閑話・ジケも忘れている出会い
その時ジケはムロンドと呼ばれていた。
貧民だと思われたくなくて、だからといって誰かが自分に名前をつけてくれるわけでもなく、仕方なく勝手に名乗っていた。
自分でつけたのにどこか他人の名前のようで、フワフワとしていた時期だった。
ムロンド期はそんなに長くもなく、ジケの中でも忘れたい記憶であった。
実際過去の中でも、この時期のことはそんなに覚えていない。
「調子はどうだ?」
「よかないよ。腹が減った」
ボサボサとした髪に無精髭を生やしたジケは男の質問にぶっきらぼうに答えた。
町の外れにあったゴミ捨て場が、この時のジケの職場だった。
いろいろな出来事によって町は荒れ、町の雰囲気も非常に良くない時期である。
ジケはゴミを処理するという力があった。
フィオスのおかげだが、何とかそれで食い繋いでいた。
男の方は魔獣に荷馬車を引かせていて、ゴミを持ってくる役割だった。
「ほれ、昼持ってきてやったぞ」
「……珍しいな? 今日のゴミは何だ?」
男はジケに包みを投げ渡す。
飯がもらえるのはありがたいけれど、急にこんな善意で持ってくるはずがないと怪訝そうな顔をする。
「信頼ねぇな。まあいい。今日は死体がいくつかだ」
「死体? いつものことか」
本来なら死体は別での処理をする。
しかし時々分けるのが面倒だからと死体も一緒に運んでくるのだ。
他のゴミ処理なら困るだろうが、ジケはフィオスがゴミを溶かしてくれるだけなのでさほど困らない。
こんなところに運ばれてくる死体なら身寄りもないのだろうし、もはやあまり良心も痛まない。
「今日は多いんだな」
ジケがもらった食事を食べる横で、男は荷馬車のゴミや死体を軽く掘って一段低くなった捨て場に移していく。
「そういえば聞いたか?」
「何をだよ?」
「この中の死体の一つ……死んだ時に近くにお宝があったんだとよ」
「お宝?」
「何だっけ……杯? 豪華な杯があったらしい。何だがその杯は国が買い取ってくれたとかで、そいつが酒場で酒振る舞ってたらしい」
「なんだそりゃ? 俺も恩恵に預かりたかったもんだな」
ゴミの臭いが上がってくるけど、ジケは全く気にしない。
チラリとゴミのように投げ捨てられた死体に視線を向ける。
しばらく放置されたようなひどい死体も時々あるが、今回はどれも割と綺麗だ。
「年寄りばっかりだな……」
「しょうがねえさ。こんなご時世だ。それにだいぶ寒くなってきたからな」
死体は軽く見た感じそれなりの年齢がいっている。
「あと……これが最後か」
「うえっ、なんだそれ?」
「誰かの魔獣だよ」
「そんな気持ち悪いの……初めて見たな」
男が最後に手にしたのは頭が三つある精霊だった。
ぐったりとして動かない精霊は死んでいるように見えた。
「んじゃ頼むぞ」
「はいよ」
男が手を振って去っていく。
「フィオス、出てこい」
ジケは軽くため息をついてフィオスを呼び出す。
「このゴミ処理して……あれ?」
ゴミを見て、ジケは不思議そうに眉をひそめる。
「あんな若い死体あったかな……?」
年寄りしかない。
そう思っていたはずなのに、それなりに若い年齢っぽそうな女性の死体がいつの間にか混じっていた。
「まあいいか」
ゴミの下に隠れていて見えなかっただけかもしれない。
若かろうが歳をとっていようが死んでしまえば等しく死体で変わらない。
ジケはフィオスをポーンとゴミの上に投げ入れてゴミを処理してもらったのだった。




