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新章 第三話 聖女として、熱くはなれない


「なんか変な所にいたわね、あなたたち」


 美しいキメ細やかな金髪の女性に、首をロックされたやはり美しい女性が話しかけてきた。


 錬生術師のカルミアと、その首を狩っているのはアストリア女王だ。彼女の胸には小さな身体をしたアルラウネのルーネもいた。相変わらず仲が良い。


「⋯⋯ねぇ、みんなどうなっちゃうのかな」


 どこにいようと、ここへ連れて来られると知らされていた咲夜が、初めて置かれた状況に責任を感じ、動揺して泣きそうになる。兵士達のちょっかいを阻止したせいで、転移を行った偉い人を怒らせる事になったのかもしれないからだろう。


「あたしがあの場所からいなくなるの⋯⋯わかっていたのに、余計な事しちゃったかなぁ」


 残された級友たちが暴行を加えられても、売り物扱いされているのなら殺されたりはしないはずだ。しかし兵士に危害を加えて逃げ出すとなると、暴行では済まなくなるだろう。


「ねぇ、カルミア。あたしをさっきの場所に戻せないかな?」


 時間の経過が変わっていなければ、今すぐ級友たちの所へと戻れば助けられるだろう。沙夜が指輪を使えば私たち三人も取り残されていただろう。便利だけど沙夜がまず使う必要があるためだ。


「わたしでは無理ね。縁もゆかりも助ける義理もないのに、死地にあなたを送って死なせたら、わたしも死ぬもの」


 カルミアがロックされて振れない首を振った。咲夜を大切にしているのは、魔女さんとカルミアが呼ぶ人物だ。咲夜の姉の立場にあたる人物で、カルミアは彼女の孫になる。


 咲夜が傷つくので、誰も血縁関係には触れないようにしている。女子高生なのに、自分と同じ年齢くらいの孫がいるとか、私なら泣く。まあ血縁関係って、異世界とか関係なくて、そういう事も起こり得る。


偽神(オリン)が関わっているのなら、放置するのはよくないのではないかね」


 細い錬生術師の首から手を放したアストが、咲夜の意見を取り合ってくれた。変人だけど、偉い人なのに、気さくな人だった。


「残滓にもならない、ただの強欲なおっさんの国なんか興味ないわよ」


 アストは優しいのに、こいつ⋯⋯本音はそれだ。研究材料にならないとなるとカルミアは面倒がる。それに彼女自身決める事ではないのかもしれない。


 それにしても‥‥かつての私や、ある意味、七菜子のせいで咲夜はクラスメイトたちから孤立していた。それなのに助けたいとか勇者気質だよね、咲夜は。


 私は何故か聖女扱いされているけれど、憐憫の情や義侠心なんて持ち合わせていない。それに級友たちには蔑まれていたせいもあって、咲夜のように熱くなれない。


 七菜子は咲夜にしか関心がなく、ホロンも馴染みのない一般人には興味がまったくなかった。ジャル男やビル男も、ホロンには関係ない存在のようだ。


「ハァ⋯⋯仲間が冷めているのに、勇者君だけ熱く空回っているわね。そういうの何て言うか知っている、咲夜?」


「うぅ、だって⋯⋯」


 咲夜の気持ちはわかる。でもさ、私なんて素っ裸で殺されて捨てられた上に、何一つ持たない裸のまま、たった一人で荒野に放り出されたのよ?


 屋根のついた広い部屋でクラスメイトという仲間が一応いて、異世界経験があって、魔法だって使えるモブ男たちまでいる。十名程とはいえ、兵士達から武装だって奪える。転移から逃れる邪魔をされたせいで、貞操の危機を沙夜に救われただけマシだよ。


 自分の置かれた状況と比べると、悲しくなって来た。異世界転移でさえ、格差あるのかと思い泣けてくる。でも私には咲夜がいる。ムカつくけど、咲夜が助けたいというのなら────咲夜の為に、その気持ちを尊重したい。


「カルミア。魔女さん⋯⋯レーナさんを呼んで」


 沙夜のかわりに、私は魔女レーナと交渉しようと思った。


「そこにいるわよ」


 カルミアが指を差す。私がそう言うまでもなく、レーナさんはボロボロになったソファに腰をおろしていた。えっ、さっきまでいなかったはず?


