変な人 1
「知り合いなのは知っていましたけど……まさか本人まで出てくるとは予想もしていませんでした」
ウィガードという町についた。
ここが今回オランゼが提示した候補地となる町の一つだった。
ジケはオランゼの案内で、町の中の実際に体拭き事業の建物を建てる候補地を見て回っている。
他のみんなはウルシュナとルシウスの案内で町を見学している。
ちなみにルシウスの領地視察も兼ねているらしい。
ルシウスと護衛の騎士までいるので不安はない。
さらにちなみに、タミとケリが来ているのでグルゼイまでいるので、仮に悪党が手を出そうとも悪党の方に同情してしまうぐらいだ。
「そうしたところもここの町だとアドバンテージになりますね」
ルシウスという後ろ盾は強い。
ゴミ処理事業だって貴族が使い始めてから一気に広まった感じがある。
ルシウスの許可があり、認めてくれているとなれば受け入れてもらえる可能性はグッと上がる。
町についた時もルシウスは住人に歓迎されている雰囲気もあったので、効果はありそうだった。
「人脈、か。こればかりはなかなか広げることが難しい。俺の出自が貴族だったら少しは違っていたのかな」
オランゼは小さくため息をつく。
情報を握っていようと貴族に近づくことは難しい。
いくつかの情報で懐に入り込めるような貴族もいるが、そんな貴族は大体あまり権力を持っていないような者である。
仮にゼレンティガムと懇意にしようとしても、オランゼには到底手の届かない相手だった。
ゴミ処理事業を好意的に受け入れてくれたのにも関わらずだ。
時にジケが持つ人脈の広さが羨ましくなる。
優れた商品、優れた商才を持ち合わせていても、人との巡り合わせが悪くて世に出ないこともある。
その点でジケは優れた商品、優れた商才に加えて、広くて誰もが欲しがる人脈も持っていた。
自分が貴族だったら貴族との交流を持つことができたのか、とオランゼはありもしない仮定の話を考えてしまった。
「オランゼさんが貴族だったらこんなことしてないですよ」
貴族だったら、なんで仮定の話は意味がないとジケは思う。
そもそも貴族に生まれていたら、ゴミを処理することを仕事にしようなんて思わないはずである。
ゴミ処理をしている平民の商人が、貴族から敬遠されてしまうことは仕方ない。
だが貴族だったらなんて仮定をすると、そもそも歩む人生が違ったことだろう。
「俺が貴族だったら……今頃家で寝てますよ」
良い貴族に生まれていたら、ダラダラと過ごしていたい。
こんなふうにセコセコと働くことはなかった。
「ウソをつくな。君は仮に貴族だとしても同じようにしていた。むしろ貴族として始めた方が事業の速度は早かったかもしれないな」
「……確かにそうですね」
ゼレンティガムとかヘギウスとかお金持ちに生まれていれば何もしなかったかもしれないが、そこらの泡沫貴族なら生きるためにお金稼ぎはしていた可能性がある。
結局貴族でも生きるためにお金を稼ぐ必要があるので、結果的に馬車を作っていたことはありうる。
「ともかく、ここは割と良さそうですね」
ジケは目の前の大きく空いた土地を眺める。
人通りのある道に面していて、近くには冒険者ギルドがある。
冒険者が外から帰ってきて体を拭いて帰る、という客の流れが想定できた。
町のすぐ近くには川が通っている。
水を汲んでくるのもこの町は割と楽にできる。
下手なことしなきゃ、体拭き事業が受け入れられて軌道に乗っていきそうな良い場所に思えた。
「このようなところで何してるんですか?」
「えっ? うわっ!?」
今見ている場所が第一候補ではあるものの、他にも候補地はある。
移動して他の候補地も見学して、一応近くにある川も見に行こうと思って振り返ると近くに顔があってジケは驚いてしまう。
完全に油断していた。
「おや? どこかで見たような……」
ジケの後ろに立っていた人は鎧を身につけていて、オランゼもすぐに騎士だと気づいた。
顔もどこかで見たことがあるようだと目を細めるが、いまいち思い出せない。
人の顔を覚えるのは得意なので、仕事の関係であっていれば覚えているはず。
なのにはっきり思い出せないのは仕事以外で見たことがある可能性があるからだ、とパッと考えていた。
「……ブルンスディンさん?」
ジケは相手が誰なのかすぐに分かった。
後ろにいたのは、武闘大会の優勝者でもあるブルンスディンであったのだ。
そういえば前にもこんなことがあったなと思い出す。
なぜいちいち後ろに回り込み、距離も近いんだと思ってしまう。
しかも毎回油断しているタイミングで。
「お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりです……」
ブルンスディンは平然と挨拶をする。
相変わらず独特の雰囲気がある人だった。
「どうしてこんなところに?」
「なぜここにいるのか聞かれますとそれは仕事だからです。私は王国の騎士であり、王命によって動いておりますので今回こちらに派遣されてきたというわけです。質問の意味がどうして後ろに近づくのかということでしたら、やはり驚かせてやろうというほんの少しの冗談もありまして」
そうそう、こんな人だった、とジケは思った。
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