新章 第一話 世界が変わっていたのは聖女のせい?!
咲夜と私たちは元の世界へと戻って来た。異世界に飛ばされたというのに、こんなに簡単に戻って来れるなんて思っていなかった。
ただ──完全に元に戻ったわけではない。私は異世界で身に何もつけず真っ裸で放り出された。精巧に造られた聖霊人形と呼ばれる男の子バージョンの身体で。そして、親友の咲夜に五回も殺されたのだ。
私の自業自得とはいえ精神的にキツかった。その甲斐もあって咲夜とは仲直り出来た。身体は聖霊人形の男の子の姿のままだ。
「────予想はしていたけれど、私の家‥‥誰もいなくなっていたよ⋯⋯」
「聖奈⋯⋯後の事は大家さんとリエラに任せてウチに来な」
状況を教えてくれたのは、咲夜のお母さんのサンドラさんだ。リエラさんはサンドラさんの親友で、ライバルの女商人さん。変わり者だけど咲夜や私には優しい人で、お菓子をよく一緒に食べた。
もともと私の家族は母親が一人だ。不倫の末に父親と離婚したあたりから母親との仲はギクシャクしていた。
修学旅行での事故で、私が行方不明⋯⋯または死亡と聞かされて、母親は喜んでいたらしい。
同じ修学旅行で娘の咲夜が行方不明になり、心配する咲夜の両親に、私の母親は毒を吐いてアパートから退去していった。母親の持つわずかな貴重品や衣類が持ち出され、あとは放置されたままだった。
家賃も滞納していたから、夜逃げの方が近いのかな。何も知らずにいた私に、咲夜の両親は優しかった。サンドラさんの提案を聞いた咲夜も頷いて私の手を握った。
異世界へ行く前は惨めで仕方なかった。────でもいまは違う。あんな酷い母親を持ち、捻くれた私を咲夜の両親は受け入れてくれた。私は咲夜の家で一緒に生活するように促され、素直に承諾した。
「魔道具素材収納箱の指輪があるから便利だよね〜」
私と咲夜の使っていた異世界アイテムはそのまま持って帰って来ていた。持って帰って来たのは咲夜の指輪だけなんだけどね。
狭いアパートに大人二人、高校生二人は手狭だ。しかし私や咲夜には異世界でもらったこの指輪がある。
指輪には魔本が仕込まれていた。魔本を開くと中にある部屋に入る事が可能なのだ。空間内には寝室が四つ、リビングとキッチンにバス、トイレ、クローゼットがあり、何故か異界の扉につながるドアがあった。
「本の中のドアってさ、あの臭い錬金部屋に繋がってるんだよね」
「あぁ、あの人の部屋ね」
ドアの先にある部屋は、異世界へ飛ばされた私たちを助けてくれた狂った錬生術師カルミアの部屋だ。魔本の魔法機能がこちらでも使えるのは、彼女がそうして異界のドアを繋げたからだろう。
きっと実験体を逃さないためとか、検証するためとか理由をつけて見守ってくれている。ツンデレの塊みたいな人。
たまに酷過ぎる扱いをしてくるけれど、私も咲夜も錬生術師カルミアや、彼女を慕う仲間たちを信頼していた。臭いのは様々な薬品の元になる動植物の素材のせいなんだよね。
あと汚臭の要因は、体液などの成分とやらのせいか。その件はあまり触れたくないので咲夜も知らんぷりしていた。
私と咲夜は異世界と同じように、アパートの中で魔本を開き、一緒に生活をすることになった。これって一緒に暮らすことになっているのか? と、健一おじさんやサンドラさんは苦笑いしていたっけ。だからご飯は本の中ではなくて、アパートの部屋でみんなで食べるようにした。
「戻って来たのに、不思議な感覚だよね」
「うん⋯⋯そうだね」
咲夜の言いたい事は私にもよくわかる。現実感のない異世界の生活に慣れた所に、また現実世界へ戻ったのだから当たり前だ。時差ボケならぬ、異世界ボケって所だ。
咲夜は彼女がおじじたちと呼ぶ、幽霊のようなおじいさんを三体もくっつけられていた。こちらに戻って来ても、一緒に憑いて来てしまってる。だから魔本の空間があって良かったように思う。本の中はオフ機能とかがついてるらしいから。
咲夜の話を聞くかぎり、咲夜を小娘呼びするようだけれど、日常生活がずっと三人のおじさんたちに丸見え──って、嫌過ぎるよね。
「魔法関係なく憑いているんでしょ? でも魔本の中では見えなくなる仕組みって、どうなっているんだろうね」
異世界だからって、スイッチのオンオフのような守護霊って‥‥あり得るのかな。プライベートな空間に関しては、おじじたちの気分や意思次第な気がする。それ言うと咲夜が怒りそうだから黙っておいた。
