二つ名の傭兵2
「ふふ、いいお母さんですね」
「お母さんと言われると……ちょっと違うような気もするけれどね」
ジケのお母さんという言葉にキリエは苦笑いを浮かべる。
確かにエルオアのことを娘のようには思っている。
ただ同時に妹でもあり、友達でもあり、守るべき君主でもある。
実際に自分が産んだわけでもないし、母親を自称するのはちょっとはばかはれた。
「まあいいんじゃないですか?」
ジケにも自称母親が一人いる。
息子にならないか? という誘いを何回受けたことか。
なんだかんだで母親でも悪くないかなとは思っていたりする。
ただ今はもうエニの母親である。
まだ狙われているような気がしないでもないが、養子にならないかどうかはともかくとして母親としてなんでも言いなさいとは言ってくれるのだ。
だから別に血が繋がっていなくとも母親であってもいいと思う。
「若くて美人な母親、いいと思います」
「若くて美人、だけ受け取っておきましょうか」
キリエは冗談っぽく笑顔を浮かべる。
「じゃあ、お姉さんですかね」
「そっちの方がいいわね」
「ちなみにお姉さんはウチで働くことに興味はありません?」
「あら? そんなスムーズなお誘い初めてだわ」
なんとなくいい雰囲気なのでちょっとキリエもお誘いしてみる。
エルオアから引き剥がすつもりはない。
ただキリエにだって仕事は必要だろう。
何をさせるつもりなのか聞かれても、まだ特に決まってはいない。
ユディットの師匠でもして、リアーネの相手してくれたら嬉しいかなとは思う。
ついでに自分も手合わせしてもらえたらもっと嬉しい。
「ん!」
「う、ひゃっ!?」
「でっ!?」
ジケの魔力感知の範囲に何かが飛び込んできた。
馬車の前の方からで、人のように見えた。
ユディットが剣を抜いて対応する。
一連の状況を魔力感知で見ていたジケは馬車が止まるかもと、両手を横に広げた。
案の定馬車は急停止して、リアーネとエニの体が慣性で前に動く。
上手く二人が飛び出すことを防げたのだけど、咄嗟だったのでちょっとやり方がまずかった。
リアーネの方はお腹に手が当たる形になったのだけど、エニの方は前に飛び出そうとしたのを押さえた時に胸に手が当たってしまったのだ。
何か柔らかいものに触れたなという感じは一瞬で、エニにほっぺたを引っ叩かれた。
「どこ触ってんのよ!」
エニは顔を真っ赤にするが、ジケの頬も手のひらの形に真っ赤になっている。
「別に触ろうとして触ったわけじゃ……」
不可抗力だった。
一瞬の判断で腕を伸ばした結果胸に触れてしまっただけで、わざとではない。
エニに睨まれてジケは仕方なくフィオスを頬に当てる。
冷たいような、冷たくないような、あまり頬の痛みに効いている感じはない。
ただフィオスからジワリとポーションが染み出してきて、ようやく痛みがマシになる。
「敵襲です!」
エルオアが馬車の戸を開けた。
外からは金属がぶつかる音が響いてくる。
ユディットが戦っているようだ。
「リアーネ、お願い……」
すっかりしゅんとしてしまったジケがリアーネに指示を出す。
「お、おう……」
私なら胸ぐらい揉ませてやるのにな。
そんなこともちょっと思いながらリアーネは馬車を出る。
「ユディット、大丈夫そうかー?」
「意外とキツイです!」
出てみるとユディットは一人の男と戦っていた。
普通の剣よりも幅の広い大きめの剣を使っている男はユディットのことを圧倒している。
今はなんとか耐えているが、このまま放っておいたらユディットは長いこと持たなそうだとリアーネは思った。
「ただ向こうからも来てんな」
すぐ助けてやりたいところだけど、道の向こうから武器を手にした男たちが向かってきている。
以前襲いかかってきた襲撃者は暗い夜に、顔を隠して襲いかかってきていた。
今回の襲撃は真っ昼間、相手の男たちは鎧を着ていて顔も隠していない。
割と年齢層も高そうだとリアーネは感じた。
「あの男の方はあなたに任せてもいいかしら? 私は……あっちの集団を」
「分かった。あっちは任せるぜ」
キリエも馬車を降りてきていた。
ユディットと戦う男の方はリアーネが任された。
「ユディット、交代だ!」
「チッ!」
軽く何ヶ所か傷をつけられているユディットに代わって、リアーネが男に斬りかかる。
男はリアーネの攻撃を受け止めた。
重たい一撃を引くこともなく防ぎ切るのを見て、男の実力はかなり高そうだとリアーネはニヤリとする。
「ユディット、一回下がって治療を受けろ!」
それほど大きな怪我をしているわけではないけれど、万が一の可能性もある。
ジケはユディットに声をかけながらキリエの手助けに向かった。
「キリエさん、手伝います!」
「……彼らを殺さないでほしいの」
「えっ?」
相手の剣を防ぐジケは意外な言葉に驚いた。
よく見ると倒されている人も斬られているのではなく、上手く気絶させられている。
何か事情があるんだなとジケはすぐに察した。
「フィオス!」
ジケはフィオスを手元に呼び出す。
軽く跳ねたフィオスはジケの剣を包み込んでいく。
剣を包み込んだフィオスは自らの体を金属質に変化させて、あっという間に非殺傷性の武器の出来上がりだ。




