前向きな別れ
「トルオアのためなら……キリエ、お願い」
「エルオア……」
「私なら大丈夫だから」
反乱を起こす。
このことを伝えると男たちは驚いていた。
当然のことだろう。
だが同時に理解も示してくれた。
それほど王様の息子は王として相応しくない人なのである。
反乱に手を貸してほしいとキリエがいい、エルオアもお願いした。
エルオアの双子の兄であるトルオアが今どのような人物なのか分からないために、少し難色を示すところはあった。
反乱に加担しろなんてその場ですぐに決められることじゃないのは、みんな理解している。
よく考えればいいと伝えて、返事は急がなかった。
ただジケたちだってずっと同じ場所に留まっていられない。
男たちを連れながらも移動は続けた。
抵抗はしないというのだけど、流石に信用はできない。
武器を取り上げて手を縛り、何があってもいいように警戒はしていた。
男たちは夜な夜などうするか話し合っていて、結論が出たのは数日後のことである。
「あなたの力が……きっと彼には必要になる」
「ですが……」
「もうここまで大丈夫だよ。それに……守ってくれる人もいるし」
男たちは反乱に加わることに決めた。
どの道、愚かな王が誕生すれば家は終わる可能性がある。
ならばわずかな希望にかけてみるのも悪くないと思ったのだ。
しかし味方すると決めたとて、いまだに信用はない。
トルオアがどこにいるのか簡単に教えるわけにもいかない。
ここでエルオアが決断したようにキリエにお願いをした。
トルオアの反乱を手伝ってほしい、と。
ずっと悩んでいたらしい。
キリエはエルオアたちにとっても最大級の戦力である。
エルオアを守るために、今はエルオアのそばにいるけれど、本当なら反乱を導くトルオアのそばにいてくれたほうがいい。
襲撃は撃退したし、もう到着も近い。
このまま男たちを率いてトルオアの助けになってほしいと、エルオアは願い出たのである。
「やっぱり……心配なの」
エルオアはグッと口を結ぶ。
ここ数日はユディットという存在のおかげでだいぶ心が軽くなっていたけれども、どこかに自分の片割れたるトルオアのことを思っていた。
反乱が確実に成功するなんてことは誰にも言えない。
失敗すればトルオアはエルオアのことを口にもせずに、自分だけ責任を取るつもりだった。
少しでも反乱の成功率が上がるなら、キリエの力は戦場で発揮してもらいたいと考えていた。
同時に自分に何か起こればトルオアの邪魔になるのも分かっていたので、キリエに行ってくれとも言い出せなかったのである。
今はもう安全といえるところまできた。
ユディットも守ってくれる。
一回攫われてるのに大丈夫か? とジケは思うものの、そう何回も特殊な魔獣持ちの誘拐犯が来ることはないだろう。
「キリエ、お願い!」
「……トルオア様と同じようなことを言うんですね」
「えっ?」
「……仲間内でも多少の議論があったのです。私は反乱の方に加わるべきだという」
キリエは困ったように微笑んだ。
今はキリエたちは少数だが、一緒に逃げて潜伏していたり反乱のために集めていた仲間は他にもいる。
キリエが反乱に加わらずにエルオアの護衛となることに、物申す人もいたのだ。
「ですがトルオア様が、すべての意見を一蹴して私にエルオアを守るように言ったのです」
反乱を起こすトルオア本人が、エルオアを守ることを選んだ。
もしトルオアがキリエに反乱への参加を望んでいたら別の人がエルオアを護衛していたかもしれない。
ただそうならなかった。
今度はエルオアが、キリエにトルオアを守るようにお願いした。
男女の違いもあるし、色々と性格的にも違う。
だけどエルオアとトルオアの兄妹は、互いを思い合っているというところで同じだった。
「そう……だったの」
「あの子も大切な息子みたいなもの……私が彼らを連れて行きましょう」
キリエは優しい笑みを浮かべながら頷く。
エルオアとキリエは見つめ合い、どちらからでもなく互いを抱きしめあった。
「反乱が成功したら……あなたのところに戻ってくるから」
「うん……待ってる」
「任せてください、キリエさん! 私がエルオアを守りますからー!」
「わ、私もです!」
ウーキューとシェルティは残る。
二人もやる気を見せていた。
「ユディット君」
「は、はい!」
キリエがユディットに視線を向ける。
ユディットは背筋を伸ばして真剣な顔をする。
「この子のこと……お願いね」
「……もちろんです。私が守ります」
キリエのお願いにユディットは力強く答えた。
「泣かせたら承知しないわよ」
こうして、キリエは男たちを連れて反乱に加わることになった。
ユディットは出発する前のキリエから一冊の本を受け取っていた。
キリエが習った剣術についての指南書のようなものらしい。
直接教えることは今はできないが、本の内容に従って学んでいけばある程度習うことができるようだ。
「反乱成功すればいいな」
「きっとしますよ」
悲しい別れではない。
いつかまた会えるだろう。
ジケたちはキリエと別れて、再び馬車を走らせるのだった。




