第十四愛
テニス部のみんなに祝福され、わたしは楽しい一時を過ごした。
「みんな、ありがとう。おやすみー」
「凛、またね」「凛先輩、学校で」
「みんな、凛の為に集まってくれてありがとね。おじさんはみんなの短いスカートから出ている健康的な生足が見られて嬉しかったよ」
パパは場を盛り上げるつもりだったのであろう。しかし、一歩間違えればセクハラで訴えられてもおかしくない言葉を発した。
「もう! パパ! それ、セクハラだからね! パパのスケベ!」
パパは猛省したかのように項垂れた。
「あ、ごめん。そう言うつもりじゃ……」
「おじさん、大丈夫ですよ。凛! おじさんに言い過ぎだよ」
雰囲気を察した愛が場を取り持った。
みんなが帰った後、わたしは疲れた身体を癒すようにお風呂に浸かった。久しぶりの我が家のお風呂である。
「キャー! 気っ持ちいい! やっぱり我が家が一番だあ!」
――ドタドタドタ。
「り、凛! 大丈夫か?」
どうやらパパはわたしの発した「キャー!」に反応し駆けつけてくれたようだ。突然お風呂のドアが開いた。
「キャー! パパのエッチ!」
「大丈夫なのか? ならいいんだが……」
パパはそう言ってお風呂のドアを閉めた。
みんなが帰る間際、わたしは「パパのスケベ!」そう言った。パパの反省する顔をみて言い過ぎたかなと思い、わたしも少し反省していた。
しかし今、「パパのエッチ!」また同じ事を言ってしまった。言った瞬間わたしは「またやってしまった!」そう思ったけれど、パパの顔は何故かほころんでいた。
言われ慣れちゃった? それとも反省してないただのエロ親父? そんなふうに思ってしまった。
わたしはお風呂から上がるとパパに問いかけた。
「パパ! さっきわたしが『パパのエッチ!』って言った時、なんだか嬉しそうな顔してたよね? 娘にそんな事言われてなんで嬉しそうな顔できるの? みんなが帰る間際もあんな事言って! 恥ずかしいったらありゃしない」
問いかけたというよりまくし立てたの方が正しいかもしれない。するとパパは項垂れながら小さな声で言った。
「みんなが帰る間際、お前……スケベ! って言ったろ?」
「うん。言った」
「スケベってなんだかショックだったんだよ。それでお風呂に行った時、エッチって言ったろ?」
「うん。言った」
「スケベからエッチに昇格したって言うか……そんな気がしてなんだかちょっと嬉しかったって言うか。だから、つい笑顔になっちゃったのかも……」
わたしはパパの言い訳が可笑しくてたまらなかった。
「な、何よ。そのポジティブシンキング。あ、でもパパ。ありがとう。仕事も忙しいのに、毎日看病にきてくれて……。嬉しかった」
こんな事を言うつもりはなかったのだ。何故か自然と言葉が出てきてしまった。
「今更何言ってんだよ。パパは凛の為なら苦労も苦労の内に入んないって言ったろ? お前が元気でいてくれさえすればパパは幸せなんだよ。もう絶対病院には行かせないからな」
少し目を潤ませていたけれど、パパはきっとした表情でわたしの瞳を見つめていた。
「うん」
「そうだ、凛。明日天気がよければ少し身体を動かしにいくか?」
パパはそう言ってラケットを振る仕草を見せた。
「そうだね。市のコート? それとも学校行く?」
「そうだな。たまには学校に顔出すか」
わたしが高校に入学した時、パパはテニス部の顧問に挨拶をしに行った。顧問の先生はパパと同世代でパパの大ファンだったようである。それからというもの、たまに臨時コーチを頼まれたりしていた。
「それより、凛。出席日数足りなくて来年また三年生だよな。公式戦には出場できなくなるけど、くさらないで頑張れるか」
「うん。覚悟はできてるから大丈夫。あっ、麗奈と同級生になっちゃうんだね」
翌日の朝、世間ほようやく正月気分が抜け始めたのかスーツ姿のサラリーマンや制服姿の学生たちは少し急ぎながら歩を進めていた。わたしは新聞受けから取り出した活字の山を手に持ち門の外にある日常を眺めていた。
学校は休学しているのでわたし自身にほんとの意味での日常が戻ってきている訳ではないけれど、それでも目の前に広がる日常を見ている事が嬉しかったのだ。
そしてわたしは振り返り玄関へ入っていった。




