たかがスライム、されどスライム3
「こうなりゃ……!」
もはやシャドウ男ではキリエに勝つことなどできないだろう。
シャドウ男は血走った目をエルオアに向けた。
「そうはさせ……」
「こっちくんな!」
シャドウ男がエルオアに向かう。
キリエは後ろからシャドウ男を斬りつけるが、シャドウ男はためらいもなく地面を転がって剣を避けた。
「くっ! 卑怯な!」
「生き残るために卑怯も何もあるかよ!」
転がる時に掴んだ土をキリエの顔に投げつける。
やり方としてはかなり卑怯なものである。
誇りある武人なら地面を転がることなんてしないし、今時子供でも相手に土を投げるような戦法はとらない。
だがシャドウ男にプライドなんてものはなかった。
「こっち来るな! きたらぶっ殺すぞ!」
シャドウ男は腰に差していたナイフを抜き取ると、エルオアの首元に突きつける。
「くっ……!」
地面を転がり、土を投げつける。
卑怯なマネでもためらないなく行うことを、すでにシャドウ男は見せつけた。
ただの脅しか、本気でやるつもりなのか判断がつかずにキリエは険しく眉をよせる。
ただジケとユディットが相手をしている男たちも、シャドウ男の脅しに驚いている。
殺されたら困るという感じがあった。
少なくともただ殺すのではなく、男たちは誘拐するつもりなのだろう。
「近づくとこの娘を殺す! お前らも戦うのをやめろ!」
グッとナイフを近づけてシャドウ男は叫ぶ。
シャドウ男の顔色はかなり悪い。
腕を斬られているのだから、ダメージは小さくない。
出血もかなり多いだろう。
そんな相手がただの脅しで済ましてくれるかはかなり疑わしい。
「ほいっ!」
「ぐあっ!?」
「はっ!」
「うわっ!?」
「な……お前ら聞こえなかったのか!」
しかしジケとユディットはそのまま相手を斬り倒す。
シャドウ男は自分が無視されたように感じて、青い顔を怒りで僅かに赤くする。
「キリエさん!」
ジケはキリエに視線を向ける。
キリエと違って、ジケの目には一切の不安もない。
「……じゃあ、ユディット!」
「承知しました!」
ジケの視線の意味はキリエも理解した。
大丈夫だからそのまま戦えというのだ。
けれども、キリエにはエルオアの命を天秤にかけることはできない。
ユディットがジケの命を受けてシャドウ男に向かう。
キリエと違ってユディットには、エルオアの元に向かうことにためらいがない。
これがここまで培ってきた信頼関係というものだ。
「……くそっ!」
両腕が万全ならばユディットになんて負けないシャドウ男だが、今は片腕も剣もない。
ほんの一瞬の迷いを見せたが、ユディットを止めるためには脅しではないことを見せねばならないとシャドウ男は考えた。
「ダメ……!」
シャドウ男はナイフをエルオアの首にナイフを押し付けた。
「なに……」
軽口でも見せてやるつもりだった。
しかしナイフはエルオアの首に突き刺さることはなかった。
「エルオアを放せ!」
「ちくしょう! 何なんだ!」
ナイフにさらに力を込める。
それでも刃は首に刺さらなかった。
「クソが!」
どうしようもなくて、シャドウ男はエルオアのことを押してユディットに投げつける。
エルオアを縛り付けていた黒い影がシュルシュルと解けて、シャドウ男の影に吸い込まれていく。
ユディットは抱きかかえるようにしてエルオアを受け止めた。
エルオアの首元には青くて透き通ったものが見えた。
それはフィオスだ。
シャドウ男が必死にナイフを突き刺そうとしても突き刺さらなかったのは、フィオスが金属化して防いでいたからだった。
追跡から守護まで何でもござれの万能スライムがエルオアのそばにいる。
キリエは信用しきれなかったのかもしれないが、ユディットはジケとフィオスならばと絶対的な信頼がある。
「終わりだな……」
何にしても状況は詰んでいた。
人質をとらなきゃいけないような状況なんて、そもそも追い詰められている。
人質を手放せばキリエ、手放さなくてもユディットに攻撃される。
どっちを選ぶかということであるが、どっちを選ぼうとエルオアに手を出した時点で二人ともお怒りである。
「うっ!」
エルオアを手放したのだから襲い来るのはキリエである。
「チッ……」
「遅い!」
シャドウ男の足元が影の中にズプリと沈み込む。
逃げようとしている。
ただ、キリエの方が速かった。
影の中に沈み込んでいくシャドウ男の体をキリエが切り裂いた。
「あっ、ごめん……」
「ん、別に……」
「ユディット、お前はエルオアさんのこと守ってろよ」
顔が近くてユディットはパッとエルオアから離れる。
ロマンスの気配をさせるのはいいけど、敵はまだ残っている。
ジケはユディットにエルオアを任せて、キリエと共に残りの男たちを倒したのであった。




