序章 第二十話 聖女の背中には────咲夜がいた
ゴブリン達や雪山の魔物達と違い、蜥蜴の戦士や鰐の戦士は凄く強い。私と咲夜はカルミアの呼んだ猫人の戦士達と共に押し寄せる敵の一群へ突入した。
傲慢皇子にはカルミアの仲間のヘレナ、ティアマト、バステトの三名が足止めに向かう。でも皇子は、味方の魔物ごと剣の一振りで迫る三人を吹き飛ばした。
「フハハハハ!! 迎えに来たぞアストリア姫よ。……ほぅ、カルミアと咲夜もいるのか。それは都合が良い。まとめて俺が可愛がってやろう」
うわぁ、なんかスイッチ入ってるよね。アストは無感情に魔銃を放つ。動きの先を読んで当てたのに、ダメージはなかった。
カルミアと咲夜は、気持ち悪そうに顔を顰めた。体勢を立て直したティアマトが、防御を固めて殴りかかる。
「フン。いつぞやは叶わなかったかもしれんが、いまは余の力が上。消えよ」
「まずいわ────ティアマト、避けて」
咲夜と私にまっすぐに向かって来た皇子からティアマトが守ってくれたのに、アイツの方が魔力が上だった。
バランスを崩したティアマトの無防備なお腹に、皇子の持つ槍が貫く────。
ヒュンッと一筋の矢が飛んできて、皇子の槍を持つ腕を穿ち、槍の穂先は空を突く。
「落ち着いて、狙い所を観察して!」
屋根の上からリモニカさんが声を張り上げて鼓舞する。彼女の放つ矢が再び皇子に向かう。リモニカさんはレガトの仲間だ。同じ弓使いのエルミィが「あの人の弓は凄い」 そう言って興奮してたな。
魔力的にはリモニカさんよりも皇子の方が上。敵うはずがないのに皇子は一瞬嫌がって、無理に叩き落としていた。
ティアマトはその間に逃れる。入れ替わるようにヘレナが飛び込み、バステトも後に続く。初撃は吹き飛ばされた三人は、今度は人数差を活かし凌ぐことが出来た。
「さっきまで圧倒的に皇子の方が強かったのに、どうして?」
思わず私は疑問を口にする。私には、いまも皇子の方が強いように見えたからだ。
「脆弱な魂の結びつきを狙ったのね」
私の疑問に応えるように、リモニカさんの意図をカルミアが皆に伝えた。
セティウス皇子と信吾……最低な人間同士が奇跡の融合をしたことで、誕生した傲慢皇子は【魔人の勇者】 と呼ばれるものと同じくらいの力を発揮していた。
リモニカさんはそれを一個の相手とせずに、歪な魔力の綻びを狙ったのだそう。皇子とか我が儘そうだし、信吾は言わなくても傲慢だもんね。
「趣味嗜好の波長が合うから、魂の反発による能力の減退がないなけね」
「……ようするに、皇子にも弱点はあるのだな」
ヘレナ達が時間を稼いでいる間に、アストとカルミアが対策を練る。魔物の大群に囲まれながら、この二人は冷静だった。
「勇者のくせにドス黒いから、浄化が有効ね。それに切り札もまだ残っているもの」
カルミアがチラリと咲夜と私を見た。本当にやるの?
