ユディットの出自4
「……俺たちに反乱を手伝えと?」
仮に反乱で手に入れた地位と言っても、今はもう相手は王となっている。
もはや反撃とはいえず、今王に対して行動を起こせばそれは反乱に他ならない。
流石にそれは手伝うというには重たすぎるとジケは顔をしかめる。
「いえ、流石にそのようなことはお願いできません」
キリエはゆっくりと首を横に振る。
反乱を他国の人間に手伝えなんて、それはもう最終手段すぎる。
自分たちの手で成功させなければ、他からの介入の可能性という後顧の憂いを抱えることになる。
やるなら自分たちだけで。
キリエもそう考えていた。
「じゃあ、何を?」
「亡命した前王の子はお一人ではないのです。双子の男女……お二人いらっしゃるのです」
「二人……」
「今回は兄であるトルオア様……元王子が国を憂いて挙兵する形になります」
「ということはもう一人の……」
兄の方が動くということは、自ずと残るのは一人である。
「そうです。エルオア様は今回表舞台には出ません。いえ、それどころか、今後はいなかったものとして暮らそうとしています」
「なるほどな。成功しても失敗しても……責任は自分だけ負うつもりなのか」
何が言いたのか分かってきた。
前王の子供、双子の兄であるトルオアを旗印として反乱を起こして王座の奪還を狙う。
失敗すればただの反逆者であり、命を失うことは避けられない。
だが成功したとて茨の道だろう。
内紛で荒れた国を建て直すことは容易ではない。
ジケの国だって厳しい状況に置かれていた。
過去のことを知っているジケが介入して早く内紛が終わったから被害が少なかった。
そしてジケの介入できないところでは王様の手腕が良くて、たまたま上手くいったというだけに過ぎない。
勝ったとしても国の舵取りが上手くいかなきゃ王座に座っていられる期間は短いかもしれないのだ。
妹であるエルオアは非常に微妙な立場になるだろう。
次の反乱もチラつくし、国の安定のための政略結婚という話も出てくる。
きっとどこかとの政略結婚はしなければならなくなる。
「ジケ様はこの国の中でも実質的に権力を持っているとお聞きしました。エルオア様もこちらの国に亡命させたいと考えているのです」
反乱の旗印として担ぎ上げられたり政略結婚を強いられるぐらいなら、最初からいないことにしてしまおうというのだ。
責任なく幸せに暮らしてほしいということなのだと、覚悟を感じた。
「本来ならウェドンさんを頼るつもりでした。彼なら……受け入れてくれると」
ウェドンにエルオアを任せるつもりだった。
この国にいることは知っていたのでなんとか探し出して頼み込む予定であったのだ。
実力のある人だったのであわよくば貴族や良い仕事を手に入れていてお金に余裕があるかもしれない、なんて希望も持っていた。
「どうかエルオア様をこちらに匿っていただけないでしょうか!」
キリエはテーブルに額がつきそうなほどに頭を下げる。
「……ユディット、お前が決めろ」
「わ、私がですか?」
「今回のことについては俺は関係ないからな。お前が持ってきた話だから、お前がやるというならやろう」
ジケとしては別に匿うぐらいならいい。
事情は理解するし、今はそれぐらいのお金も平気である。
だけどこの話はジケの話じゃない。
ユディットの話である。
自分の忠誠の騎士がやりたいことを応援してやれないほどの主君ではないが、やるべきだという強い気持ちもない。
ユディットがやるかやらないか決めるべきなのだ。
急に判断を任されたユディットは困ったような顔をする。
キリエを連れてきて、この感じの口ぶりではジケならなんとかできると話したことは間違いない。
なんとかしたいという思いは、いくらかあるのだろう。
ただ反乱が成功すればいいけれども、失敗した時には匿っていることがリスクになるかもしれない。
総合的に考えた最後の一線を越えるのは、ユディット自身の判断によってだ。
「……実際に逃亡していた時のあまり覚えていないんです」
長いことユディットが悩み、静かな沈黙の時間が流れた。
ぬるくなり始めたジケの紅茶もフィオスが飲み干してしまったので、ジケがティーポットに残った濃いやつもカップに注いでやった。
お茶請けのお菓子と濃くなった紅茶を巧みにフィオスは堪能していたのである。
フィオスが濃い紅茶すら飲み干したぐらいになって、ユディットはようやく口を開く。
「ですが……エルオア…………のことは少し憶えてるんです」
一瞬様をつけるかどうか悩んだ。
小さい少女の姿がユディットの脳裏にあった。
当時は様をつけて呼んでいたことをキリエから話を聞いて思い出した。
ただ仕えていたのは父親であり、今のユディットはエルオアに仕えているわけじゃない。
エルオアは王でもなく、様をつけるかべきか迷いがあったのである。
でも様はつけない。
あくまでも今は対等な関係だ。
「助けられるなら……助けたいと思います。会長は、いろんな人を助けてきました。俺も……そんな人になりたいです」
頼まれて色々な助けて、トラブルに巻き込まれて、大変そうだけど、ジケの姿はカッコいいとユディットは感じていた。
自分の主君に理想の姿を見た。
ユディットはエルオアを助けたいと思う。
ジケならどうするか。
きっと助ける。
ユディットは背筋を伸ばして、まっすぐにジケの目を見つめた。
「……そうか。なら手伝おう」
ジケはニッコリ微笑む。
本当の本気でジケが協力すれば、ベルンシアラを動かして反乱を支援することだってできる。
だけどそんなことはしない。
ちょっと手助けするだけ。
ユディットのことも分かったし、それぐらいならしてもいいだろうと思ったのだった。




