序章 第二十三話 聖女が恨まれるのは────頭のおかしい錬生術師のせいだった
「凄いでしょ! お父さんとお母さんが呼べたの!」
興奮する咲夜。召喚って魔物を呼ぶんじゃないんだね。あぁ、でも、あいつや七菜子達も召喚されたんだよね。人とか魔物は関係ないのか。
咲夜との関係がおかしくなる前は、家族ぐるみで良く遊んだな。咲夜の両親は若々しくて優しくて、サンドラさんは綺麗な人で羨ましかった。
私のお母さんは、どんどんおかしくなっていったけど、サンドラさんだけはずっと信頼してた。
咲夜は思わぬ形で両親と再会出来たと喜んでいた。でも実際は驚きで、戦場だというのに放心状態になって怒られたみたい。
咲夜のお母さんのサンドラさんは、もともとこの世界の人だ。この世界で冒険者として、咲夜のお父さん、ガウツというなの異世界人と出会った。
二人は互いに好意を持っていたのに、結局は結婚もせずガウツさんが亡くなった。諦めきれなかったサンドラさんは、ガウツさんの元の世界にまで押し掛けたから凄いよね。
私達の世界のガウツさんは、立花健一という人。私は健一おじさんと呼んでいる。正直に言うと、普通の人。咲夜は理解してなかったみたいだけど、サンドラさんが昔話してくれた冒険譚は、この世界での体験だと確信した。
召喚出来たのは咲夜に憑くおじじ達の能力だけど、用意したのはカルミアだ魔女のレーナのお膳立てだ。なんか家族関係がややこしいし、両親の状態の事も咲夜に聞くよりカルミアに聞いた方が早そうだ。
◇
────戦闘では皇子相手に一歩も譲らない。技量では押していた。
皇子は強かった。それでも強化した咲夜と、サンドラさんの連携が凄くて押していた。
私の仇討ちを誓う咲夜。魔力と体重を乗せたパンチが、皇子の顔面を捉えてぶっ飛ばした。
「ぶヘひゃゎ」
勢いよく殴り伏せられた皇子は、叩きつけられ肺の空気を吐き出した。
皇子はしぶとく立ち上がる。下衆で黒いアイツのようだ。
咲夜も自身の強化と、両親の召喚で魔力が枯渇して残っていない。
「あたしが────やる。あたしも聖奈との約束を守らないと」
殆ど気力で立っている咲夜は、身動きの鈍る皇子の振るう大剣を弾き、再び蹴りを放った。
「ぐっ、貴様ら、私はローディスの皇帝になる男だぞ」
皇子か信吾か、どちらかが叫んだ。性根は腐ってるのに、欲望への執着が凄い。ただ現実は傲慢な皇子にも平等に訪れた。
巨大な邪竜神が誕生して、その母体に皇子に分けられた召喚の魔力が吸い戻されていったからだ。
「ま、まっで、俺がわるがった」
回復もかからずヨレヨレのままの皇子が、みっともなく生命乞いをする。
戦意と殺意をぶつけ合っている時と違い、冷静さが戻ると咲夜はヘタれるのは私の時でわかった。
でも咲夜は迷わず魔銃を構えた。私との約束と、悪い因縁を自ら断つために。
傲慢皇子の最期は、身内からの裏切りだったみたいだ。咲夜達により破壊され壊れた鎧の隙間から、皇子自身の使っていた剣先が生える。
皇子のお付きの黒づくめの呪術師ホロンが、魔銃を構えた咲夜を見て、ニヤリと笑う。
その華奢な両手で、信吾にしっかりと剣を背後から突き刺していたのだ。
ケタケタ笑いながらホロンが剣を引き抜き、再び皇子を刺す。
「────ガハッ、やめ……ろ。き、きず……をなお────」
傷を治すのが仕事、そう言いたかったみたい。
「────貴方が、悪いんだよ。僕の気持ちを知りながら、異界の人間にまで手を出すなんてさ」
崩れるように倒れた皇子にもう一度剣を突き立て、呪術師ホロンは笑いながら言う。
……狂気じみた光景に、咲夜はただ魔銃を構えることしか出来なかった。
「ははは────帝国の未来を思えば、そこの娘だろうが、たくさんの娘と子を成せばいいさ。だけどね、聖女は駄目だ。その席に座るのは、愛し合っている僕しか許さない!」
もう一度、剣を持ち上げて深く突き刺す病んだ呪術師。体力がないのか剣が重いのか、突き刺す剣に縋るようにへたり込む。
皇子により倒れた聖奈が痛めつけられたように、黒い呪術師ホロンに刺され皇子は虫の息になった。
◇
咲夜は疲れ切っていて、この時のやり取りはあまり覚えてなかった。思い出したくなかったのかもしれない。咲夜に憑いたおじじ達が覚えていて呪術師ホロンの分析をしていた。
「……僕を殺すのだろう? この人は僕のものだ。僕が殺すことで、愛する最後を看取るんだ」
狂ってると思う。もう敵意はなく、ただ異様に私を憎み、皇子を恨み、愛する。
呪術でホロンがおかしくなった原因は、学園時代にカルミアが仕掛けたままの怨霊君のせいだ。
皇子に殴られた仕返しに彼女が皇子と呪術師が愛し合うような呪いをかけたらしい。
「あの女……」
皇子の怨霊君はカルミアが回収したが、ホロンのは放置したままだった。帝国と戦いになるまで、絶対忘れてたよね。
もともとホロンが皇子の命令で仕掛けた呪いのため、本人は呪術師であるのに気付けなかった。
「私に過剰反応するのは、♂だからってことか」
カルミアが私に下半身を丸出しにさせたり、私を使って煽りを入れたりしたのは、ホロンの敵意を利用するためだったのが、わかった。
「なんか、みんながあの人の首をキュッってやる理由……わかるよね」
なんとも言えない怒りがフツフツと湧くのは気のせいではないだろう。聖女といいつつ♂にしたのも、忘れていた仕掛けを思い出しただけの話しだった。
「ううっ、バステトに返り討ちされてもいいから締め殺してやりたい」
「その時はあたしも協力するよ、聖奈」
咲夜と私は共通の敵を見つけて、改めてガシッと握手した。
────皇子は、ホロンによりもう一度、剣を首に突き立てられて息絶えた。
皇子が死に、呪いから解放された満足気なホロンは、捕縛される。
邪竜神に全てを奪われた皇子だったものは、黒い灰のように消えてなくなった。