それでも皇子は強かった。うまく魔物を間に入れて、リモニカの追撃を防ぎ、ヘレナ達を惑わす。
ただ愉悦に浸る余裕はなくなった。業を煮やした皇子は、皇妹ネフティスと呪術師ホロン、それに潜んでいた部下達を呼ぶんだ。
咲夜と私の戦う場所と、皇子達との距離が完全に視界に入る位置にまで近づいていた。
アストの指示で、こちらも隠していた戦力を投入する。死神の鎌を持つバステトは猫っぽい黒猫の戦士達を呼び、咲夜と私を守ってくれた。
「部隊のものは寄って来る魔物を中心に倒せ。勇者達には敵わぬから、彼らとは対峙せず逃げたまえ」
アストが次々に指示を飛ばす。包囲の輪が再び押し戻されて、戦場は酷く陰鬱な死骸に溢れてゆく。
「先輩が、わたしに聞かなくても出来るようになったわね。これでもうわたしも不要。お払い箱ってやつだわ」
カルミアが嬉しそうに呟くのが聞こえる。ただ敵が奥の手を隠しているようで、何かブツブツ呟いていた。
「あの人……この状況下でも、馬鹿な妄想を口にするのね」
私の後ろから咲夜が呆れたように声をかけてきた。いつの間にか咲夜と私は二人で背中合わせになっていたようだ。
「たぶんカルミアは味方の側の戦況は依然として不利が続くのを、黙って見ているしかないのがもどかしいんだよ」
カルミアの気持ちは、私はよくわかる。自分に力があればって、何度も思って生きて来たから。
◇
顔がわかるくらいの距離になったことで、皇子が咲夜に気づき近寄って来た。皇女ネフティス、呪術師ホロンもついてゆく。十数名の暗殺者の部下達は進路を塞ぐ味方の魔物を排除する。
近づいたからわかる。その顔は完全に異世界の皇子セティウスのものなのに、ねっとりした目とニヤつく口は信吾そっくりだと。
咲夜は攻撃の手を休め、私を背に隠す。あいつの中では私は死んでいる。 自分の手で殺した女が転生して喧嘩状態の咲夜と一緒にいるなんて、考えてもいないだろう。
「この乱戦の中で、あっちもこっちも裏切りに合うと辛いのよね。どう扱われるかは知らないけれど、寝返るなら先に出て行ってもらいたいわね」
「ただし……容赦なく殺すわよ。たとえ、魔女さんや魔王さまにわたしが殺されても」
カルミアの呟く声がうるさい。いまさら裏切るなんて真似しないよ。エルミィやヤムゥリとは仲良しになったし、ノヴェルやルーネは可愛い。それにアストやカルミアの事だって好きだからね。
カルミアがなんかモジモジした。あれっ、結構照れてる?
咲夜はすでに皇子から目を離せず、ネフティスという皇女が誰なのか察して、カルミアの囀りが耳に入っていない。
「降伏するのか、咲夜。ははっ、なんだそこのちっこいの。お前、聖奈か。生きてやがったのか」
見た目は外人さんみたいなのに、中身がゲスい信吾とか最悪に気持ち悪いよね。そしてハッキリと生きていやがった、そう言った。
やっぱり私は信吾に殺されたんだ。憎いけど怖い。でも例え敵だらけの中でも、咲夜が側にいてくれるから不安はない。
皇子の後ろに控えている皇女は、目から涙を流して立ち尽くしている。おそらく七菜子だ。七菜子は眼鏡委員長のようなクールを気取っているけれど、私と同類で腹黒く、熱い女だ。咲夜を前に、感情が抑え切れなくなったのだろう。
「咲夜が許すなら、お前も俺様のハーレムに加えてやってもいいぞ。まあ、散々やって飽きたけどな、うわはっはは〜」
……キモッ。なんで咲夜はこんなの好きになったのよ。悪いやつに惑わされたって、わかりそうなくらいマジクズじゃん。催眠術みたいな魔法への抵抗力が、私達ののいた世界にはないから仕方ないのかな。私も奪うためとはいえ、付き合っていたのは事実だし文句言えない。
気持ち悪い言動をする皇子に対して、七菜子が、いつもの冷めた目というか、軽蔑の眼差しで見てる。
皇女は、咲夜と私が仲間のために皇子を引き付け時間を稼いでいるのに気付いたようだ。七菜子は以前から信吾が嫌いだから、何も言わないから今は助かる。
「────厄介ね。複数の魂が絡み合ってるおかげで自我が保たれているなんて」
カルミアから、皇女に注意するようにという声がした。いま複数って言ったよね。二人じゃないの?
「ホントッ性格おかしい!」
「なんのことだ」
咲夜は咲夜でおじじ達の話しと、カルミアの話しが噛み合わないようでイライラしていた。七菜子が目の前にいるのにもどかしいんのだと思う。
異世界で級友に会ったというのに、私達は元の世界と同じで仲良くやれそうにない。きっと操られてなくても、私はこの男を許さない。咲夜に触れさせない。邪魔をするなら七菜子だって……ね。