 私の覚悟が伝わったのは嬉しい。でも密かに心の動きを観察されていたようで、恥ずかしい。


「いい心掛けね。送ってあげてもいいわ。ただし、その後はダンジョンへ行ってもらうわよ?」


 にっこり笑うレーナさん。カルミアが何か言いかけたけど、アストに口を塞がれていた。何となくわかったけれど、私も口を閉ざした。あの笑顔は、余計なことに気づいてはいけない含みがあった。


「聖奈、あなたにこの指輪を渡しておくわ。使い方は咲夜のものと基本的には同じよ」


 咲夜のものと少し違い、指輪を使うと収納されたものが出てくるという。使えるのは私だけで沙夜も扱えないらしい。


「そこの扉の中にフレミール用の部屋があるから、設置して大きさを確認しておくといいわ」


 火竜フレミールから成分を絞りだすためだけにある、広い部屋だ。中はドーム球場くらいありそうだ。


 私はレーナさんから貰った指輪を嵌めて、移動する。広々としたその部屋で指輪の魔力操作をしてみた。魔本が召喚されて、大きな建物を吐き出した。


「これって────学校?」


 学校の校舎のような外観の頑丈な建物が、船形のものへと載せられていた。


「湯覧船の原型、魔女さんが持っていたのね」


 カルミアが何やら文句を言っていた。豪華客船とは言い難い妙な形の大きな船。でも寝泊まりする個室や、大きな厨房や食堂がある。湯覧船というだけあって、大浴場までついていた。


「動力は魔晶石よ。動かしたければ頑張って集めることね」


 船を動かす動力源は、魔力充電された状態のようだ。しかし動かせば消費する。何でもかんでも整えてくれるはずはない。水も火も魔晶石で使えるだけ良い。日常用に使う燃料も当然ながら、魔晶石や自分たちの魔力の補填が必要だった。


 こんな大きな船を動かすとなると、どれだけ魔力が必要になるのかわからない。


「魔晶石はきっかけを与えるために必要なだけよ。指輪に収納しておけば、貴女や外から動力分の魔力を収集してくれるわよ」


「中に入ったまましまうとどうなるの?」


「そこは咲夜の指輪の魔本の時と同じね。出られないだけで、中の空間に影響はないわ」


 中にしまわれたまま持ち主の私が死ぬと、永遠に閉じ込められてしまう可能性があった。


 魔法の道具は便利だ。でも使い方を気をつけないと危険だった。レーナさんの場合はわざとそうしているようだ。


「ダンジョンへ行かないの? それなら僕らはどうするのさ」


 フレミールの部屋に、冒険者の男女がやって来た。ハープとスーリヤという凄腕の冒険者たちだ。レーナの息子、レガトが作った冒険者パーティの古参メンバー。クラン結成やギルド造りにも関わっている二人だ。


「どうするも何も、グラルトもゆくのだ。守役は君たちがやりたまえ」


 グラルトは、わずか三歳程の男の子だ。アストの実の弟で、カルミアの造った先輩人形・王子型で動いている。元ロブルタ王は公爵となり、新たな公国の王として、新しい公王妃を迎え入れた。


