って言うんだって。龍ってフレミールさんとは少し違うんだね」
「龍って、日本とかの細長い身体の蛇みたいな生き物だよね」
海によく生息している海龍をミミズのように餌にする鮫⋯⋯。そんな化け物が異世界の海にひしめいているのかと思うと怖い。
「聖奈! ボーッとしてると危ないよ!」
暴れている巨大龍喰い鮫から逃れて来た、エアロシャークの群れが飛び込んで来た。
「何コレ、魚じゃないの?」
「鮫というより飛魚だよ。鮫サイズのさ!!」
咲夜と七菜子が応戦してくれたおかげで、私は食い付かれずに済んだ。私と違い二人は運動神経いいのよね。
「ホロン! あんたはグラルトとハープたちのところへ退がって。聖奈、いくよ!」
広い甲板に飛んで来たエアロシャークは、風の魔法で推進力を発揮して船上の獲物に喰らいついて来た。海中では水魔法、空中では風魔法を使うって、魔物なのに器用だ。
咲夜は魔銃をしまい、目前にせまるエアロシャークを躱してぶん殴る。切り替えが早い。気をつけないと噛み付きは避けられても、纏う風の刃で傷を負う。
私は新調してもらった十字ハンマーで、突進してくる魔物の頭部を真正面から叩き返した。飛び鮫は、自分の推進力とハンマーのパワーで頭がぐしゃぐしゃになって絶命した。
「聖奈⋯⋯貴女エグい攻撃するね」
「そういう七菜子こそ、猫人強化服だけじゃないでしょ、貰ったのって」
「ふふん、指を加えて見てなさい、私の勇姿を!」
七菜子が持ち出したのは、柄の長い斧かと思いきや、刃は円形状でピザカッターかみたいになっていた。刃がギザギザだから違うのかな。もらったの、そんな武器だったっけ?
「ロータリーカッターよ。裁縫道具の。ルレットのようにギザ刃にしたのよ」
せまるエアロシャークの突進に突きつけた刃がぶつかる。刃が回転し、魔物の身体を切り裂く────だけだった。
勢いを殺しきれず、七菜子はエアロシャークに弾き飛ばされた。
やっぱり⋯⋯そうなるよね。自分を支点に、相手の力を利用して切り裂く理屈は私にもわかる。私のハンマーも理屈は同じだから。でも見た目が飛魚で、軽そうな名称でも鮫は鮫だ。揺れる船体の上では踏ん張りも効かないし、そもそも体重差が違い過ぎる。
私は以前に雪狼と戦い、力だけぶつけて身体は逃がすように動いている。同じ失敗を七菜子が再現しているのを見ると、戦いの最中なのに自分の成長を感じて嬉しくなる。
「聖奈、七菜子の回復とカバーをお願い。あたしがあとはやる!」
戦闘しながらも、咲夜はよく見ている。本人‥‥ではなく、憑いているおじじたちが勝手に見ているのだろうけど。日常と違って、三体もの見えない目を持つって、戦闘では便利だよね。三頭首の番犬って言われるだけあるね。
私は気を失った七菜子を引きずりながら、客室のある壁際を背にする。私の側なら回復効果が上がる。ただし、退路はなくなる。でもこの位置ならば、正面だけ気にすればいい。
突撃してくるエアロシャークをハンマーで殴り弾く。ハンマーを振り回す勢いを方向転換に使う殴り方だ。トドメは咲夜に任せて、片っ端からぶん殴るだけ。猫人強化服を着ていたので、七菜子自身に酷いダメージはなさそう。
頭はいいのに理屈が勝ってしまう典型が七菜子だ。咲夜や、ムカつくけど信吾は戦闘への適応性が高い。自分自身を傷つけないように、身体強化を使いこなしていた。
「⋯⋯いたたっ、なんで痛みの感覚までリアルなのよ、この身体は」
目を覚ました七菜子が吹き飛ばされ、痛めた部分を押さえた。
「私も七菜子も聖霊人形の身体といっても、生身に近いし力は普通なんだよ」
魔力耐性が高いとか、病気なんかに強いとかの特徴はある。でもグラルトの使っている戦闘タイプと違い、私と七菜子の聖霊人形は、生身の私たちの肉体に近い。
利点は魔法行使に向いたタイプなので本来なら筋力を高める手袋を使うより、魔法を高める手袋をすべきだった。支援に徹して、前線でハンマー振り回して殴るなんて、タイプ違いだ。
でもね、いいの。咲夜の背中を守るんだから。守られるだけの聖女でいられない。
「聖奈の事は大嫌いだけど、わかるよソレ」
「大は余計だよ」
「なら超嫌い。まあ見てなさいよ」
七菜子はそういうと、私のハンマーと同じくらいの長さの両刃の斧を取り出した。最初に貰っていた武器だよね。あれ? なんで七菜子が指輪を持っているのよ。
