序章 第二十四話 聖女として────せまられる選択
セティウス皇子の結末を咲夜から聞いた時よりも、ほんの少し前に遡る。
────私は咲夜を庇って死んだはずだった。聖霊人形と呼ばれる身体を皇子に切り裂かれ、咲夜にありったけの魔力を託して。
咲夜に何度もぶっ殺されて死の体験を味わい、私の魂は生きる気力をすり減らしていた。次はない、そう忠告されていたのだ。
次はない、それは蘇生出来るかわからないと言う事だ。魔法の力でいくらでも蘇る事の出来る世界でも、魂のあり様は私のいた世界と大して違いがないそうだ。
だから死ぬかもしれない局面で、咲夜が私を庇っていたのに気づいていた。錬生術師のカルミアは、彼女こそ「真の勇者」だと言っていた。咲夜には二つの世界の血が受け継がれている。召喚人などとは比較にならない強さになるそうだ。
私の役割は、彼女の心の負担を軽くする事。咲夜のために仲直りして、聖女として尽くす。
以前の私なら何よソレ! そう言ってキレていたと思う。でも今は違う。仲直りは私も望む所だったから。
咲夜のために死ぬのは本望だ。そしてその時は来た────
────────気がつくと薄暗い部屋の、冷たい石の床に横たわっていた。
奇妙な桃のような大きな型は、エルミィのプリッとしたおしりの型だ。やらかした罰として、定期的に尻拓を取られるってエルミィが嘆いていた。ものがわかると納得だけど、飾る必要あるのかな。
「……生き返って来れたの?」
そんなはずはなかった。咲夜を庇って皇子に切られた時に、私は魂の消耗よりも、咲夜を守れたことに満足してしまったからだ。
「気がついた? 魔王様に感謝しなさいな」
────ゴワンッと大きな金属の音がカルミアの頭で鳴る。どうやらカルミアがレガトを「魔王」呼ばわりすると、自動で頭に金たらいが落ちるようになっていた。
「魔王……いやレガトの加護?」
咲夜の事を頼むと言って魔力を付与された。消滅したのはレガトの加護の魔力だったのかな。
「魔女さんやあの人の魔法はよくわからないのよねぇ。『不死者殺し』なんて既に不死身に近いし」
レガトの仲間には凄腕の冒険者が沢山いる。その中でもアリルという剣士はこの世界の英傑と呼ばれる存在。
「あなたの加護は咲夜のためだけに発動するから勘違いしちゃ駄目よ?」
咲夜のためなら私も不死身に近いそうだ。何それ。咲夜が望むなら死ぬことも出来ないって。
「そういう約束でしょ。嫌なら、今だけ止める事出来るわよ」
「それってどうなるの?」
「死ぬだけよ」
正確には聖霊人形としての事らしい。私の身体はこちらの世界に転移を果たしていて、カルミアが私の魂の一部と共に預かっている。
「本体に戻るには、いまの身体で頑張って魂を鍛える必要があるのよ」
理由はなんとなく察している。元の世界での、私の死に方の問題だ。何度も咲夜に殺されたのも、カルミアなりに理由があっての事だった。
「レガトの加護があるなら、元の身体に戻って咲夜を助ける事も出来るって事だよね」
魔法の力についてはよくわからない事が多い。ただ剣聖アリルの話しを聞く限り、レガトや魔女レーナはリスクなしに蘇生の力を扱っている。
「……」
「……」
私が指摘するとカルミアが無言になった。黙っているつもりだけど、カルミアの心の声は、彼女の発明したアイテムでダダ漏れだ。
「無駄に知識がついて厄介ね。聖霊人形が子を成せるのか試したいのに」
この女……自分の研究のために堂々と嘘をついたよ。カルミアによって被害をよく受ける、ヤムゥリがくれた美声君とかいうアイテムセットのおかげだ。
カルミアは絶えず誰かと話し、ブツブツ煩いから普段は機能をオフにしている。でも、こういう時には役に立つ。
しかし駆け引きはカルミアの方が上手だった。
「七菜子と言ったかしら。あの娘は♂の身体を喜んで受け入れたわよ」
ローディス帝国の皇女ネフティスに憑依する形で召喚された七菜子。咲夜や私と違い、こちらの世界に身体がない状態だった。
咲夜の要望で皇女の身体から七菜子の魂だけを引き剥がして聖霊人形に宿らせたそうだ。本人の希望でわざわざ♂を選んで。
「あの娘、わたしのせいにして♂になったって咲夜に吹聴してるわよ」
カルミアはそのあたりは気にしない。実験体が増えるのに都合が良いからだろう。
「あの腹黒委員長め、本性全開で姿を現したね!」
不味い事態だ。咲夜の貞操が危ない。カルミアの余裕はきっと七菜子の気持ちを知って手を打っていたからだ。何なのこの人は。
元の身体に戻るリスクはないとわかった。けれどもこの悪魔のような錬生術師は、七菜子を利用し私も巻き込んだ。
「それともう一つ、あの呪術師ホロンって子は咲夜が好きよ。呪いから解放されて、真っ先に咲夜を見ていたからね」
カルミアのせいで半ば強制的に皇子を愛し、刺殺した呪術師。いまはグルグル巻きに魔力封じの縄で縛られ大人しくしている。
「あんな危ない地雷女、処刑しないの?」
私へ激しい敵意を見せていたので嫌なのよ。
「地雷女? あの子は男よ。あなたの世界だと男の娘って言うそうね」
「えっ、男の子なの?」
じゃあなんで、私に敵意を剥き出しにしたのだろう。
「わたしのかけた怨霊君の呪いのせいね。嫌がらせのつもりだったんだけど、怨霊君が気にいったようね」
元凶はカルミアだった。私をライバル視して敵意を向けたのも、歪められた情愛の同性のライバルと思われたからだった。
「つまり、敵意を向けられていたのってカルミアのせいって事だよね」
「そういうことになるわね」
やっぱりこの女、頭がどうかしてる。でも気持ち悪いからって、殺すのは違う。
「あの呪術師も被害者なのよ。帝国の術師としての裁きは受けるにしても、この有り様だからね」
カルミアは招霊君を呼び、外の様子を映像で見せてくれた。来た時に見た重厚な建物群や、立派な宮殿など跡形もなくなっていた。
私の意識がない間に、あの大きな邪竜や、七菜子と一緒に皇女に憑いていた蛇神が大暴れしたそうだ。
どうやったらあんな巨大な生き物を倒せるのか、見ておきたかった。現場には居たくないから良かった。
「それで、どうするのかしら」
答えは決まっている。ただ悪魔のようにニヤつくカルミアの思い通りになるのが腹ただしいだけだった。




