ユディットの出自1
「さて……どうかな?」
武闘大会は終わった。
長かかったような、短かったような、どちらにも思える。
今護衛にはニノサンがついてくれている。
武闘大会の一位は賞金に加えて、できる範囲で国に願いを叶えてもらえる権利が生じる。
しかしキリエは願いなどないとこれを拒否した。
最後までなかなか自分を通した人であった。
ということで二位と三位の二人にその権利が降りてくることになったのだ。
二位の人が何を望んだのかは知らないが、三位のリアーネが何を望んだのかは知っている。
それは孤児院でもある教会への支援拡充だった。
建物を補修し、孤児の子どもたちがもう少しまともに暮らしていけるようにしてほしいと願った。
そんな願いを断るわけにはいかない。
王様は二つ返事で受け入れて、リアーネは教会をどうするのか細かく話を詰めるために今はいないのであった。
「まあアイツがいなくなっても私が代わりになりますよ」
「別にそこは心配してないけどさ」
ユディットの方も一位なので、何か叶えてもらえる。
ただいきなり何か叶えてもらえるといっても結構困る。
そもそもユディットはそこそこ満ち足りてた。
ジケの護衛やアラクネノネドコ作りという仕事がある。
住む場所もあって、アラクネノネドコがあれば寝るのも高級ホテル並みに快適。
給料はちゃんと出ているし、ジケがどこか遠くに行くたびにボーナスももらえる。
ジケのついでに、グルゼイやリアーネに剣を教えてもらったりすることだってある。
タミとケリが料理を作ってくれることも多くて食費も浮くし、剣は自前の魔剣を持っている。
お金だって散財することもないのだから溜まっていく一方だったりするのだ。
だから何が欲しいと聞かれても困ってしまった。
仕えるべき主君がいて、他に欲しいものなど考えたことないのだから当然の話である。
ちょっとだけ恋人が欲しいと頭をチラついたが、それは王様に要求すべきことではない。
むしろそんなこと口にすれば政略結婚の話でも舞い込みそうだ。
「キリエさん……何の話があるんだろうな?」
ともかく今ユディットがいないのは願いを叶えてもらうためではない。
キリエに呼び出されていたからだった。
話があるとパーティーで言われていた。
今はキリエの泊まっている宿にユディットは行っている。
パーティーでの態度を見るに、ユディットを引き抜くとかそんな話ではないだろうとジケは読んでいる。
だがどんな話をしているのかは分からない。
他人の話に首を突っ込むのは良くないけれど、気になってしまうのはしょうがないのだ。
「ニノサンは大会でなくてよかったのか?」
ニノサンの実力なら入賞もできたはずだ。
ブルンスディンとどちらが強いのかは分からない。
でも少なくともあっさり負けることはないはずだ。
「あまり大会などに興味はありません。ただでさえ目立つのですから」
「まあ……そうか」
相変わらずニノサンの容姿はいい。
それはジケも認めている。
もし仮にニノサンが武闘大会で入賞して、パーティーに参加することになったら人が集まっただろう。
自分のところの騎士になってくれという人もいれば、それ以外の目的の人も出てくるかもしれない。
例えば娘の相手に、なんてこともある。
ひどければ愛人にするつもりで声をかけるような人もいるかもしれない。
「今はもう落ち着いたとはいっても私は元々王弟側の人間でした。私のことを知っている人もいるかもしれませんし、よく思わない人もいるかもしれません」
ニノサンは元々敵だった。
内紛の時には、王弟側の人間としてジケに剣を向けたこともある。
もはや内紛は過去のことだ。
王弟は行方不明となって、国は王様が完全に掌握している。
王弟側の人間で処罰された人も多いが、王弟側の勢力圏にいたから仕方なくとか優秀な人は生かされて普通に暮らしていたりする。
ただの兵士も国の兵士として新しく主人を定めた人も多い。
今や元王弟側だからと弾圧されることなんてない。
だがニノサンの中では内紛の途中でいなくなって、戻った時には全てが終わっていたという良心の呵責のようなものがある。
ジケに川に叩き落とされて長い船上生活を送ることになるのだけど、まるで仲間を裏切って逃げたような、そんな感覚も僅かに抱いていた。
忠誠を誓ったジケのために大人しく暮らしている分にはいいだろう。
だが派手に何かをして生きるようなつもりはニノサンにはなかったのだ。
「うん……そう」
ニノサンの決意のようなものを感じる。
ジケもニノサンに生き方を強制する気はない。
目立たずひっそりとしていたいというのなら、それを尊重する。
ジケの責任もいくらかはある。
口を出せる問題でもない。
「失礼します」
「おっ、ユディット。それに……」
ちょっと気まずい空気になっちゃったなと思ったらユディットが帰ってきた。
しかしユディット一人だけではなく、後ろにはキリエも一緒だった。
「突然の来訪失礼する。私はキリエ。貴殿がユディット君の主君であらせられるか?」
「え……あ、まあ……」
貴殿とか主君とはあまり普段聞かない言葉にジケは少し困惑してしまう。




