騎士の背中2
「時には自分で判断して、自分で動くことも大切だぞ」
ユディットが自分で動けない奴、というつもりはない。
だけどジケの指示に忠実で、ジケの指示を何より優先するところがある。
ジケとしてはありがたい話だが、ユディット自身の判断能力も尊重して鍛えてやらねばならない。
これはいい機会かもしれない。
何が必要か判断し、時には恥を忍んで助けを求めるのも見極めることも大事だ。
「俺の指示だけ聞いてちゃダメだぞ」
「真逆のこと言う人も多くいるんですけどね」
とにかく指示だけ聞いていればいい。
自分の意思などなく、自分で判断することを許さない。
そんな人だっている。
だけどジケはそんなことを求めない。
「頑張ってみます。エルオアたちが、快適に暮らせるように俺も色々考えてみます」
「ああ、頑張れよ。もちろん俺もいつでも動けるようにはしとくからさ」
「ありがとうございます」
「まあ、まずは帰ることから、だけどな」
「……何もないと、いいんですけどね」
こういった時、何もないことなんて、これまでなかったよな。
そんなことを言いかけて、ジケはやめた。
「何もないって」
何かありそうと言えば、そうなってしまうかもしれない。
ここは何もないだろうと前向きに思っておくことにした。
「でさ、ジケって……」
「えー、ほんとー!」
「ふぅーん! なかなかだね!」
「……中では会長のこと話してるようですね」
「気になるから触れないでくれ」
相変わらず女子会は続いている。
なんだかエニがジケのことを話しているようだけど、何を話しているのか聞くのも怖く、聞いてしまって変に口を挟みたくなるのも怖い。
知らないことにしよう。
何も知らなきゃ、何も思わない。
ジケは渋い顔をする。
「きっと褒めてるんですよ」
「本当かぁ? こんな会話で俺のこと褒める内容出てくるとは思えないけどな」
「会長はステキなところばかりですからね」
確かにユディットならどの角度からでも褒めちぎってくれそう。
だが今話しているのはエニである。
あんまり怒られることの少ないジケを結構怒ってきた相手だ。
「気にしない、気にしない……」
こんな時にはフィオスをかぶって耳を塞ぎたくなる。
しかしフィオスもちゃっかり女子に混ざっているので、そんなこともできないのであった。
ーーーーー
「もうすぐプロビスを抜けられそうだな」
ジケは地図を眺める。
出発前に見ていたざっくりとした国の配置だけが描いてある地図ではなく、プロビス、および隣国の細かな道が描いてある詳細な地図である。
多少高かったけど腐るものでもないので買ったのだ。
ここまでできるだけ人通りがありそうな太めの道を選んできた。
これからもそうして移動をしていくつもりだ。
ただ大きな都市から離れていくと人通りは減る。
それはしょうがないことだし、どうしてもルート的に大きな道がなかったり通れなかったりすることもある。
今はプロビスの国境付近までやってきた。
いまだに襲われるような気配はない。
「前の町からそのまま向かった方が良かったな」
ただここから次の町まで遠く、ちょっとルート選びを失敗した。
間に村があるからと思って選んだ道だったが、一つ前の町から直接国境を越えていく方が通常使われるルートだったらしい。
なんか人通り少ないなとは思ったのだ。
別にジケたちが使うルートでもいけるし、時々こちらに来てしまう人もいると村人は言っていた。
「次の国でまた地図買わなきゃな」
実際そんな地図なんて買う必要はない。
普通の人は大距離を移動しないし、大きく移動する時は人に道を聞いて大きな道を通れば大体目的地に着く。
地図は意外と高いし、おそらくこの先ここら辺に来ることもないだろう。
それでも地図を買う。
言うなれば一つの記録みたいなものだとジケは思っていた。
過去ではほとんど貧民街から出ないようなものだった。
それが今じゃいろんな国に行った。
通り過ぎるだけのような国も多いけれど、自分の足で踏み締めて一度でもその国の上に立ったことは間違いない。
地図を買ってとっておくのは自分がそこに行ったのだと、記録しておくためのもののような感じである。
ちょっと振り返ってみた時に、もう使わないだろうたくさんの地図が出てきたら面白いだろう。
「ふぅ……」
ジケはいそいそと地図を丁寧に畳む。
「リアーネ、ユディット、問題発生だ」
ジケは小さくため息をつく。
「おっ、とうとう来たか?」
「このまま何事もなくいけるかと思ったんですけどね」
「一体何が?」
ジケの言葉を受けてリアーネとユディットの雰囲気が変わった。
キリエはそれを見て不思議そうな顔をしている。
「…………どうやって」
キリエがハッとした顔をした。
いつの間にか周りを人に囲まれている。
日が落ち、焚き火の明かりでは届かない暗いところに息を潜めた人が何人もいる。
囲まれてようやくキリエも気づいた。
なのにジケはキリエよりも早く敵の存在を感知していた。
「これが俺の能力なんですよ」
ジケはニヤリと笑いながら地図をちゃんと荷物の中にしまう。