「へへん、レーナ様に、咲夜のためになるから下さいとおねだりしたのよ」
カルミアの代わりに試作品の武器を試す約束でさっきの武器はもらったようだ。レーナさんにも、いつのまにか交渉までしていた。おかしな武器やもらった武器は、武器収納用の指輪から取り出すらしい。やっぱこの女、腹黒過ぎるよ。
「借りは返す。咲夜の所までいくよ」
私と七菜子は孤軍奮闘する咲夜の下へ駆けつけ、協力してエアロシャークを倒していった。
アーストラズ山脈で修行していた咲夜や私と違い、慣れない身体とバランスの悪い得物の大きさもあって、七菜子の動きはぎこちない。力も足りない。
私もはじめはそうだったので、七菜子の好きに戦わせた。七菜子は仕留めきれなかったエアロシャークに何度か噛じられて、血まみれになっていたよ。
無駄にリアルな身体の分、死への恐怖が宿る。身体は死なないだけで、魂はすり減るというのを私は知ったからね。痛みは真の意味で不死身でないことを知らせる、予防線だった。
私に比べればマシ⋯⋯でも咲夜や七菜子が傷つく姿は見たくない。たとえライバルでも、小憎たらしくても、七菜子は私を相手にしてくれた。
「────聖なる光を持って、かのものを清め、癒したまえ!!」
十字ハンマーをかざして、集中力を高める魔法の言葉を呟く。自分にかける分には自然に勝手にかけられる。でも動き回る他者にかける癒しの魔法は、言葉にすると効果が高まり、指定も出来るのがわかった。
咲夜と七菜子の傷が淡く輝かいて、傷口のばい菌を浄化した。深い傷を負った七菜子の腕も血が止まり、癒しの光を帯びる。
「⋯⋯出来た」
戦闘中の味方への同時治癒。軽傷の咲夜には魔力も少なめに、七菜子には魔力を多めに回して治癒と回復を行った。慣れてないからか、魔力は残っているのに、ドッと疲れが出た。
「同時に────それも効果別かぁ」
「やるわね。私らのメンバーに組み込みたいわね」
船の後部で戦闘を行っていたハープとスーリヤが合流してくれた。ホロンやグラルト、それに船員のネレイドたちは、みんな無事だ。
【星竜の翼】 主力メンバーの二人に褒められるのは嬉しい。咲夜の持つ魔本の指輪の中のベッドには、メディカルスマイリー君が待機している。身体の細かなチェックは休養中にやってもらうつもりだ。
咲夜の最後の一体を仕留めて戦闘が終わる。治癒も間に合ったので死傷者はいない。
私たちと違い、後部にはエアロシャークにメガロドンやマッドオルカまでいたのに、スーリヤの剣で綺麗にさばかれていた。化け物はどっちだって感じだ。
「ボクは何もする必要なかったよ」
「ぼ、ぼくもです……」
ホロンが肩を竦める動きをした。異世界の人もやるんだね、そういう仕草。グラルトは何で私たちと行動させられてるんだろうか。戦闘人形の中身が三歳児にしては、やけに大人びているし。
それにしても倒した魔物は私たちの倍以上いたはずなのに、どこへいったの? 甲板にはまだ血溜まりが残っていたのに、魔物の姿が消えていた。
「錬生術師だけじゃなくてさ、鍛冶師のメニーも素材を雑に扱うとうるさいのよ。だからあれをくれたわ」
海の魔物は船体強化の素材にもなるので、スーリヤにとっては雑魚扱いのエアロシャークも、丁寧に倒されていた。そして素材が消えていたのは、自動回収作業を行っていた器械人形のせいだ。
カルミアが作った素材解体回収君がどこからともなく現れて来て、素材と魔晶石を回収していた。シェリハというアストのメイドを模したっていうけど⋯⋯どうみても蜘蛛だよね?!
アーストラズの雪山で、素材の取り扱いは学んだから、私も咲夜もお魚くらい捌けるのに。でもこの量は流石に無理があるか。
船の大砲側に専用回収場まで用意してあった。ハープとスーリヤを私たちに同行させたのは、咲夜のためというよりも金策のためなのだと思った。
「あたしらの気持ちを優先してくれてるみたいだよ。ただそれとこれは話は別なんだって」
ない袖は触れないというか、先立つものがなければ、支援出来ないわけだね。異世界って魔法で何でもありなイメージで、この船なんかもその産物だ。
でも実際は私たちの世界とあまり変わらないような気もする。勝手に作業している素材解体回収君をみると、ゲームの世界に現実味を持たせたように錯覚しそうだった。