 逃げた元ロブルタ王国の王妃に捨てられ、新たな母親には疎まれる可哀想な子だった。


 アストも初めから母親甘えられるような環境ではなかったという。立場は違うのに、私はシンパシーを感じた。アストも同じみたいで、カルミアと違い、気にかけてくれる。


 グラルトについても、アストからすると複雑な気持ちなんだろうな、と思う。トラブルばかり引き起こす錬生術師のおかげで、気が休まらないくらいが丁度いいのかもしれない。


「ぐ、グラルトです。よろしくお願いしましゅ」


 少し噛んだけれど、丁寧な挨拶をする子だと思った。とても三歳時に感じない。


「グラルトには先輩の王子型を飛翔式に変えて、魔砲を搭載したわ。撃ち込む時は射線に入らないように注意するのよ」


 グラルトが空を飛ぶため、ハープとスーリヤは戦闘用空挺馬(バトル・エアライダー)を用意していた。


「これで全員揃ったの? 船で行けばいいのね」


 逸る気を抑えられず、咲夜が船に乗り込もうとする。


「咲夜、待ちなって。ここで乗ってもフレミールさんの部屋だから」


 焦る咲夜を私が引き止めると、真っ赤になった。ここへ転移するのがわかっていたので、もどかしいのね。


「パゲディアン大陸の先のオケディアン大陸という所が、貴女たちの目指す地よ。カルミア、ネイトと同タイプの船長を造ってね」


「も~、船渡して船頭なしとか魔女さん、バカ魔力に頼り過ぎだよ」


 カルミアがブツブツ文句を言いながら、海人族(ネレイド)聖霊人形(ニューマ・ノイド)船乗り達を十六名を船内に配置してくれた。


「閉じ込められてしまうのに、良いの?」


「彼らは船に乗せたままでいいわ。動力は魔法でも扱いには人手がいるからね」


 【星竜の翼】 が発見した内海の海賊の島に、ネレイド達による要塞を築いたそうだ。内海が何か、異世界から来た私たちには場所がわからない。ロブルタのある大陸のちょうど東側の地中海のような海らしい。


 海賊とか幽霊船とか、遊園地のアトラクションで見たようなものとは違うみたい。


「そういえばリエラさんが山賊や海賊に捕まった時の事を嬉しそうに話していたね」


 私が貰った指輪に収納されている時は、船がその要塞のある港タイプのダンジョンに戻るそうだ。咲夜の両親を呼ぶ、召喚魔法と理屈は同じなのかな。魔法に詳しい七菜子に後で聞いてみよう。


 海賊などに拐われると、かなり悲惨な状態なのがこの世界に来てわかった。二度も捕まっても、笑って話せるリエラさんは凄い人なのだと思う。なんかレーナさんとカルミアが、目を合わせてため息をついていたのは気のせいかな。


 レーナさんは頭がキレる。格好つけて、世話を焼いてくれる。でも時々抜けてるのがわかった。気をつけないと、とんでもない事になる。レーナさんの予定通りに、私たちをパゲディアン大陸の港まで転移で送ってくれた。



 救出に向かうパーティメンバーは、咲夜をリーダーに私、七菜子、ホロン、ハープさん、スーリヤさん、グラルトの七名だ。


 食料の支援や救出のためのサポートは、聖霊人形(ニューマ・ノイド)のヒュエギアとカルディアが咲夜の持つ魔本の指輪内で行ってくれる事になった。


「何度も言うけれど、あくまで咲夜と仲間の聖奈たちの支援はするわ。級友たちは自分たちで何とかさせなさいね」


 カルミアの言葉は厳しい⋯⋯とは思わなかった。咲夜のために救出の支援隊に手段や補助を提供してくれただけでもありがたい話だった。


 私も身に覚えがあるからわかる。甘い境遇の中で生きて来たから、誰かが何とかしてくれると、自分のことさえ省みなくなるものだから。


「揉めた後の事は聖奈、あなたが考えておくのよ」


 転移前にカルミアから、そう忠告された。レーナに協力させられて、異界からやって来る者達を見続けて来たカルミアは、自暴自棄になった連中を何人も見てきた。


 能力を手に入れたと錯覚して暴れ、魂を失ったものも中にはいたそうだ。


 熱くなりがちな咲夜にかわり、私は七菜子の助けを借りて冷静にいるように求められた。嫌な役割だ。そのせいで咲夜に嫌われるかもしれない。でも‥‥私にしか出来ない務めだった。

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