「あたしが気になるのはさ、お父さんたちの前で、クサじいが召喚でお父さんたちを呼ぶとどうなるのかどよ」
「平行世界とかなんとか言ってたらつでしょ。私にもわからないよ」
召喚された時点で召喚側が平行世界の存在となり、ドッペルゲンガー現象のような状態になるんだとか。
咲夜が試さないのは、ドッペルゲンガー現象で自分を見たものは死ぬって噂だからだ。実際は本体へ融合消滅するんだっけ。生命がかかっているので、危機でもない状態で試してみなよとは言えない。
それにしてもゴブリンと戦ったり、雪狼に追われたりしない普通の高校生活の方が違和感を覚える。クローゼットにある見慣れた武器や衣服のせいで、違和感が残るのかな。
しばらくは使うことはない────この時の私はそう思っていた。
私たちが異世界に飛ばされたのは、この世界へ潜んでいた悪意ある存在の‥‥狂った復讐のためだった。異世界で身を滅ぼした一国の支配者が、偽の神となって太古の蛇神と手を組み、自分を滅ぼした世界を破滅させようとしたのだ。
私と咲夜はカルミアたちのいる世界で偽の神や邪神というのをを倒した。異世界転世させられた人は私たちの他にもいる。
私のように性別が変わったり、見た目が変わったり、本人ではなくなったりしていたけれど、死亡または行方不明になったと思われた級友四名も、無事にこちらに戻って来れたのだ。
「七菜子のやつ‥‥金髪美人の皇女さまの身体な上に、男の子になったっていうのに、両親には有無を言わせなかったみたいね」
私のライバルのような存在で、咲夜のもう一人の親友は、異世界の皇女ネフティスという少女の魂に共生するという、稀な転生を果たしていた。その皇女自身も太古の蛇神の器として用意されたもので、ややこしい。転生先がそんな状態にも関わらず、七菜子は生き延びた。
邪神を滅ぼした後は、私と同じ聖霊人形の身体へ移り、皇女ネフティスの身体は皇女さま自身に返した。その時に錬生術師カルミアと取引を行い、わざわざ男の子にしてもらっていた変人だ。
「七菜子があたしをあんな風に思っていたのが、未だに信じれないよ」
咲夜に対してグイグイ来るので、大らかな咲夜も流石に引いていた。女の子の時はかなり遠慮していたらしい。
「七菜子の腹は黒すぎるよ。委員長キャラを演じていたのは知っていたけどさ」
頭のキレる七菜子は、私と咲夜の関係が拗れていく隙に、咲夜の唯一の味方ポジションを獲得した。喧嘩の原因となった男があまりに下衆だったせいで、咲夜が高台から落ちたのを自分のせいだと感じている。
その件について話をしたわけじゃない。でも、わかる。私が嫌いなだけで、咲夜を傷つける気はなかっただろうし、私たちをずっと見ていたから、止めようと思えば止めれた事件だった。
あけすけになって腹黒さを隠さなくなったのも、きっと反省したからだろう。開き直りかもしれない。そしてライバルの私へは以前より当たりがキツくなった。
以前は知的で委員長な美少女だったのが、いまは金髪美男子なので言い寄って来る女の子たちが増えた。皮肉な事に、私を快く思っていなかった娘たちが、いまは逆に私を守る盾になっている。
「あたしと聖奈がくっつけば、あの子たちには都合がいいもんね」
咲夜もその方が煩わしく思わずに済むので助かるようだね。七菜子が悔しがるので、ちょっと嬉しい。
「金髪といえば、モブ男達も金髪美男子になったのに、今までとあんまり変わらないよね」
修学旅行で同じ班だったオタク男子のモブ男の二人は、異世界転生で皇女の兄たちと入れ替わりを果たした。
第三皇子ジャルス、第四皇子ビルスの二人だ。モブ男の話では、彼らは蛇神から解放される事を喜び、あっさり器を受け渡したそうだ。
「なんかねぇ、姿変わって登校を始めた当初はモテていたみたいだよ。でも中身は以前のままのキモオタだし、調子に乗るとあたしのお姉さんから雷が落ちるんだって」
「⋯⋯カルミアがよく頭に受けていたアレね」
「うん。金ダライじゃなくって雷だから、近くにいるとビリって来るみたいだよ」
モブ男たちの姿は、七菜子より男性的でカッコいい。普通に恋愛する分には雷は落ちないので、悪いのはやはりモブ男たちなのだろう。七菜子といい、モブ男たちといいせっかくの金髪美男子の姿を手に入れたのに、残念過ぎる⋯⋯。
そしてこちらに戻って来た級友はもう一人いる。いや、正確には戻ったのではなくて、逆転移してきた少年だった。




